第二十二髪 苦難越え 大地のカミと いざさらば 

 一行は何とか入口の門の外へ転がり出る。

 最後には鎖をほどき、すぐ真後ろまで迫っていた怪物であるが、入口の門のところまで来ると、何かにぶつかったように吹き飛ばされ、必死に出ようと何度も身体を打ち付けるが、それ以上進むことは出来なさそうであった。

 爪先をかすめたのか、慎太郎の服の背中部分は引っかけたような跡があり、縦に大きくけている。


 まさに、間一髪かんいっぱつであった。


 しばらくして怪物が諦めて去っていくのを確認し、ひざに手を置き、安堵あんどのため息をついていると、地下迷宮ラビリンスの入り口全体に音が響き渡る。

 意外なことに、それは少し大仰おおぎょうでわざとらしい、だがしかし、勝者に対しての拍手はくしゅであった。

 そこに言葉が続く。


 ――偉大なる大神官クン。よくぞワラワの庭を破った。

 その方法はいまいち良く分からぬが、実に見事だ。

 いつかワラワの力が必要な時は、いつでも呼ぶといい。

 では、さらばだ。


 最後に例のゲハゲハ笑いが鳴り響くが、その声は風に流され、霧散していく。

 そして、暗い回廊の奥で、小さな砂色の長い髪をした女の子が笑顔で、慎太郎へ向けて手を振っている。

 ……ような気がしたのだが、次の瞬間、その姿は消え去っていた。

 慎太郎はきつねにつままれたような感覚になりながらも、一行へ振り向くと、


「さあ、今度こそ本当に終わりだ。帰ろうか」


 と、笑顔で言うのだった。


 天馬は夕暮れの空を駆けていく。

 そのけるような鮮やかな赤は、天馬の羽先をオレンジ色に染め上げている。

 大巫女は疲れたようでうつらうつらとしている。

 クオーレはというと緊張の糸が切れたのか、手綱をゆるくつかんだまま完全に寝入っていた。

 天馬は賢く、彼女の手ほどきがなくても都への茜色あかねいろの空を進んでいる。

 マリーナはぐったりと座り込み、クリームのもこもこ毛皮に背中を預けながら、尋ねる。


「シンタロー、聞いてもいいか」

「ああ」

「どうして帰り道が分かったんだ」


 慎太郎は数日後には筋肉痛確定の腕や足を揉みほぐしながら、答える。


かみ、だ」

「かみ……」

「ほら、行きは奥への道を符術ヤナギノクで明らかにして楽々進んだが。軍師ぐんしも知っての通り、符術ヤナギノク犠牲ぎせいともなう。私の場合は、これ、だ」


 そう言って重たい腕を動かし、頭頂を指す。

 そこは朝より一層肌色が増していて、荒涼としている。


「抜け落ちたものが点々と床に散らばっていた。それを辿たどったんだよ」

「……そういうことか」

「ま、博士とは同じ手法だったわけだ。偶然ぐうぜんによる怪我けが功名こうみょう、みたいなものではあるがね」


 大地神に気づかれたら危ないところだった、と笑う。

 だが、もう終わったことだ。

 何より、みんな無事で、こうして帰ることが出来ている。


「……シンタロー」

「なんだ?」

「その。ありがとう」

「……こちらこそ。ありがとう、博士」


 夕日を背にしたマリーナの表情は良く見えない。

 だが、微笑ほほえんでいるように慎太郎には思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る