第二十一髪 懸命の 大脱出や 結末は

 慎太郎は分岐ぶんきのたびにそれぞれの通路を軽く照らし、先導していく。

 行きは地下深くまでもぐるため下り坂が多かったが、帰りは当然逆となる。

 その勾配こうばいに、徐々に体力をけずられていく。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息遣いきづかいが回廊かいろうに広がり、奥へと流れていく。

 代わりに響いてくるのは、例の鎖の音だ。

 少しずつ大きくなっているように聞こえるそれは、脱出者達のあせりを生む。

 そして、焦燥感しょうそうかんはいつにも増して体力をうばっていく。


「ここも、右だ!」

「し、シンタロー……さっきから右ばかりだ……。本当に、大丈夫なのか?」

「ああ、後で種明かしをするから、とにかく今は」

「そうか、ぜぇ……頑張る」


 唯一全く疲労を覚えていないクオーレが、遅れがちなマリーナの背中を押して少しでも早く進めるように手助けする。

 とはいえ、小柄な少女はおぼつかない足運びで、普段は冷ややかに見える表情は疲労の色が見て取れる。

 歩くことすらままならなくなるのも時間の問題に見えた。


「かくなる上は、私が時間をかせぎましょうか」

「いや、それは最後の手段だ。とにかく足を動そう」


 確かにクオーレの提案は一つの手段ではある。

 先程見た戦闘力があれば、鎖にしばられてのたうちながら前進する敵など相手では無いだろう。

 だが、大地神は常に動向を見張っているように思える。

 つまり、「この危機的大脱出はあえて用意された舞台」ということだ。

 ならば、その意向に乗らなければ、より面倒なことを引き起こしかねない。

 そう――、ここの主はその気になれば前方に敵を配置することも可能だろう。

 が、その気配は見られない。

 また、戦闘で迷宮の一部が崩れてしまえば万事休すだ。

 慎太郎自身もヤナギノクが使えない以上、戦闘はなるべく避けたかった。


 とはいえ、出来ることならば少し休憩でも入れてあげたいのだが――。

 と、慎太郎は一つのサインを見つけた。

 それを確認すると、一向に指示を出す。


「マリーナ! クリームの背に乗ってしがみ付いてくれ! クリームの荷物はクオーレが持ってくれ!」

「りょうかい……っ!」

「あいよー、っと!」

「フモー!!!!」


 そして、慎太郎はカンテラを大巫女の手に預けると、何も言わずに抱き抱える。

 いわゆるお姫様抱っこの状況になった大巫女は、耳まで真っ赤になり、硬直する。


「すまない。後少しだから。カンテラはちゃんと持っていてくれ」

「は、はい……慎太郎さ……ま」


 大巫女は左手でぎゅっと慎太郎の服をつかみ、右手でしっかりと進行方向を照らす。

 慎太郎は声を張り上げる。


「さあ、後もう一踏ん張りだ! 必ず抜け出すぞ!」


 慎太郎は無我夢中むがむちゅうで走り出した。

 急激に呼吸が苦しくなり、両腕の筋肉は悲鳴を上げる。

 これだけの全力を出すのは、かれこれ10年振りくらいだろうか。

 りりが小学校の時の運動会で、父親参加の借り物競争があり、なぜか「嫁」を引いてしまった慎太郎は今と同じような形で妻を抱えながらグラウンドを駆けていた。


 ――ああ、懐かしいな。


 そんなことを考えているうちに、見覚えのある一本道の先に見える外界の明かりが、少しずつ大きくなっていく。

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