第十髪 邪魔者と むげな扱い 父寂し
土曜朝六時。
毎日鳴るアラームをかけているせいで、今日も端末から小気味のいい音楽が
選曲は莉々が勝手に入れた少し古めのアーティストの曲だ。
そこに広がるのは、見慣れた我が家の寝室だ。
「何も起きなかったのか……」
ショックを受けたというより、改めて痛感させられたのは、あれはリアリティがあるただの夢だったのでは、ということであった。
日常という平和は素晴らしく、それが続くに越したことはない。
が、たまにはああいう非日常を経験したくなる。
しかも、異能の才が有り、唯一無二の存在として自分を強く求めてもらえるのだ。
さらには──、
「大巫女、か……」
あの少女のことが、脳裏に浮かび上がる。
薄い桜色の髪に
全体的に小柄であるが、それでいて何ともいえぬ魅力的な体つきだ。
細部まで整った造形はただただ美しく、首元から
あれが夢だと断じるには、あまりにもその描写は
「いつものはふわっとしてるんだがなあ」
普段は夢を見てもかなり大味で、しかも起きたらものの数分でその記憶は溶けていく。
ここまできちんと覚えているのは経験のないことだった。
「……」
取りとめのない思考を続けていると、それを
疲れは残っているが、眠気はどこかに行ってしまったらしい。
とりあえずは、と一階の洗面所に行き、いつものチェックと、平日に比べ、より入念な儀式を行う。
昨日より髪はやや伸びている。気がする。
頭頂部は相変わらず無様な姿であるが、根気強くやっていくしかない。
それが終わると、朝食の準備だ。
冷蔵庫を開けると、朝食用とシールが貼られているラップの中に、スモークサーモンのマリネが仕込まれてあった。
莉々はおそらく眠っているか、ともすればまだ「作業」をしているのかもしれない。
最近ミシンの音が派手になってきた関係で知ったのだが、どうやらコスプレの衣装を作成しているらしい。
ああいうものはプロの業者から買うものだと思っていた慎太郎には、なかなか驚きの事実であった。
確かに小さい頃から手先が器用で、何かと服飾にはこだわりのある娘だった。アニメの絵を参考に立体的な服を作り出しているというのなら、とんでもない才能だ。
そんな娘の熱意に水は差したくないと、46歳の父親は栄養のある朝食を仕上げる。
といっても、昨日とほぼ変わりないものであるが。
「ふああ、おはよー、パパ」
「ああ、おはよう、莉々。眠そうだね」
目を
ヨダレが口の
「……あーそだ、今日は9時からからりえっちと部屋で作業するから」
「うん? 朝のか? 理絵ちゃんがうちに来るのか?」
「そ。絶対に顔合わせないでね。部屋にも入ってきちゃダメだからね」
「うむ……、じゃあパパは書斎にでも
中学の頃は部屋にお菓子やジュースを持って行ったり、リビングで、慎太郎も
とはいえ、あの頃に比べると格段に頭部に自信がなくなっており、みっともないのは事実だから仕方がない。
俳優みたいな見た目であれば、少しは良かったのだろうが。
*
親子の会話が終わると、早速二階の寝室横にある小部屋へと向かう。
三畳半程度のこの部屋は、元々二人目の子ども部屋を予定していたのだが、結局縁が無かった関係で、今となっては慎太郎の書斎という形になっている。
家族と離れた一人の時間をたまに持ちたくなる慎太郎には、願ってもない
奥の椅子に座り、下北沢から拝借した例の雑誌をぱらぱらと
時事ネタや災害などのくだりから、なぜか最後には宇宙人だったり、古代文明だったり、陰謀論へと収束してしまう記事はどれもよく練りこまれており、慎太郎は頭と腹が同時に痛くなり、時折笑いを抑えるのに必死であった。
そして、例の異世界の特集へとページを進める。
異世界からの帰還者へインタビューをし、赤裸々にその日々を載せていく内容であるが、「大真面目に取り組んでいる」ことは記事の熱量から見ても明らかであった。
最近はそういう帰還者達が急増しているらしい。
バックナンバーなどを見るに、その内容も、魔法が発達し、魔物が
今月はファンタジーの世界からの帰還者のようで、魔法や魔物に竜までいる世界とのことだった。文明は近世辺りらしく、旅行気分で楽しんでいたことが伺える。
もちろん
だが、あのリアルな経験をした慎太郎には、もしかすると、という気持ちが首をもたげてくる。
そんな風に読みふけっているうちに、ピンポーン、とドアホンの音がする。
その直後、莉々のドタドタとした大きな足音が玄関へと向かっていく。
二階では内容までは聞くことは出来ないが、
時計を見ると9時きっかりであり、相変わらずだな、と感心する。
以前見た理絵は、髪色などは派手にはなっていたものの、本質はあの
だからこそ、莉々と合う。
漏れ出てくる楽しそうなサウンドをBGMにして、慎太郎は椅子を深く倒す。
やはり眠気も普段より強く感じる。
雑誌を机に置くと、目を閉じる。
こういう時は無理せず回復重視が、慎太郎のモットーだ。
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