第十一髪 滅びゆく 地へ舞い戻る 薄き者

「……さま、……しんかんさま、……、……しんたろうさーん」

「む、うう、うん……」


 ゆらゆらと揺さぶられる感覚。

 どことなく知っている声色。

 慎太郎はゆっくりと目を開けると、


「あ、慎太郎様。やっと起きましたね」


 陽光が差し込む中、あの桜色の髪とエメラルドのような瞳を持った異世界の少女、大巫女の姿が目の前にあった。


「まさか、ここは」

「ええ。そのまさかですわ。おかえりなさい、我らが偉大なる大神官様」


 そう言って微笑む彼女は、まるで花が咲いたかのように可憐かれんだった。


     *


 大神殿、地下。

 前に祝宴を開いた大広間の地下に広がる大空間に、慎太郎達は来ていた。

 間取まどりはほぼ同じであるが、華美かび装飾そうしょくや祭具にいろどられた一階と違い、殺風景さっぷうけいな中に長机ながづくえや椅子が備え付けられ、部屋の壁面には地図やスケジュール表と思われるものが貼り付けられている。

 また、最奥には、表面が鏡のようにみがかれた黒い一枚岩の壁面となっており、その手前は一段高くなっており、司会台や演説台などもあった。

 その風景は完全に現代的な会議室ぜんとしており、まるで元の世界に戻ってしまったのではないかと錯覚を覚えるほどであった。

 だが、既に集まっている人々はこの地ならではの民族服装に身を包んでおり、やはりここが異世界であることを改めて実感させられる。

 慎太郎は大巫女にうながされ、一番前列の席に座る。

 普段はやんごとなき事情により、誰も自分の後頭部を見ることが出来ない一番後ろの席に座る慎太郎であったが、さすがにそんな恥ずかしい理由で断るわけにもいかず、平静をよそおって着席した。

 机の上にはA4ノートサイズの薄い黒い板が置かれており、どうやら最奥の壁面と同様の素材を使っているようだ。

 そのすぐ横には羊皮紙ようひしのような繊維質せんいしつの紙と筆記用具が置かれている。

 手に取って文字を書いてみたが、書き心地は悪くない。

 そうこうしているうちに、一人の少女が奥のとびらから出てくる。

 少女と言っても、莉々と同年代くらいの大巫女とは違う。

 薄い青の髪を肩で綺麗に切りそろえたその娘は、小学校高学年くらいしか見えない。

 だが、その一方でその小さな身体からかもし出す雰囲気は、まるで寒冷地の吹雪のようにするどい。

 雑談などで賑やかだった会場も彼女が入るやいなや、しん、と静まり返る。

 慎太郎も思わず姿勢を正した。


諸君しょくん、おはよう。軍師のマリーナだ。それでは会議を始める」


 マリーナと名乗った少女はそう言うとすぐに、壁面と手元の黒い板が輝き、資料が映し出される。

 どうやら、それはプロジェクターに当たるものだったようだ。

 科学技術は現代日本ほどは発達していないものの、この世界特有のテクノロジーはあるのだろう。


 会議が始まった。

 まずは現状把握。

 くろかみの現在位置と、ここに到着するまでの残り日数、眷属けんぞくによる被害状況やそれに対する修復、防衛についての情報共有がなされた。

 次に、各人員の行うべき任務の進捗しんちょくと、今後のスケジュールについて、簡潔に伝えられていく。

 余計なものは一切はぶいているが、手元の資料には疑問を覚えるところ全てに追加補足がつけられており、それを見ればほぼ全て解決するものであった。

 いわば、参加者全ての思考を先回りした資料を作成していることになる。

 一週間に一回行われているということであったか、この分量をもれなくまとめ上げているというのは、およそ限られた人間だけが出来る所業であることは一目瞭然いちもくりょうぜんであった。


「それから、今日の会議には我々の命運をたくす、大神官様も参加されている。大神官様、こちらへ」


 急に呼ばれた慎太郎は一瞬ドキッとするが、仕事でも立場上よくありがちな展開である。

 平常心を装い壇上だんじょうに上がり、頭頂部が見えないよう軽く頭を下げ、挨拶あいさつをした。

 数十名の参加者には、先日の宴で見た顔も多い。

 過剰なまでの拍手喝采はくしゅかっさいを受け、マリーナは小さくうなずくと、席に戻るように促す。

 会場の雰囲気を良くしたところで、マリーナはまとめに入り、本日の会議は散会となった。

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