第三十三髪 生い茂る 花弁と思い 怒り買う


 その後、黙々と作業をしていた慎太郎だったが、隣で採集を行っていた大巫女が不意に口を開く。


「そういえば、慎太郎様。お耳に入れたいことが」

「何かね、っと」

「この世界には万能の霊薬れいやくと呼ばれるものがありまして」

「なんと、素晴らしいな」

「その”エリフサー”と呼ばれる霊薬は、ありとあらゆる病を治し、飲んだ者が『望む最も良い姿』を手にすることが出来るといわれております」


 ある娘は不治と言われた眠り病からたちどころに回復し、ある男はその恋した者の望む姿となり、ある老婆はうら若き昔の美貌びぼうを取り戻したという。


「その結果の全てがハッピーエンドで終わったわけでもないのですが……、その絶大な効果は、時として大きな戦争が起こるきっかけともなるほどのものでしたので」

「なるほど……。ふむ、『望む最も良い姿』とな」


 慎太郎はその意味を頭で反芻する。最も良い姿を手にすることが出来る。つまり、


「その霊薬を飲むと、この頭も、もしかすると――」

「ええ、が慎太郎様の望むことであるならば、勿論もちろんかないますわ」

「ううむ、何とも夢のある話だ」


 思わず力が入ったのか、勢いのあまり根から引っこ抜いてしまう。

 土がはね、慎太郎の額の上あたりにべったりとつく。


「ああ、今おきします」


 大巫女は持っていた白い布巾ハンカチで汚れをふき取る。

 キュッキュと小気味好い音が鳴るさまは、さながら精巧に作られた白磁器ボーンチャイナのようだ。


「もし、黒きかみを倒して平和が訪れたら、慎太郎様とそれを探しに、旅に出られたら、と……」

「ああ、私は大歓迎だが……、君は都から離れて大丈夫なのかね。その、大巫女のお勤めとかあるのではないのかね」


 大巫女は時折、お勤めと称して慎太郎の前から姿を消す。

 定期的に都に居なければならないものだと思っていたのだが。


「ふふ。あれは黒き神が居るから、というのもあるのです。私が居なくても、都は問題ありません。実際にこの百年以上……、いえ、何でもありませんわ」


 不意に会話を切り上げ、再び作業に戻る大巫女を不思議に思いながら、慎太郎も同じく花摘みを再開する。

 この戦いが終わったら、どうなるのだろう。

 終わった後も、ここに来られるのだろうか。

 黒き神と戦うためにこの世界に呼ばれた慎太郎は、漠然ばくぜんとそんなことに思いを馳せながら、目の前のひと際豊かな葉と花びらを持つ大物に取り掛かる。

 が。


「む、手強いな」


 手袋越しでも分かる妙に固い感触のするそれは、先程までのもののように軽い感じで摘むことが出来ない。

 仕方なく、思い切って引っ張ってみると。


「トゥルッッッパー!!!!!!!」


 けたたましい鳥の鳴き声が辺りに響き渡った。

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