第六十七髪 両界の 狭間に眠れ 黒き竜

 一行がそこへ到着すると、くろかみは大の字になったまま激しくもがいている。

 それをルピカの分身達がみつき、抑え込み、またクリームが飛び上がっては顔のあたりに落下し、容赦ようしゃない殴打おうだ見舞みまっている。


「……なんだか、可哀想かわいそうだな」

「これも戦いのつね、ですわ」


 黒き神は駄々だだっ子のように暴れているが、次第に小さくなっていく。

 眷属も出せず、立ち上がることも出来ないようだった。


「これはどういう仕組みなのかね」

「この場所は、元々カピツルの神殿があった地じゃ。ムクジャラ……、黒いのはワラワの管理エリアであれば無制限でエネルギー吸い放題なわけじゃが、カピツルのエネルギーなど取り込もうならむしろダメージを食らうというもの」

「なるほどな」

「さて。大神官クン、仕上げじゃ」

「ああ」


 慎太郎は羽衣スーツの内ポケットから一枚のヤナギノクを取り出す。

 あのハーピィの里で使われた古いヤナギノクと同様、薄墨うすずみで書かれたそれは、文字の左右に細長い胴体どうたいを持つりゅうえがかれている。

 そして、はしに触れただけで指先から電流のようなものがまとわりついてきて、それが業物ワザモノであることが容易よういに見て取れる。

 慎太郎は大きく深呼吸をし、符を突き出すと、裂帛れっぱく意気いきでその一句をみ上げる。


 りょうかいの

  はざまにねむれ

   くろきりゅう


 激しい火花と共に、赤と青の二つの稲妻いなずまヤナギノクから飛び出していく。

 それらは螺旋らせんえがきながら、黒き神のちょうど胸の辺りで停止すると、複雑にからみ合い白色の球体へと変化していく。 

 一定のリズムで膨張ぼうちょう収縮しゅうしゅくを繰り返すそれは、まるで生きているかのようだ。

 ヤナギノクからは延々とエネルギーが発せられ、次第に球体は大きくなっていく。

 一方の慎太郎は、全身を延々と駆け巡る猛烈な熱量と球体から発せられる強烈な圧力に、意識を持っていかれそうになる。

 頭部も凄まじい勢いで摩耗まもうしていくのがはっきりと感じられる。

 想定よりはるかに厳しい。

 全身の筋肉が怒張どちょうし、一つでも気をゆるめたら身体がバラバラになるのではないかと思えるほどの強い痛みが駆け巡っている。

 だが、ここで負けるわけにはいかない。

 歯を食いしばり、ヤナギノクをさらに強く前に押し出す。


「カピツル神よ! 黒き神を封じる力をこの大神官に与えよ!」


 慎太郎の言葉が届いたのか、神殿全体がまばゆかがやき、白い光のあわが次々とき上がっていく。

 それらは次々と球体に吸収され、一部は慎太郎の失われていく髪を再生していく。


 あと、少しだ。


 最後のひとしぼりを繰り出すその瞬間、男の背中に、そっと両手がえられる。

 振り返る余裕はない。だが、誰がそうしているかはすぐに分かった。


「おおおおおおおおおおおおおおおお!」


 慎太郎の雄叫おたけびが大地を震わせたその瞬間。

 球体が一気に膨らみ、そして。

 それは、黒いあなと化した。

 瞬間、黒き神が急激な勢いであなへと吸い込まれていく。

 その吸引力はすさまじく、あらがおうにも次々とけむりのようになっては、飲み込まれていく。

 数秒の後、黒いあなは完全に黒き神をその中に収め、一気に収縮し、消滅した。


 それを見届けた慎太郎は、がくり、とひざからくずれ落ち、両手を大地につけた。

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