第三十六髪 それは過去 でも未来でも ある願い

 エガハルスと地下迷宮ラビリンスで手に入れた双頭獣の黒い毛を預かったセファラは、大きく息を吐くと、よし、という一言と共に、表情にやる気をみなぎらせる。


「それでは、今から羽衣はごろもを仕立てます。一晩かかるので、どうか今日は里でくつろいでいって下さいませ」

「いいのか?」

「ええ。貴方達はもうすでに私達の客人です。案内させますので、お連れの馬も、可愛いカプラもどうか今日はゆっくりとここで休まれてくださいませ」

「……ありがとう、では是非ともそうさせてもらうよ」

「どういたしまして。私はすぐに作業に取り掛かるのでおもてなしなどは出来ませんが、すでに手配はしておりますので」


 いたれりくせりとはこのことだった。


     *


 こうして客人に昇格した慎太郎達に対して、改めて里の案内が行われることとなった。

 例の見張りがガイト役となり、一行を引き連れ説明をしていく。


「元々は、もてなしの好きな一族なのです」


 本来は仏頂面をする男ではないのだろう。

 妙に晴れ晴れとした表情で、実に饒舌じょうぜつだ。


「こちらが工房地区ですね。採毛さいもうから紡織ぼうしょく、仕立てまで、全てここで行われます」

「ほう、凄いな。そういえばその、君達の羽も素材になるのかね」

「羽はですから、基本的にはなりませんね。小物を作ることはありますが、衣服となると加工も難しくなりますし。ですが、族長をになう一家の羽は、我らの守り神である自然神ロフア様の偉大なる力が宿ると言われており、幾度かそれを用いてられたことがあるのだとか」

「ふむ、実に興味深いな」

「ははは。おとぎ話ですが、ね。では、次に参りましょう」


 そう言うと楽しげに、広場や八百屋、小さな商店までも、次々と案内をしていく。

 行く先々で会うハーピィ達はやはり若者と子供が圧倒的に多い。

 それは、あの事件が残した傷痕きずあとなのだろう。

 ただ、彼らは思ったより人なつっこい表情を見せる。


 受けれられた、ということなのだろうか。


 案内の最後に、一行は今夜お世話になる宿へと到着する。

 里の入り口にほど近い場所にあるそこは、普段行商人などを泊める、特別な宿だそうだ。

 見た目も立派な石造りの建物で、まるでエビネの中心街にあるもののように整っている。

 他の建物が木造であることを踏まえると、どれだけ力を入れているのかは一目瞭然いちもくりょうぜんであった。

 見張りは素朴な笑顔で、自身の思いを伝える。


がなければ、もっと開放的で、お客様に良く出来る里のままだったはずです。ともすれば、観光地になっていたかもしれません。もし、貴方達のような方ばかりであれば……、いずれはきっと」


 背中から生える深い緑のつばさは、彼の言葉に合わせ嬉しそうにれ動く。

 それは、いつかの未来を願う若者の夢が形になったもののようであった。

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