第30話 永遠に生きたい


 大粒の雨が世界に降り注いでいる中、僕は傘も差さず例の灯台で海の彼方を見つめていた。

 黒く染まった海は先行きの見えない不安と大切なものを失った絶望から生じる心情を映し出しているかのようだった。


 僕は今でも、君を思い続けている。

 でも君は僕の事なんてもうとっくに忘れてしまっているのかもしれない。

 もし君が本当に不死鳥だったなら、尚更僕の事など覚えていないだろう。

 

 不死鳥の記憶は永遠ではない。

 燃えて灰になり、そこから新たな生命が形成され不死鳥となって蘇るのだ。

 蘇ったその時、五百年もの培ってきた記憶類は燃焼された時と共に忘却される。


 記憶は人そのものだ。

 結局のところ彼女は人ではなかったのかもしれないが、目の前で無邪気に笑う彼女は確かに本物だった。


 真実なんてどうでもいい。

 ただ君がいてくれればそれでよかったんだ。


 くしゃくしゃになった煙草をポケットから取り出し、火を点ける。

 会いたい、抱きしめたい、愛しくて胸が苦しくなる。

 今頬を伝った水分が雨なのか涙なのか分からなかった。


 その時、唐突に雨が止まった。

 空を見上げると、雲の隙間から光が射し、世界中に光が降り注いでいく。今は深夜だ。

 

 僕は夢でも見ているのだろうか?


 雲の隙間から何かがゆっくりと降りてくる。あれは炎か?この光の正体は恐らくあれだろう。


 全身赤色に染まった炯然、金と赤の羽毛を広げ、尾には赤や青や紫と色とりどりな宝石のようなものが輝いており、こちらへ真っ直ぐに飛んでくる。


 不死鳥・・・?


 大きな黒い目がこちらを覗き、視線を合わせた時何かを語りかけてくる。

 音色のように響く声は違う世界へ引き込まれていくようで、その意味は分からなくともその美しい声色にずっと浸っていたかった。


 どれくらいそうしていたのか分からない。

 不死鳥は背を向け、どこかへ飛び立っていった。

 呆気に取られたまま、僕は濡れた手の平を遠くなった炎を纏う鳥に向けた。


「行かないでくれ」


 そう言った声も虚しく、炎を纏った謎の鳥はやがて見えなくなり周囲はまた暗闇の中に包まれた。


 僕は携帯のライトを照らし、地平線の彼方に向かって照らし続けた。

 いつか見た炎を纏った鷲の様な生き物、それをまた目撃してしまった。

 あれはもしかしたら、詩織の本来の姿なのかもしれない。


 その日以降僕は、毎晩毎晩灯台を訪れ彼女に見つけてもらえるよう、携帯の光を海の向こうへ照らし続けた。

 彼女がこちらに気付いた時、僕の元へ帰って来てくれるのかもしれない。

 そんな淡い期待を込めて、僕は今日も灯台を訪れる。

 

 そしていつか、奇跡は起きた。




「澪」


 唐突に後ろから声を掛けられ、記憶から生じる懐かしさに僕は慌ててそちらへ振り向く。

 僕は煙草を落とし、唖然とした。


「まだ私の事、好き?」


 両手を背中に結んで、首を傾げて上目遣いに彼女は尋ねてくる。


「・・・詩織?」


 そう呟く僕に、彼女は悪戯っぽい微笑みを浮かべる。


 どうして彼女がここにいるんだ?

 与えられる情報と思考の処理が追い付かず脳内はショート状態に陥りそうになる。

 

 僕は少しずつ彼女の元へ近づき、幻覚を見ているのではないかという疑心暗鬼を払拭するために僕は彼女の頭にそっと触れる。

 上質な絹のようにサラサラできめ細かな黒髪、ふんわりとした感触、解かすように撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細めた。


「ねぇ、好きなの?」


 再度問いを投げかけられる。

 確かに実体があった。

 僕の知っている、愛しい記憶の中にいる彼女が、今僕の目の前にいた。

 僕は指先で溢れそうな涙を拭き、ぐしゃぐしゃの笑顔を彼女に向ける。


「あぁ、好きだよ」

 

 胸元に彼女は飛び込んできて、甘えるように身を捩らせる。


「よかった。私も、澪の事が大好きだよ」


 彼女の背中に両手を回し、力いっぱい抱きしめる。

 心配になるほど細い体躯、ほのかな体温、甘く漂う彼女の香り。

 与えられる彼女の懐かしい情報が、僕の心を優しく締め付けた。


 初恋相手は不死鳥だった?そこを除けば、どこにでもありふれた陳腐な恋愛の一つに過ぎない。


 僕達の物語に続きがあるのなら、また彼女の隣にいられるのなら、その先を想像すればするほど幸せのあまりどうにかなってしまいそうだった。


「もう、どこにも行かないでくれよ?」


「・・・うん、ずっと澪の傍にいる」


 胸の中からくぐもった声が聞こえ、僕は抱きしめる力を強める。


「僕も、二度と離さないから」


 決意を固めるように彼女の耳元でそう呟き、彼女は胸元から顔を上げて僕を見る。

 少女のように無邪気で可愛らしい笑顔。

 僕の大好きな彼女の表情。

 

 これから先の未来に、数えきれないほどの幸せな日々を積み上げていけるよう、誓いの意味を込めて僕は彼女の頬にそっと触れる。




 最初の質問に戻ろう。

 もし永遠に生きられるとしたら、生き続けるか?

 そんなの、彼女の笑顔が見られるのなら。


 もう答えなくても分かるだろう?


 僕達は互いの唇を優しく重ね、あどけないキスをした。

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終天の青春 emo @miyoshi344

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