第5話



屋敷の裏門を出ると、左右に広がる広葉樹林。観察塔へは、屋敷の裏門を出て砂利道を辿る。道と言っても舗装路ではなく、砂利は道標程度に撒いてあるだけ。


木々の隙間から漏れる朝日が眩しく、ルアンの視界の邪魔をする。朝露で湿った落ち葉に何度となく足を滑らせながら歩くこと数分。林を抜けたそこに観察塔がある。


綺麗な円を描く様に池があり、塔は北側の縁に建っている。今朝は少し風が強く、葉の擦れる音と草の音が止まない。それなのに、池の水面はピクリとも動かない。ルアンはここに来る度に何とも不思議な気分になる。


以前、池に石を投げ込もうとしたらこっ酷く叱られた。大人になってから子供に言諭す様に叱られるのは、羞恥や嫌悪よりも愉快で仕方なかったルアン。

そんなルアンを見て「まるでナバラだ」と言われた時、ルアンは反省したのである。


反省はしたが興味は増すばかり。じっと池を見詰めていると頭上から声がかかる。


「まあた叱られたいのかなあルゥくんは。」


塔の最上階である屋上からちょこんと顔を出している少女。

後ろに控えているであろう者の制止を聞かず手摺によじ登り、


「おっはよーーールゥーくーん!!」


ルアン目掛けて飛び降りてきた。

やるだろうとは予想していたが抱き留め方が悪かったルアン。バランスを崩し尻もちを着いた。


「油断大敵だよルゥくん!」


肩の辺りで切りそろえてある銀髪。深い緑の瞳。見た目は幼女だが、歳はルアンよりも遥かに上だろう。


「キリク様、その呼び方は止めていただけませんか。」


「それならルゥくんも私をキリク様って呼ばないでくれる?そおだなあ、キィちゃんとか…あ、キリクって呼んでも良いのよ?」


「遠慮させていただきます。」


「キリク様あー!」

「また貴方はその様なっ!」

「ご無事ですかー!」


塔の上から身を乗り出し、キリクの補佐達が騒いでいる。

キリクはルアンから降りると、上の三人に向かって笑顔で手を振る。

安心して泣き出す補佐達に同情するルアン。


「あー面白かった!さてルゥくん。着いておいで!」


「は…」


「やあねえ、確かめに来たんでしょ?ほら早く!」


塔の門へと入って行くキリク。今日何度目かの溜息をつき、泥を払ってから後を追うルアン。何処まで分かっているのか、長い付き合いだがナバラよりも掴めない人だ。


-チャプンッ-


池から聞こえた音に振り向く。一瞬だけ波紋が見えた気がした。風はいつの間にか止み、葉の擦れる音も聞こえない。


「ルゥくん!」


「はい!」


小走りに門へと向かうルアン。池の波紋は中から浮かびまた中へと消えた。




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あした晴れたら LiNdeN @kpkm3

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