一度、立ち止まって状況を振り返ることが出来なければ生き残れない。勝つために、立ち止まれ

 戦争において二十四時間という間隔は長くもあり、短くもある。

 人間にしてみれば一日という長い時間を得られるが、マシンはそうではない。二十四時間で完全に修理を完了させることなどできないのだ。

 それでも間に合わせないといけないのはメカニックマンたちの辛いところであり、腕の見せ所である。

 幸い、資源には余裕がある。とはいえ、大規模戦闘にはもって数回。


「何か、やらかすとは思っていたが、それは正しい情報か?」


 基地に帰還した省吾はもはや慣れてしまった一通りの指示を与えつつ、基地内部ではなく艦長室にて報告を受けていた。


「はい。間違いないとのことです」


 報告はクラートからだった。

 その内容はファウデンの艦隊がバベルごと再びワープを行い、予想通りに地球へと帰還したこと。そしてそのまま、ゴエティアによる無差別なライフラインの操作、停止が行われたということだった。

 その報告は地球圏へと向かっていたコールソン艦隊からもたらされたものだった。彼らは一足遅く、何とか地球圏にたどり着いたが、その時にはすでに惨状が広がっていたという。同時にコールソンは冷静に、あえて攻撃を仕掛けず、情報収集にとどまったとのことだった。

 これは良い判断だと省吾は思う。


(怒りに任せて攻撃をしていたら全滅していた。武闘派みたいな空気を漂わせていたけど、コールソン艦長。優秀だと思う)


 でなければ反乱軍の代表としての立場は得られないだろう。

 彼の他にあと数人、その代表がいるわけだが、彼らとの合流にはあと数時間を待たねばならない。

 予定では反乱軍の全戦力を投入。それをこの基地に集めて、可能であればトリスメギストスによる長距離ワープを実施するというのが省吾の無茶な作戦であった。

 仮にトリスメギストスによるワープが不可能であれば……その時は、その時である。


「わかった。歯がゆいが、今は情勢を見守るしかできん……我々だけで、突撃してなんとかなるものじゃない」

「はい……それでは」


 クラートとしても悔しい気分だろう。それを抑えて、彼は下がった。

 彼の気持ちは痛いほどわかる。本当なら、ここで止まっているわけにもいかないが、かといって無策で飛び込んでも意味がない。この停滞は、意味のあるものにしなければならない。

 省吾はこれが今のところ、最後の報告であるとして、一息入れるところだった。艦長室の部屋の奥からはユリーが姿を見せる。

 それは彼女なりの配慮であり、仕事であれば、士官たちに姿を見せない方が良いだろうという判断だった。


「お疲れ様です」


 タイミングよく紅茶を淹れてくれる。やはり、インスタントである。

 それとなく、個人的に茶葉を持っている士官がいないかと探りを入れても、見つからないものだった。


「……いつかは本物の茶葉で淹れてもらったものを飲みたいですが、今はそうはいきませんな」


 ティーカップを受け取り、省吾は紅茶を飲んで心を落ち着けた。正直を言うと、香りとか細かい味なんかはわからない。これを機に、勉強してみるのも良いかもしれないとすら思う。


「仕事柄、待つことには慣れています。時が来れば、できましょう」

「その為には生き残り、勝ち残らなければならない」


 そんなことを自然と口にしてから、省吾は思わず苦笑した。

 この世界、このキャラクターに転生して、まだ一か月と経っていないのにこのドタバタである。そしてそれに順応している自分も中々に奇妙だった。

 とはいえ、悪いことばかりではない。

 こうして、美人とお近づきになれたのは、俗物的な考え方かもしれないが嬉しいことだ。なのに、ロマンチックなセリフの一つも吐けていない自分は、その点だけは全く成長していないと思った。


「本当の所は、ユリーにも、フラニーお嬢様たちにも……ユーキやアニッシュたちも、戦場に連れて行きたくはない」


 そして出てくるのがこの言葉である。戦いを中心に物事を考えてしまう癖が身に着いたらしい。


「だが、今はみんな、己のやることを明確に定めているから、俺からどうこう言うことも出来ない。あなたも、降りろと言って、降りないだろう?」

「それは以前、お伝えしたとおりです」

「あぁ、わかっている。卑怯なもの言いだけど、あなたが近くにいるから、俺はなんとしても生き残ってやろうと思っているし、この戦いには勝たねばならないと思っている。例え、このミランドラを犠牲にしようともね」

「特攻ですか?」

「まさか。戦艦一隻に固執しないということさ。この艦には愛着はあるが、それ以上に大切だという事。最悪、こいつを捨ててもいいさってことです」

「それは……ありがたいことです」


 ユリーは少し頬を赤く染めた。

 さっきの言葉の、どこにそんな要素があったのか、省吾はとんと検討が付かなかったが、そんな顔をされるとこっちも恥ずかしくなるというものだ。

 大人の余裕というものは、この二人には内在していないのである。それぞれの仕事であればまだしも、こと恋愛という未体験なものに関してはウブであった。

 若さに任せるという情熱的なことも出来ず、大人であるからという遠慮も強い。

 しかし、ここで動かねばと思う感情も、なくはない。

 だから、省吾はユリーの手を取った。それは無意識だったと思う。

 彼女も抵抗はしなかった。

 そして……


「……あー、出直すべきか?」


 ジャネットの戸惑いの声が聞こえた。


「うおっ!?」


 省吾とユリーは何もしていませんという風な態度でお互いにそっぽを向くがそれが無駄であることはわかっている。

 同時にジャネットの方も視線を逸らして、なんとも言えない表情を浮かべていた。


「……一つ、言い訳をさせてもらうと、私は何度もノックとチャイムを押したからな? 次からはロックをかけることをお勧めする」


 そんな彼女も若干、顔が赤かった。


「……まぁ、男と女ですし。お二人がそういう関係なのは周知のことですので。えぇと、あとにしますか?」

「……続けてください」


 人生、ままならないものである。

 穴があったら入りたいとはこのことかもしれない。


***


「使えるものはなんでも使いたいんです。うぬぼれと言われようと、あの黒いトリスメギストスを抑えられるのは僕しかいないんですから、それ相応の準備をしたいんです」


 基地のラボでは珍しくユーキがマークへと提案を投げかけていた。

 トリスメギストスの周囲はそう長くかかるものではなく、言ってしまえば射出したバリアーユニットを取り付けるぐらいである。

 しかし、彼は修理ではなく、武装強化を頼み込んでいたのだ。


「しかしな、今からの大規模改装なんて無理だ。確かに、あのわけのわからんマシンへの対応はお前でないと厳しいだろう。というか、お前がなんとかしなきゃこっちも死ぬ」


 相談を受けるマークも戦闘に関わることに関しては真面目だった。

 というのも、彼が感じ取った戦場での違和感は正しく、現にアニッシュ機は機体をコントロールされ、トリスメギストスを襲ったという。

 同時に、マークは不可解な機動をしていた敵機たちも同じ状態にあったということを確信した。

 あの時自分たちが無事だったのは件の黒いトリスメギストスの意識の外にいたからだろう。対してアニッシュ機が操作を受けたのはユーキの近くにいたからだとも思う。


「改造は無理でも武器は用意できませんか?」

「フン、武器な?」


 マークは改めてトリスメギストスを見上げる。

 彼の見立てでは、このマシンはドンパチする機体ではないという認識だった。

 不可解な性能を見せているがようは、それが目的のマシン。関係各所に通達される地球の現状を聞くに、このトリスメギストスというマシンの神髄は戦闘ではなく、振るわれる機能にある。

 それがたまたま戦闘にも使えるというだけの話だ。工事用の機械が破壊力を持つようなものである。

 ともすれば、今のトリスメギストスは防御面に偏っているとはいえ、あり方としては戦闘用に見えた。

 ビームを纏った拳で殴りつけるなど外連味がありすぎるからだ。


「あの猿の方はどうなんだ?」

「トートも強化を望んでいます。何か色々とデータを出力してますけど、間に合いません。あいつ、まだ頭でっかちなんです」

「機械のせいなのか、それとも別の要因なのか。ま、それは技術者の考えることだが、これからすぐに俺たちは戦闘になるんだ、改造なんざしてらねぇってのになぁ」


 マークはぼりぼりと頭をかく。

 改造の時間はないが、確かに対処はしないといけない。どっちにせよ、あの黒いマシンを止めないことにはこちらの勝機は薄い。

 かといって援護には向かえない。余計に邪魔になるけだ。


「データを見る限り、お互いにビームは無駄。かといってミサイルの追尾性もあてにならんときた……となれば実弾のライフルになるわけだが……ふーむ?」


 ぐるりと周囲を見渡す。何か使えるものはないか探してみる。

 マークの目に移ったのはエネルギーチューブだった。それは機体を固定する際にも使うが、同時に推進剤などを機体に送り込む為のもので、戦艦や基地には必ず備え付けらたもの。と、同時にそれ相応に強度もあり、しなやかでもあった。

 なぜなら、テウルギアが一気に加速を駆けても数秒は耐える。引きちぎることはできても、時間がかかる。

 ビームであれば一瞬で溶断できるが、逆を言えばそうでなければならない。


「使い切ったエネルギーチューブをかき集めさせるか」

「え?」

「お互いに千日手になるような性能なら何かしらで差をつける必要がある。単純に考えれば、相手の上をいく性能を用意するとかだが、そんなもん間に合わん。だったら、逆に相手を弱くすりゃいいんだよ」

「まさか、網を使うんですか?」

「察しが良いな。機動兵器ってのは機動してなんぼだ。動けなくなると途端に的だぜ? なら、そういう風に持っていけばいい。あとは……なにかしらコンデンサを用意して、電流を流すかだな」


 なんであれ機械は電流に弱い。恐れるべきはショートとスパークだった。


「とにかく、相手を弱らせる。機械だろうが何だろうがこの世の中の物理法則は絶対だ。それに」

「それに?」

「相手はお前の攻撃を避けたんだろ? つまり、まともに当たったらヤバイって判断したわけだ。ロケットパンチだって殺す気で撃ってりゃ撃破できたかもしれんぜ?」

「あ、そうか……」


 その考え方はシンプルだった。

 ロケットパンチに関しては意表を付けたと思うべきだろう。あの時はただ引きはがすことしか考えていなかったから、それでよかったのだが、思えばあの時に攻撃をしかければ……いや、それは不可能だ。

 それをすれば、アニッシュが危険だった。

 しかしユーキはそれをあえて言葉にしなかった。なぜなら、あの戦闘ののち、アニッシュは大破したラビ・レーブから出てこようとしなかった。結局、引きずりだされたが、その時の彼女は泣いていたように思う。


「……次はしとめます」

「フン。一丁前なことをいうな?」

「男ですので」

「女を泣かされて頭にきたってか?」

「悪いですか?」

「いんや、十分だ。さて、しかしそれだけじゃ手数が足りねぇ。はっきり言うとお前ひとりでどうこうできるもんじゃない。とすれば……あれを使うか」


 マークはにやりと笑みを浮かべて、別の方角を見た。

 それはラボの奥の底、ライトもまともに当たっていない場所であり、そこには十数機の戦闘機が眠っていた。宇宙戦闘機。今なお、これらの兵器は現役稼働しているが、戦闘というよりは哨戒任務などがメインだった。


「戦闘機は旧式だというが、なまいっちゃいけねぇ。加速性、速度、それらは人型よりもはっきりいって優れてる。なにより、こいつは確かに旧式だが、それがいい。わかんだろ?」

「マークさん、まさか」

「おらぁ元戦闘機乗りよ。宇宙戦闘機は母艦とのデータリンクは最小限だ。シグナルの送受信ぐらいでレーダーなんかは自前でみるしかない。あとはヤバそうなものは全部取っ払っちまえばいいだけだ。なにが最新鋭機だ。温故知新を見せてやるぜ?」

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