大きな野望を思い描く奴に限って振りまく無責任な力は容赦がないのはとても嫌だ

 奇襲陽動作戦は成功をおさめたが、その実、省吾は満足ではなかった。

 むしろ新たなる脅威が、現実のものとなってしまったことに対してまた悩まなければならないからだ。

 ミランドラ隊は一時的にアル・ミナー宙域を脱したが、その後は補給の為の行動をとらなければならなかった。

 トートがいまだ興奮状態であるが、これが落ち着けば長距離ワープを行い、速やかな補給を可能とするだろう。

 それに、敵に出来たことが、こちらで出来ないわけはないという考えもあった。


「あの要塞基地は使える。デカイ塊ってのは物理的なバリアーになるし、ビッグキャノンへの囮にも使える」


 うまく行くかどうかではなく、それをやらなければ差は埋まらないと省吾は考えていた。

 ミランドラのブリーフィングルームでは各艦とオンライン会議が開かれ今後の作戦をどうするかを議論していたのである。


「それに、敵にトリスメギストスの同型がいるのだ、こっちの優位性は失われたとみるべきだ。それを何とかするのは教科書通りの動きもさることながら意味不明でとんちんかんな作戦しかない」

『まさかと思うが、基地をあのデカい大砲にぶつけるのかい?』


 ロペス艦長はいつになく真剣な声だった。

 彼女は、ファウデンの所業を見せつけられて今も怒り心頭な様子だったが、それでも猪突をしないのはさすがは歴戦の戦士だと痛感させられる。


「それぐらいはしてもいいと思っている。どっちにしろあんな大砲は必要ないし、邪魔になるだけだ。破壊は絶対だと思う」

『一つ、よろしいか?』


 その質問の声はもう一隻の駆逐艦の艦長からだった。

 名をムーバクという、中年の男だった。一見すると柔和そうに見える男だが、この作戦についてくるあたり度胸はあるようだ。


『要塞をぶつけるのは良しとして、果たしてこちらのスーパーマシンが暴走しないという危険性は?』


 その質問は最もだと思う。


「そこなのだよなぁ……」


 省吾は頭をかいた。

 なんだかんだとトートはこちらに対して友好的であるが、それがどうなるかわからないのが気まぐれな獣のような存在の問題点でもある。


「……希望的観測を言えばトートはこちらを裏切ることはないと思う。根拠はないが、自分を脅かす脅威が出てきた以上、生物の本能としてそれを排除したいのは当然だと思う。ゴエティアと呼称されたあれは、トート……トリスメギストスにとっては邪魔者だと判断した。でなければあそこまで興奮はしない」

『生物、ですか。機械なのに』

「機械に、というかAIに生物を模したプログラミングをすれば自動的に物事を構築するというデータは過去から存在する。私も詳しくないが、菌類の行動パターンを学習させたAIは人類よりはるかに効率的なネットワークを構築してみせたというぞ」


 もちろんそれは箱庭に限定された機能である。

 しかしある一定の説得力を持つ。機械は生物を真似られるということだ。

 それは、見た目や動きではない。思考をもである。


「問題なのはこいつらがどこまで物事を考えているかです。私が見る限り、素人目線ではあるが、トートは何も知らない赤ん坊だと思う。物事の刺激を受けて、成長を続けている。それは同時にこちらで教育を施せば、少なくとも悪い方向には向かないと思いたい」


 省吾の希望的観測はその部分にも及んでいた。

 というより、彼はトートをもはや単なる高性能AIとは思っていない。一個人として捉えるべき存在であり、そしてまだ子供だと認識した。

 それを何とかするのは教育である。しかし、その親代わりを務めるのはユーキたちであるから、そこは彼らに期待するしかないのだ。


「だが同時に危惧するべきは、相手側も同じ土台にあるということです。ファウデンがあんなことをしたんだ。ゼロの知識状態だったAIにどんな教育を施しているかわかったものじゃない。冷酷な、命令に従うだけの旧来のマシンのように、殺戮を続けるだけのものにしている可能性もある」


 だが省吾の言葉は、本人としてもあまり信じていない。

 それはファウデンのような男が単なる殺戮マシンを作り上げるだろうかという疑問があったからだ。それでも口に出したのは議論を進めるうえでのわかりやすい脅威を定めただけに過ぎない。

 本質はもっと恐ろしいことを画策しているだろうとは思うが、それがなんであるか自分の中でも答えが出ていないので、あえて口にしなかっただけだ。


(自分の娘を殺そうとして、惑星宙域の住民を抹殺しようという人間が、単なる殺戮マシンを作るとは思えない。バベルはそもそもアンフェール主導の兵器だ。殺戮と恐怖だけを考えるならそれで充分だが、困ったことにこの手の連中はそれ以外の思想がある。人類の管理……ロボットの神様でも作ろうって魂胆……なら、何をさせる? 惑星開拓を進めさせないという考えとそこで何を結びつける。こればかりはファウデンの口から語ってもらうしかない)


 いくつもの推測と考察はできても、確定的なものは得られない。

 ただあの男は倒さねばならない。それだけは確実で、必ずやり遂げなければいけないことだと思うから。


(狂った思想家ってのは、自分が思い描いた危険を回避する為なら何をやってもいいと思っていやがる。あの男の言ってることは大海原に角砂糖一個が落ちたから海が甘くなるから危険だと言ってるようなものだ……そんな男が考えることなんざ理解できるかよ)


 それは、ある意味ではカルトのようでもあった。

 だからこそ恐ろしいのだ。あの老人は己の目的の為に肉親も見知らぬ多くの命もたやすく奪い、それをさも当然のことのように語る。そんな男が思い描く未来が、まともなわけがない。


 省吾らはともかくとして急ぎ要塞基地へと戻る。

 その為にはトートの機嫌を直して、ワープを行い、補給をして……。


(ユリーさんの紅茶が飲みたいな)


 ふと余計なことを考えてしまった。

 未だ、手をつないですらいない女性の事を考えてしまう。

 男のサガだろうか。それとも。


(今になって怖くなったのか、俺は。馬鹿な。そうじゃないだろう)


 こんなバカみたいな突撃を何度もしていて、今更怖いという感情は薄れつつある。

 恐怖が完全に消えたわけではないが、慣れるようになってきたということだ。

 それは余裕が出来てきたことでもある。だから、一人の女性の事を考えれるようになってきたのかもしれない。

 いや、前から、その感情はあったのかもしれない。


(フラグは、立てすぎれば、死ぬことはないって何か変なお約束があったよな)


 それは、恥ずかしさを隠す為の方便だった。

 省吾は、会議を終えるとまっすぐに艦長室へ戻った。

 そこにはユリーがいて、微笑んでくれる。


***


 カルトの恐ろしいところは、その教えの下であれば何を行っても良いと考えるところにある。しかしながら、教えを妄信している者は意外に少なく、多くはその教えを免罪符に己が好き勝手出来ることを目論んでいるに過ぎない。

 むしろこれらの教えを妄信する者は社会的には弱者である者、そういう風に洗脳を受けた者、もしくはひたすらに純粋な者が殆どであり、その多くは悪人ではない。

 それがまた恐ろしいところなのである。

 そして、省吾らはそんなカルトの恐ろしさをあまり理解できていなかったともいえる。

 真なる敵はファウデン。それは間違いのないところであるが、ではファウデンが何も考えずに暴挙を行うかと言えばそうではない。

 省吾らも、そのことについては何度も考察を続けてきた。恐怖で縛り付ける、従わせる。それは正しく、事実であるが、それだけではないのが誤算だった。

 だが彼らはそのことをまだ知らない。

 なぜならば地球にはファウデンのシンパが少なからずいるという事実を、彼らは見落としていたからだ。


 しかしファウデンの狡猾さは武力テロを行わせなかったことである。

 彼が秘密裡に組織させたカルトはその実、反文明、反機械化社会ではなく自然との融和などを提唱するものであり、聞き方によってはただ一言「自然を大事にしよう」というもので統一されていた。

 それが信徒を増やす以上に、この教団が訴える耳障りのよい言葉に多くの人々が「なるほど」と多少は頷くことが出来ればそれで良いのである。

 自然を大切に。なんとも甘美な響きであろうか。彼らの行いは植林や絶滅危惧種の保護、社会底辺層への支援などが殆どであり、一部としてはボランティア団体としての姿を前面に押し出していた。

 しかしながら、実態はカルトである。デモ行進を行わせるぐらいはできた。

 で、その内容こそが「宇宙移民開発の反対」というスローガンであった。

 そのデモ行進はファウデンがアル・ミナー宙域へと発った瞬間に行われた。プラカードなどを掲げた信者たちが「地球を見捨てるな」や「環境汚染を許すな」という行進を始めただけだった。


 それはアル・ミナーの集光レンズが破壊された映像が大々的に流されようとも、艦隊が宇宙海賊に良いようにあしらわれようとも続いた。

 戦争反対。武力反対。自然の資源の無駄使いを反対する旨を訴え続けた。

 それは、人々に気が狂ったようにも見せたが同時に恐ろしいことが起きたその瞬間に対して彼らの掲げた平和主義的な言葉が寄り添う言葉に聞こえたのもまた事実である。


 皮肉にもそれは、省吾が画策した民衆を味方に引き込むという点では正しかった。

 事実、この行為によって首を絞められるのは、ニューバランスである。

 地球上の反ニューバランス思想は一気に強まり、戦争に対する嫌悪感が強まりつつあった。

 その二十四時間後。


 地球のインフラが機能障害を起こしたのは、偶然ではない。

 地球の空に君臨するように現れたゴエティアは、まるで己が神であるかのように輝ける太陽の光をいっぱいに浴びて、その神々しき黒いボディを見せつけた。

 彼が行ったのは電子機器の作動やネットワークの排除である。たったそれだけで、人類の活動は、停止した。


「天罰を振りまく神が降臨したが、人類は多くの天災を乗り越えてきた。ならば、これを乗り越えたとき、人類は真なる意味で成熟し、己らが作り上げた機械文明がいかに未完成のシステムであったかを理解するだろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る