戦っている最中にぺちゃくちゃしゃべるなと言われても一言ぶつけてやらなきゃならない相手もいるのである

 突然のワープ反応があれば、黒いトリスメギストスの出現は省吾も把握できるというものだ。それと同時に省吾は自分とユーキが立てた仮説が見事に的中してしまったことに思わず舌打ちをしたくなった。


「やっぱり、同型機がいたか……!」


 このような大艦隊や巨大建造物を地球から一瞬でワープさせる能力など、トリスメギストスの能力以外では思いつかないと思っていたが、ドンピシャなのは悪い冗談だろうとも思う。

 そしてそれは自分たちの持つ絶対的なアドバンテージが対等になってしまったことを危惧するべきであり、同時にそれは引き時であると判断した。


「敵の新型が現れた! 何をしでかすかわからなくて怖いから、逃げるぞ!」


 その言葉は思い切りがあった。

 そしてミランドラのクルーは誰一人それに反対しなかった。なぜならば最初からおちょくる事が目的の奇襲であり、時間が来れば逃げる事を決めていたのだから、むしろ作戦通りともいえる。


「退却の信号弾を放て! ついでにこっちのトリスメギストスを迎えに行くぞ! ミランドラはバリアーにエネルギーは回せ。敵陣へ突貫である」


 カラフルな光を放つ信号弾を打ち出しながら、ミランドラは艦首ビームバリアーを全開にする。機動兵器以上の出力を誇る艦のそれはやりようによっては数キロにも伸びる。ミランドラはあえて艦体を隠す程度にしてあるが、それがかえってバリアーの膜を厚くする。

 ミランドラの背後にはサヴォナと残り一隻も続き、一つの弾丸となって突き進む。

 そこで海賊らしいのは信号を打ち出しておきながら前進するのと攻撃の手をやめないことだった。

 むしろミランドラたちが突き抜けたあとは綺麗な空間が空く。そこに爆雷などを残したり、テウルギア隊の嫌がらせに近い弾幕を張られればうっとうしいものだ。


「逃げろ、逃げろ。けつまくって逃げるぞ! はっはっは!」


 マークもこんな愉快な戦いは初めてだった。敵のど真ん中に突っ込むというのはマークとて冷や汗の出るものだったがこうも敵が不安定で、自分たちは好き勝手動けるというのは楽しいものであった。

 無抵抗の相手をいたぶるのは趣味ではないが、相手は軍人だ。民間人ではない。ならば良いのだ。ダブルスタンダードな考えかもしれないが、相手よりはマシだという免罪符もある。何より、えらそうにしている奴らの鼻を明かしてやるというのは満足のいく戦いでもあった。


「む?」


 だが同時に戦闘に関しては油断をしない男でもある。

 彼はその瞬間、敵機の動きが妙であることに気が付いた。十機ほどのラビ・レーブは不可解な動作をしていた。まっすぐに、機雷がばらまかれた宙域へと突っ込み始めたのである。

 適当にマシンガンなどをばらまく姿もあるが、それは特攻に似ていた。


「なんだ……?」


 そんな弾丸が当たるものではない。大半は機雷に命中して、逸れる。

 が、恐ろしいのは敵の動きもまた思いきりがよく見える。銃火器で機雷を排除しつつ、爆炎の中を突っ込んでくる。

 これは早々できる動きではない。いくら爆発させたとはいえばらまかれた機雷が残っている怖さ、破片や爆炎による二次被害、それ以上に本能的に爆弾の中に突っ込むというのは恐ろしいはずだ。

 なのに、敵のラビ・レーブは恐れが見えない。ただ機械的に進んでくるのだ。

 それがいやに不気味だった。

 事実、十機のうち、二機は残った機雷に接触して、爆散している。


「艦長! 我が方のテウルギア隊を速やかに収納してくれ! 何か、ヤバイ!」


 マークの叫びは正しかった。

 なぜならば、彼らの機体のレーダーやセンサーに不調が見えたからである。それは、いつも自分たちが相手に仕掛ける現象に似ていた。だからこそ、反応できたのだ。

 マークの叫び声は省吾に届いていた。省吾は即座に対ビームスモークを散布し、艦隊の速度を落とす。これでテウルギア隊は加速を駆ければ帰投が叶う。

 そしてマークの感じ取った危険を省吾もまた理解していた。


「トリスメギストスだものな」


 艦橋メインモニターに表示されるのは、相対する白と黒のトリスメギストス。瓜二つではないのに、それが同系統のマシンであることがなぜか理解できる姿。

 モニターには黒に殴り掛かる白の姿が映し出されている。その結果がどうなるのか、それは省吾にもわからない。

 この接触は、来るべくして来たものだとは思う。

 そして……。


「ユーキを援護するぞ! ミランドラはテウルギア隊を収納した後、あの黒いのに突撃、トリスメギストスを回収しておさらばと行くぞ!」


***


 目の前の黒いマシンが敵であることはわかる。それを通しファウデンの自分勝手すぎる声を聞いて、激昂したユーキは思わず殴り掛かっていた。肥大化したトリスメギストスの両拳にビームを纏わせ、突きつける。

 しかし、黒いトリスメギストス。ゴエティアと称されるそれはどこにスラスターがあるが、機体を舞うように動かして、ビームパンチを紙一重でよけて見せた。

 ユーキは初撃が避けられることはどうでもよかったが、二度、三度と続けて避けられれば敵がただの相手ではないと再認識する。


「この、ふわふわと、捉え辛い……!」


 同時にユーキはこの黒いマシンを抑え込まないといけないと判断した。

 強敵であるとも思う。これを野放しにしては作戦は失敗するかもしれない。そんな不安があった。


「ローブのビーム砲を!」


 無数のビームが拡散するように撃ちだせるローブ型装甲のビーム砲を撃ちだす。しかし、それらは避けるまでもなく、腕をかざしたゴエティアがバリアーを発動させることで容易く防がれたのだ。

 そして今度はお返しと言わんばかりに、ゴエティアはロッドを振るう。すると光の粒子が散布され、それらが無数のビームとなってトリスメギストスへ飛来したのだ。

 とはいえ、こちらもトリスメギストスである。


「トート! 防いでみせろ!」

「リュウシソウサ、カ!」


 トリスメギストスの無貌に表情が生まれ、各部に光が灯れば飛来するビームが明後日の方向へとはじかれるように曲がっていく。お互いにビームは通用しないのである。

 ならば、やはり近接戦闘で抑え込む必要がある。ユーキは再び格闘を仕掛けようとしたが、それは別方向から撃ちだされた実弾兵器による攻撃で出鼻を挫かれてしまう。


「アニッシュ!?」

『──!』


 それはアニッシュ機からのバズーカ攻撃だった。

 砲口はぴたりとトリスメギストスへと向けられている。増設装甲がなければ完全な不意打ちで酷い損傷を受けていただろう。

 幸いなことに堅牢になったトリスメギストスの装甲はバズーカの直撃を受けても、一発なら問題はなかった。

 だが、それ以上に、なぜアニッシュがこちらを撃ったのか。裏切られたとは違う。通信にノイズが混ざっているが、それでも相手側の困惑したような声もとぎれとぎれながら耳に入ってくる。


「アニッシュ、まさか!」

『──操──きかな──逃げ』

「ユーキ、まさかアニッシュさんのマシンは!」


 フラニーもその状況を理解した。


「こいつ! アニッシュの機体を操って、でも、こっちの補助は……!」


 相手がトリスメギストスなら同じことをしてくることはわかっていた。

 だからこそ、ユーキはジャミング対策だけはしていたつもりだった。なのに、アニッシュ機はほぼ完全にコントロールを奪われている様子で、二度目の砲撃をぶつけてくる。


「くっ……!」


 拳のビームパンチでバズーカを伏せぐ。

 だが攻撃はそれだけではない。


「数が増えた!」


 そのほかの機体が破損など気にすることなく、武器を構えて迫ってくる。

 何より、ゴエティアもまたロッドを振りかぶりながら迫ってきていた。

 ユーキは雑魚はビームで駆除しつつ、残った拳でゴエティアのロッドを受け止める形となった。


「トート、負けてるぞ! なにやってるんだよ!」

「オイツカナイ!」


 トートは若干、興奮しながら叫んだ。


「ポンコツが! うわっ!」


 再びバズーカの直撃を受ける。ビームバリアーがあるとはいえ、それではエネルギーを無駄に食うことになる。それにもう片方はゴエティアの攻撃。さらにはそのほかの操られたマシンをビーム砲で対応。

 トリスメギストスはがんじがらめだった。

 ならばこういう状況に陥った時、何か都合よく性能を発揮しろともユーキは思う。


「ヴィヴィヴィ!」

「無理、そうだな! 肝心な時に!」


 トートは何かよくわからないが処理で手一杯のようだった。

 何か、自分たちには理解できない攻撃を受けているのかもしれない。それこそ、コントロールを奪われようとしているのかもしれない。それだけは避けるべきだ。


「どうしますか、ユーキ」

「……! 逃げる!」

「え?」

「怖いから、逃げる! アニッシュも連れて、いやそっちが優先だ。トートは今あっぱらぱーだし、敵の性能はよくわからないけど、今のトリスメギストスじゃ勝ち目がない! だから、逃げる! その為の重装甲だ!」


 そういって、ユーキはゴエティアのロッドを防ぐトリスメギストスの左の拳を、パージした。それは所謂ロケットパンチのようなものであった。ロッドを押し付けるゴエティアごと、ユーキは左拳をくれてやったのである。

 だが、それが功を奏した。ゴエティアがいかなる性能、知性を持つかは不明だが、よもやロケットパンチをするとは計算していなかったようだ。

 ゴエティアはそのまま拳に押し出されていく。だが、それも一瞬の事だ。

 その前にと、ユーキは残った右拳のビームパンチに出力を集中させた。そして、巨大な光の掌を広げてコントールされるアニッシュ機の水平チョップで切断する。それによって、上半身と下半身だけではなく、両腕とバズーカも切断される。

 そして爆発が起きる前にユーキはコクピットの残る上半身を抱えてその場を急いで離脱していた。

 ラビ・レーブを含めたテウルギアは基本的に頭部もしくは首にコクピットがある為、できた荒業である。


「アニッシュ! 大丈夫!?」

『痛いに決まってるでしょ! エアバッグが変な角度で……!』


 元気そうな声だったが、わずかに上ずってた声にも聞こえた。そしてなぜか映像通信は映し出されない。

 なんでだろうとは思ったがそんなことは気にしている暇はなかった。

 ユーキは唯一残った右のビームパンチを再び稼働させ、大きくうちわであおぐようにトリスメギストスの右腕を振るう。

 それによってビームの細かな粒子、膜が周囲に飛び散ることになる。

 これらは良い目くらましになった。

 同時に、その光はミランドラへの合図にもつながっていた。


『トリスメギストス! 帰還しろ、さっさととんずらするぞ!』


 その声はクラートのものだった。


「了解です!」


 ユーキは大声で返事をする。

 再び逃げ道へと視線を戻すと、ミランドラたちが急接近してくるのが見えた。

 無数のミサイルを壁になるように撃ちだしている。トリスメギストスはあえてその中を、右拳のビームバリアーで突っ切るのである。爆風と爆炎が敵のさらなる目くらましとなり、トリスメギストスと大破したアニッシュ機は何とか帰投することができたのである。

 そしてミランドラ艦隊の突撃は終わらない。再び大出力のビームバリアーを展開してゴエティアへと対面する。

 迫るミランドラ隊。迎え撃つ形となったゴエティア。

 お互いが正面衝突するかと思われたその瞬間。

 ゴエティアの姿は歪むようにねじまがり、消えていく。

 だが、そんなものは、もう気にするものではない。


「このまま逃げる!」


 省吾は叫んだ。

 敵が何をしてこようと、もう遅い。

 こっちはやることをやってあとは逃げるだけなのだから。

 ミランドラ隊はそのまま機銃や爆雷を残して、一直線に彼方へと加速してゆく。

 そして……ワープを発動させてまんまと逃げおおせたのである。

 それと入れ替わるように、ゴエティアもワープアウトする。場所はバベルビッグキャノンの管制室が位置する場所であった。

 しかし、そこでゴエティアはまるで生き物のように首を傾げた。

 そしてミランドラ隊のワープ反応を認めて、その方角を凝視するように、頭部を向ける。


「……ユ、ユカイ? オ、オモシロイ、テキ、テキキキ!」


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