本気になってやる必要のない敵も世の中にはたくさんいる。あしらうのが調度いい奴がたくさんいる
「なぜ裏切り者どもを落とせんのだ!」
アンフェールの怒号が吐き出されても、それは各所から入ってくる混乱の声でかき消される。それでも上官の声を聞き逃しまたなどという言い訳が出来ない兵士たちは無理やりにでも答えるしかなかった。
「友軍が邪魔です! エンジンを被弾した艦艇が盾にされていて……!」
「宙域にジャミングが入っています! 識別シグナルが混線して……!」
その常套句のような返答にアンフェールは目の前の連中を宇宙服なしで外に放り出したかったが、それも出来なかった。
彼とて軍を率いる者。今の艦隊の士気が下がっていることぐらい理解できる。自分たちの総帥がやってくれたすさまじい所業で兵士たちを縛り付けるという行為はそう素早く行えるものではない。
ゆっくりと浸透させて、その後、自分たちは悪くない、選ばれたのだと認識させなぁなぁな空気の中で共犯者に仕立て上げる。
その手法をほかならぬアンフェールも行ってきたことだ。だが、それをやる前に待ったがかかるとこれが難しくなる。
人間を洗脳するのに催眠術は必要ない。ちょっとの時間と、飴と鞭を使い分けることだ。
さっきは鞭を与えた。今度は飴を与えなければならない。それを邪魔されればこうもなる。
(おのれ……ここで友軍ごと壊滅させてもいいが、それでは手ごまが減る。ファウデンの爺さんを消すにも、俺の軍隊が必要なのだ。だが、その前に連中が正気に戻ってもらっては困る……あの宇宙海賊とかいう連中は間違いなくここで撃滅せねばならん)
アンフェールは己の野心成就の為の思考をフル回転させた。
しかし、基本的に武闘派な性格の彼は、とにもかくにも敵を倒す事を優先する。だが今の友軍は使い物にならない。無理やり力で従わせる事も可能だが、今それをやるのは損害が大きい。
だから、手をこまねくしかない。もし、この男がここで全艦隊に撤退命令を出せば、それは英断として語られたかもしれないが、アンフェールという男は猪突でもあり、そんな事を命令するなどという選択肢は真っ先に切り捨てていた。
もし、彼が撤退命令を出すとき。それは自分の命に危機が迫ったその瞬間だけなのが、不幸であった。
「裏切り者め……ジョウェイン。飼ってやった恩を忘れおって」
もはやその男が別人になっているなどという事は、知る由もない。
事態はアンフェールの予想をはるかに上回っているのだから。
「テウルギア隊はどうした! ジャミングがあろうと、オフラインで行動させればよかろうが! ランスとシールド装備で展開させろ! 戦列歩兵陣形を取れ! 面で迎え撃て!」
その指示は理にかなっていた。
敵が機動性を武器にするのなら、本来はこちらも機動性で対応するべきであるが、あいにくと自軍の布陣はそれを可能とはしていなかった。テウルギアら機動兵器たちも誤射を恐れ、動きは鈍くなる。
ならば迎え撃てばいい。戦列歩兵とは古臭い陣形であり、打撃力が極限まで高まってしまった近代の兵器の前ではほぼ無意味なものとなったが、それでも機動兵器のようなものが生まれた時代にまでいくと堅牢な盾やバリアーなどの防御力というのもまた向上する。
ある一定の効果は出るのだ。だとしても戦艦を迎え撃つというのは恐ろしいものである。
ゆえに、アンフェールはあえて敵艦隊の迎撃は無視した。
「機動兵器を叩け! トリスメギストスを落とせ! あれさえ落とせば敵の勢いは消える! 所詮はただのマシンにすぎん!」
その指摘も、正しいものであった。
アンフェールは、現実的で、野心もまたそれに準じている。知性も、戦術も……だが、それが通用するような状況ではないことは予測できるものではない。
「戦略兵器ではあるまい……たかが高スペックのマシン一つで戦場が変わるものか……!」
その呟きは、自らが作り上げた力の象徴であるバベルというビッグキャノンへの絶対的な自信と己のプライドに依るものである。
だが今はそのビッグキャノンを打ち込むことはできない。あまりにも大きすぎる、おおざっぱな兵器はこういう細かな調整が効かない事に今更気が付き、地団駄を踏む。
本当なら、味方ごと一掃してしまいたいのに。
(本当に、俺はなんと間の悪い男なのだ! それも全て、ジョウェインめが俺を裏切ってからだ!)
彼が本当に、今殺したい相手はジョウェインだった。
それがうまくいかないからこそのストレスがあった。
そして、戦場を縦横無尽に駆け抜ける改造戦艦……一見するとそれがかつてミランドラであったことはわからないが、よく見れば特徴的なひし形の船体に増設されたパーツを取り除けば確かにそう見える。
そんなものたちが、わかりやすく手加減をして、艦隊の動きを乱している。友軍艦はエンジンなどの推進機関や主砲を潰され、漂うだけの鉄の塊となり漂う。敵はそれを盾にして、巧みに近づいたり、離れたりを繰り返していた。
「こちらの艦をあえて撃沈させずに、盾にするか。正規兵は、こういう時友軍を撃てん……戦争ごっこじゃあるまい……!」
アンフェールは歯ぎしりをした。
目ざわりだった。でも、除外できない。鬱陶しく飛び回る。
「な、なんとしても落とせ……! あの愚か者どもを何としても落とせ!」
アンフェールは無意識のうちにミランドラを追いかけていた。
それはあれに乗るのが邪魔者どもであると同時に敵の艦を落とすことが軍人としての役目という刷り込まれた本能だったからだ。
「落とせ! おとせぇ!」
その言葉を、ミランドラに向けたものなのか、トリスメギストスに向けたものなのか。
そんなこと、部下たちがわかるはずもなかった。
***
不気味なぐらいトリスメギストスは性能を発揮していた。
ローブ型装甲から放たれるビームもそうであるが、巨大なマニピュレータもビームバリアー以外の用途として活用できる。というのもこの拳は楽々とテウルギア一体をわしづかみにできるのだ。適当にそれを掴んで盾のようにふるまえば敵は驚くほど攻撃を躊躇う。
「ちょっと卑怯だけど……!」
こっちも好き好んで敵を殺したいとは思っていない。もちろん、抵抗が激しく向かってくるなら、その時は自分の命を守る為に戦闘行動に移る。なんせ、ここには自分だけではなく少女も乗っているのだから。
そして彼女を父親と合わせるのがユーキの目的の一つだった。それに、自分が戦えば戦うだけ、他の仲間たちを助けることになる。
随伴するアニッシュは自分をよく援護してくれる。隊長であるマークは己の部隊を率いて自由戦闘を行い、その他、駆逐艦の部隊もそれぞれに展開していた。
機動兵器同士の戦いはやはりこちらが優勢だった。トリスメギストスのジャミングによるレーダー等の不調を利用すれば、数の差はどうとでもなる。
それに、やはり敵機を盾にした動きというのが、この戦場においては効果的だった。
だが、それでも思いきりの良い敵はためらいもなく突っ込んでくる。
しかし……。
「邪魔だって、言ってるだろ!」
残った片方の拳を開いて容易くつかむことができる。そこに極低出力のビームバリアーを作動させれば敵機の表面装甲は熔けて、まともな稼働が出来なくなる。これが便利だった。
「ユーキ、敵が壁になっています!」
「だったら投げ飛ばせばいい!」
フラニーの声に、ユーキは敵が意味不明な陣列を取っているのが見えた。それぞれが盾を構えて、巨大な壁を構築している。それで通せんぼをしたつもりなのか。
ユーキは先ほど捕まえたばかりのラビ・レーブを投げつける。そうするだけで、壁は崩れ、投げ飛ばされた味方を保護しようという動きに代わる。
そこをビームで狙撃して、盾を撃ち抜く。
『気を抜かない!』
突撃してくる数機のラビ・レーブは、しかしアニッシュ機のバズーカ砲で盾を粉砕されその衝撃で僚機を巻き込み後方へと流れていく。わずかに残った機体も二度目のバズーカの直撃を受け撃墜されていた。
「ごめん! ありがとう!」
いくらトリスメギストスの性能で有利に立てても、意識の外というものはできる。アニッシュはそれをよくフォローしてくれていた。
ユーキはとっさにアニッシュに礼を言うと、彼女の機体の真横にトリスメギストスを並べる。
『トートの調子はどうなの』
「まだ興奮してる。でも、抑えられる。博士とかの気配はないみたいだ。でも、別の警戒をしているから……」
「デカイゾ! テキ、イル! ゴエティア!」
「ユーキ、トートはあの大きな大砲に敵がいると言っているみたいです。それはつまり、父の事かと。近づけますか。そうしないと、声は届けられないのですよね?」
トートを抱えながら、後部座席で丸まっていたフラニー。
出来る限り、彼女もニューバランスの士官の投降などを促しているが、それに応じた兵士たちはまだいなかった。信じられていないというよりは、それ以上に身内が恐ろしいのだろうと推測できる。
そして彼女にしてみれば、それを行っているのは自分の父親なのだろうという目星はついていた。
「どうせ無視はされるでしょうけど、父には私が言っておかなければならないことがたくさんあります。無理なら結構、可能であれば」
「いや、やってみよう。トリスメギストスなら行けると見た。艦長さんたちもまだ撤退を考えていないようだし、おちょくるだけおちょくれという命令だし。アニッシュ、ついてきて、援護を頼む!」
そういいながら、ユーキは再び捕獲したラビ・レーブの武器を拳のビームで破壊しつつ、アニッシュ機へと投げ渡す。
「それに、あそこには僕たちの惑星を破壊しようとしていた奴もいる。一言文句も言ってやりたい!」
ユーキは再びローブ型装甲から無数のビームを照射して敵に牽制をかける。そしてそのまま盾を構えたまま、一直線にバベルへと向かう。アニッシュ機もそれに随伴し、一部の味方部隊もそれに倣い、付いてくるのが見えた。
同時に、敵の防衛活動はここからある程度の士気を取り戻したようで、たやすくの突破は不可能だった。
さすがに、自分たちの司令官がいるとなれば身が引き締まるのだろう。
「どきなさい! 殺戮者になりたいのですか!」
フラニーの威厳のこもった声は、しかし通じていないようだった。
直掩に着くほどのパイロットたちはアンフェール好みというわけだった。
「ユーキ!」
「悪いけど、落とす!」
敵の一斉射撃を両手のビームバリアーを展開することで受け止める。そのバリアーは直径が百メートルを優に超え、それが宇宙ではよく目立つのだが、そんなことは構う事はなかった。
「どけぇ! お嬢様が通るぞ!」
「父上! 出てきなさい! よくあのような所業が、悪魔のような真似ができますわね! 何をお考えなのか、私に話してもらいます! なぜ私たちを殺そうとするのか! どのような返答をしましても、私はあなたと親子の縁を切らせてもらいますが、理由ぐらいは聞いてあげます! 出てきなさい、卑怯者! それが組織を率いる長ですか!」
まるで、今までのうっ憤を晴らすかのように、フラニーは叫んだ。
それでも返答はない。
ならば、こじ開けてでも話を聞くべきかもしれない。ユーキがそう考えた、その時であった。
「ゴエティア! ゴエティア! クルゾ!」
トートの興奮が激しくなる。
トリスメギストスもどこか様子がおかしい。出力が勝手に上昇してまるで同じように興奮している様子だった。
「なんだ!?」
視界が歪む。
否、歪んでいるのはトリスメギストスの目の前の空間だ。それがワープアウト現象であることはわかる。
そしてそれが強まると、トートの興奮はさらに激しくなる。
ぐにゃりと飴細工が解けるように、ガラスが熱で歪むように。空間がねじ曲がると、そこから這い出るように漆黒の腕が伸びる。
ゆっくりと、仄暗い底から現れるように、それは姿を見せた。
頭部には満月のごとき円盤が輝き、その下にある顔にはまるで鋭い嘴のような突起物が伸び、無貌に何かしらの表情を与えているようだった。胴体部分はシンプルな造形であり、なだらかな装甲が男性の彫刻像を思わせる作りとなり、反対に下半身は袴ともスカートとも見える装甲板で覆われ、右手には細長いロッドを握っていた。
「黒い……トリスメギストス……?」
似ているわけではない。どう見ても別の存在なのに、ユーキは思わずそう口にした。
目の前のそれは、トリスメギストスだと思ったのだ。
『どこまでも』
声が聞こえる。老人の声。それはファウデンの声だ。
『どこまで私を引きずり込むか、過去の呪いが。私が生み出した、罪が』
しかしユーキは目の前の機体が無人だと判断した。
理由はわからない。ただそう感じたのだ。
『だからこそ、消さねばならないのだ、お前という存在は……! ゴエティア、やれ』
その命令に従い、黒きトリスメギストスは……飛び掛かる。
ユーキもまた、拳を突き立てた。
「そんな言い方が、あるかぁ!」
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