ふんぞり返る偉そうな連中を挑発するのはとても愉快であるが、命がけでもある

 確信があったわけではない。それこそ、冗談みたいな話だが、この世界がロボットアニメで、今自分たちが保有するトリスメギストスとかいうマシンが主役機で、それが凄まじい力を持っているのなら、それを使って世界を何とかしようとする意思にうまいことそれらが合致してくれるのではないかというある種のメタな思考が、省吾にはあった。

 だがそれは重要視するようなものではなく、できるならそうなってくれると嬉しいというだけの話であり、全てをゆだねるつもりは毛頭なかった。

 当たり前の話だが、その力がコントロールできないうちはあてにできるものではないからだ。


 だが、トリスメギストスは、そのコアマシンであるトートは明らかな恐怖と警戒を示していた。同時にこの意思を持ったマシンは自分の本能に忠実であり、生存本能や自己進化、そして己の力を試すという恐らくは根底にプログラムされたものをただ実行に移したいという考えもあるのだろう。

 それは、矛盾しているようで、あながち人間もそういった側面を見せることがある。

 試してみたい、好奇心の赴くまま、自分ができることを知りたい。それもまた本能だ。

 トリスメギストスはある意味では純粋であり、言ってしまえばどこか子供っぽい。

 そう、奴もまた子供だとすれば……そんな考えがよぎった頃には、省吾の視界はワープ空間の歪な情景ではなく宇宙のそれを映し出していた。


「ワープアウト。座標確認します」


 ファラン航海士も結局は降りることなくついてきてくれた。

 彼の迅速な仕事は助かるというものだ。


「ドンピシャ、アル・ミナー宙域の手前……艦長、慣性航行に移ることを提案します」


 ファランの報告に省吾はまず第一の賭けに成功したことを理解した。


「いや、このまま最大船速で、宙域に突入する。やはり、トートの力が作用したか。それとも……むこうが俺たちを招いたか? 警戒態勢を取れ、レーダーは最大感度。クラート、駆逐艦たちにも通達しろ」

「了解」


 メインモニターの映し出される宙域情報から読み取れるのは、そこがアル・ミナーの目の鼻の先であるということ。ギリギリ、まだ艦隊のレーダー網には感知されない場所だが、ワープ反応は遅かれ早かれ検知されることだろう。


「いいな、敵を倒すことなど考えるな。我々が行うのは挑発だ。無駄に殺すことはない。オペレーター各員はオープン回線で敵に呼びかけろ。それに呼応するものが出るかもしれん。だが、反撃は許可する。いいな、一番は我が身の可愛さだ。ここは決戦の場ではない」


 省吾の号令の下、ミランドラは改良された艦体を、その性能を思うがままに加速させた。


「まずは驚かせてやれ。長距離ミサイル発射用意。適当にばらまけ」


 主砲だけではなくミサイル発射管も増設されたミランドラはミサイル艦並みの搭載力を有していた。四辺の艦首ミサイル発射管から無数のミサイルが発射さる。随伴する駆逐艦たちは長距離用のミサイルを搭載していないが、彼らの仕事はこのあとだ。

 むしろミサイルやビームは重要ではない。必要なのは速度と機動性なのだ。


『ジョウェイン艦長、ダミーバルーンも射出しておいた方がいいんじゃないかい?』


 ロペスの提案に省吾は即答した。


「よい考えだ。ミサイル第二陣斉射後、バルーンシップも展開。その後、我々は敵艦隊の真上を取るように軌道修正」


 巨大な風船が発射され、それは玩具のビニール玩具のように丸みを帯びた長細い船のように膨張する。レーダーを惑わすことはできないが、人間の目は意外と物理的な干渉を優先する。レーダーには映らないが、視界の端に異物があるというのは思考を鈍らせる。


「敵の牽制射撃が飛んでくるが、当たるなよ。艦首ビームバリアーは敵陣に突っ込んでから使う」


 バリアーといえ、無敵ではない。エネルギーの消費量も考えれば実際は多様するべきものではない。だがそれで得られる防御力は魅力的で単艦であっても、艦隊にビーム斉射に耐えられるというのは破格だ。

 しかしそんな攻撃を受ければ、一回でバリアーは使い物にならなくなる。だから対ビーム用のスモークの方が重要だった。


「敵艦隊の反撃、来ます」


 ケスの報告がなされる数秒後、先ほどまで省吾らがいた場所にか細いビームが走る。距離で減衰したビームの残りかすだ。

 そんなのでも、命中すれば装甲に多大なダメージを与える。回避行動をとって正解だった。


「テウルギア隊は出撃準備! ど真ん中に突撃したら適当に暴れるぞ! トリスメギストスの調子はどうか! 先制して、ジャミングを仕掛けられるならもうどんどんやれ!」


 三隻の艦隊は無数に布陣する敵艦隊への突撃を慣行した。

 敵もまた、ミランドラたちが即座に現れることなど予想できていなかったのか、混乱が見られる。その動きはまるで大艦隊に襲われた者たちのようだった。

 それは、スーパースペックを誇るマシンを秘密にしている弊害であると省吾は感じた。


(むこうにトリスメギストス並みの化け物があるとして、その性能をきちんと味方と共有していないからこうなる。敵にもそういう可能性があると教えておけば、ここまで混乱はしなかっただろうに)


 秘密主義の欠点だ。

 だが集団行動の恐ろしいところはそんな個々人の不安を全体で共有し、和らげることにある。同時に敵には司令官が二人。腐ってもカリスマはある。それで立て直しをはかられたら不利なのはこちら。その前にどれだけかき回せるかが重要だった。


「ビッグキャノンの動きに注意しろ。それとフィーニッツの糞ジジイがまだぞろ奇妙な発明品を繰り出してくるかもしれん。そのことを念頭に置いたうえでひっかきまわすぞ!」


 ミランドラの主砲が斉射される。それらはいくつかの艦艇を撃ち抜くが、撃沈にまでは至っていない。ビームの出力を絞り、でたらめに撃ちだしているからだ。

 同時に省吾はオープン回線をひらいた。


「我々は宇宙海賊ヘルメス! 悪逆非道を行う者たちに喧嘩を売りに来た! さぁそちらの司令官たちを出してもらおうか、あんたらの顔を殴りたくてうずうずしている方がいる!」


 その言葉と共に、通信の主導権は省吾からフラニーへと変わった。

 だが、彼女は艦橋にはいない。なぜならば、彼女はトリスメギストス、ユーキの下に移動していたからだ。

 ユリーも艦長室に避難させておいた。


『──私は、フラニー・ファウデン』


 少女の肉声が、戦場に木霊する。


『難しいことは言いません。父上、私はあなたを殺します。そちらが私を殺しにかかってきたのです。正当防衛を主張しますわ。それに、故郷をこんな目に合わせた虐殺者を、もう父とは呼びません。覚悟なさい。ブラウ・ファウデン……!』


***


「テキテキテキ! ヤバイ!」

「トートは何を興奮しているんだ」


 トリスメギストスのコクピットの中で、騒ぎ立てるトートを押しのけながら、ユーキは機体を起動させる。

 不思議なほど調子がよかった。要塞基地で万全の形で修理され、なおかつ追加装備まで開発された。果たしてその突貫作業にも近いものでどれほどの効果をもたらすのかはユーキにもわからなかったが、それでも機体表示はオールグリーン。それを信じるしかなかった。

 だが問題なのは中身よりも頭脳にあたるトートだ。もしこいつが生物なら毛を逆立てて興奮していることだろう。


「ゴエティア……なんなんだよ、お前の敵なのか」

「ゴエティアとはテウルギアの対極に位置する魔法のことでしょう?」

「え?」


 一緒に乗り込む形となったフラニーが宇宙服に身を包みながら、流れてくる。

 後部座席のスペースにしがみつく形になるフラニーはそう言いながら姿勢を調整していた。狭いコクピットに二人。本来は想定してない構造だった。

 ユーキはアニッシュは違うフラニーの吐息を感じていた。


「昔、大学で宗教学を学んだことがあります。テウルギアとゴエティアは魔法の名前で、テウルギアが良き魔法、ゴエティアは悪しき魔法だと」

「大学?」

「飛び級です」


 フラニーはその時だけさも当然のように答えた。

 金持ちだけが許される行為だ。とすると、この子は自分よりかなり頭が良い。


「あぁ……でも、なんでそんなファンタジックな話が?」


 大学でそんなロマンを教えるものだろうかとユーキは首を傾げた。


「さぁ? 大昔の宗教とはそういうものですし、それに倣って軍人や科学者って意外とロマンチックですし、縁起を込めてそういう名前を付けるのだと思います」

「よくわかんないけど、トートがゴエティアを警戒して、それが悪い魔法ってことなら、敵ってことだ」

「恐らくは父の事でしょう。つまり、何か隠し玉があります」

「それは想像できている」

『ユーキ、準備はできてるの』


 途中、アニッシュからの通話が入る。


「大丈夫。トートも興奮しているけど、いけるはず」

『そう。あたしが援護に入るから、あんたはそのマシンをちゃんと使いこなしてよね』

「わかってる。アニッシュも無茶しないで。このトリスメギストスは守りに適してる装備だから、危なくなったら」

『あたしの方が先輩。ラビ・レーブでの模擬戦はあたしが圧勝だったでしょ』

「わかった。無茶しないで。いなくなると寂しい」

『あ、あたしもよ。こんなくだらないことで死にたくないわ。それじゃお姫様をちゃんと守ってあげなさいよ。じゃ』


 ぷつんと通信が切れる。

 すると後ろからフラニーがくつくつと笑っていた。


「微笑ましい。やはりお付き合いされているのですか?」

「してませんよ。いじめられてます」

「それじゃあ慰めのキスをしましょうか?」

「そういう、自暴自棄なのは嫌です。僕の事を好きでいてくれるなら、自然でいて欲しい」

「まぁ」


 なんとなく、ユーキはフラニーのあしらい方を理解していた。

 可愛い子だと思う。それ以上に可愛そうな子だ。フラニーは……親に捨てられた子だから。その深層心理は、自分には理解できないかもしれない。


(この子は……無茶をしようとしている。だったら、そばにいて、止めてあげないと)


 彼女には親はおらずとも友人が必要だ。

 それに、自分やアニッシュがなってあげればいい。でないと、彼女は孤独だ。

 それを本人も理解しているはずだが、距離の詰め方がわからないのだろう。

 だからこそ……守らないといけないのだ。


『各機発進! トリスメギストス、遅れているぞ』

「はい! ユーキ・シジマはトリスメギストスで出ます!」


 重装備のトリスメギストスが混迷の宇宙に飛び立つ。

 そのすぐ後ろにはアニッシュがついていた。

 マークの部隊は自分たちの前方。その他にも二隻の駆逐艦から機体が発進していた。


「ビームナックルのバリアーも使ってみるべきだが、その前に」


 ユーキは無重力で浮かぶトートをつかみ取る。


「トート。敵がいるならお前も頑張れ。倒されたくないだろ。ここには邪魔な人たちが多い。ジャミングを最大感度で。殺さなくていい。邪魔をすればそれでいい。それでも動ける奴が、敵だ」

「ゴエティア!」

「そう、ゴエティアだ。何がなんだから知らないけど、それが敵、そして多分、あのデカい大砲にいるけど……今は真面目に相手をするな」


 駆け抜けるトリスメギストスの各部から粒子が漏れ出すように、それが流星を描くようにきらめく。

 トリスメギストスのジャミングはいまだ全てを操るほどではない。それでも、機械の誤作動を招くぐらいはなんてことはない。たった数秒でも、ロックオン機能などが停止すれば、それは大きな隙になる。


「エンジンを潰して、盾にする……!」


 巨大なビームバリアー発生装置を担いだトリスメギストス。その拳がビームの発光現象に包まれると、眼前に捉えた戦艦のメインブースターを握りつぶすように展開する。

 えぐり取られるように、握りつぶされるように戦艦の後部の一部が消失すれば、小規模な爆発を繰り返し、行動不能になる。動けなくなる艦艇が増えることは、盾にできるということだ。


(意外と、僕は性格が悪いようだ)


 そして、図らずもそれは海賊らしい戦い方だった。

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