これから宇宙海賊らしいことをしよう、偉そうに構えている連中の度肝を抜くため

 敵はいまだ、アル・ミナー宙域に居座っている。本当なら今すぐにでも攻撃を仕掛けたいのは省吾以外の者たちも同じ考えであったが、それを我慢して反乱軍の主力艦隊との合流を優先した。

 本来であれば、単独行動でもよいのだが、組織の協力というのはやはり捨てがたい。というより、省吾ら宇宙海賊ヘルメスは反乱軍に敵対する意思はない、むしろ協力関係を築きたいという建前を見せる必要もあった。

 それはロペス隊との関係性だけで完成するものではなく、やはり面倒ではあるが組織のそれなりの実権を握った者との交渉が必要なのである。

 故に、省吾らはアル・ミナーの惨状に背を向けて、あえて後退をしてみせたのだった。

 そして、合流を果たしたのである。


「あんな大量破壊兵器が存在していることを、お前のような男が知らないというのは、私にはどうにも納得ができないのだ」


 が、合流した途端にこれだった。省吾は相手側の船に乗り込み、やっとまともな会談が行えたのだが……。

 唾を飛ばす勢いでまくしたてるのはコールソンという男だった。

 反乱軍を率いる将軍であり、代表の一人であった。角刈りで、わずかにはやした口ひげがいかにも古風な軍人でございますといった風貌であり、軍服の襟も最後まできちっと絞めるタイプ。

 そしてこの口調なせいで、省吾の第一印象は好戦的な男というものだったが、それは間違いではないらしい。


「あのビッグキャノンは極秘中の極秘。アンフェール大佐個人のものです。私はどちらかと言えば使い走り、前線とを行ったり来たりする側でした。だからあの男が裏でこそこそと新兵器の開発を行っていることは知っていても、全容を知ることなどできなかった」


 このあたりはジョウェインの知識から説明できることだった。

 彼の知識の中には本当にその程度しかない。アンフェールの片腕、金魚のフンと言われても、実際は深く根付いた関係ではないというだけだ。

 アンフェールが己の手を直接汚さずに、非道を実行させるのにちょうどいい階級と人間性を持っていたのがジョウェインだったというだけだ。

 極端なことを言えば、ジョウェインのような立場の部下をアンフェールは多く抱えている。それだけのことができる男ではあるのだ。


「トリスメギストスに関しても、件の命令が下されるまではただの新型としか説明を受けていなかった。あの組織の秘密主義はあなた方もご存じの通りだということだ」

「そのマシンに関してもだ。ロペスからの報告には目を通した。しかし、本当にあのテウルギアにそんな力があるというのか? たった一体でプラネットキラーをどうにかするだの、惑星規模のエネルギーを操るだの……」

「それを実際に目でみて、そして体験した結果、私はここにいる。それに、敵が血眼でこれを取り返そう、もしくは破壊しようとするわけが、その性能にあるのだとすれば説明はつくというものだ」

「むぅ……だが、それが本当だとすれば、あのマシンを使えばあのような大部隊に大打撃を与えるのはたやすいと思うが?」

「えぇ、理論上は可能でしょう」


 コールソンという男からは焦りが感じられる。

 ファウデンがあのような暴挙に出た以上、なんとしてでも叩かねばならないという感情が噴出しているのだ。それが焦りとなり、今すぐにでも部隊の総力を挙げて殴り込みをかけようとしている。

 それは危険だった。


「ならば決まりだ。全艦はこのまま邪悪な独裁者であるファウデンを討つべく出陣を開始せねばならん。でなければ、植民惑星だけではない地球ですらどうなるか」

「その考えは理解します。ですが、トリスメギストスは極めて不安定です。数百の艦艇の命を預けるにはいささか不安が残る兵器。それに、わかりやすく布陣している敵が、大艦隊の奇襲を予想していないとは思えません。あのビッグキャノンとて、本当に二射目がないとも限らない」

「そのような悠長を言っている暇はない!」


 コールソンはテーブルを叩いた。

 彼の下の士官らも同様の考えらしい。

 一方で、省吾側にいるのはケス少佐のみ。


「その通りです」


 省吾はあえてさっきとは真逆の事を口にした。

 コールソンも虚を突かれたというか、省吾の考えがいまいち理解できない様子で言葉を詰まらせる。


「あの敵は叩かねばならない。ですが、真正面から攻撃を仕掛けたところで逆に叩き潰されるのがオチ。それに敵の隠し球があのビッグキャノンだけとは思いたくない。トリスメギストスの開発者であるフィーニッツが敵と合流している可能性も高く、あの男の繰り出す発明品には二度も手を焼きました。ですので、こちらもそれ相応の戦い方をするのです」

「どうするというだ」

「おちょっくってやるんですよ」

「なに?」


 省吾はあえてふざけた口調で言った。


「艦隊決戦はどこかで必要となるでしょう。ですが今ではない。それにこちらも、もともと奇襲予定の部隊なのでしょう? 敵の行いは外道、非道であり、本来であれば真っ先に叩き潰すべき所業。だが、今はその感情論だけで動く時ではない。同時に敵の勢いが乗る前のこちら側からアクションを起こす必要もまたある……ならば、馬鹿にしてやるのが一番だということです」

「具体的には何をするつもりだ」

「簡単です。奇襲を仕掛けるのは変わりません。ですが、攻撃を行うのは本艦のみ、コールソン閣下たちにはぜひとも本隊としてドンと構えてほしいのです」

「……? どういうことだ、それになんの意味がある」

「いいえ、本艦一隻だからこそ意味があるのです。むしろ、本命はあなた方反乱軍にあります」


 省吾は語る。


「我々は、宇宙海賊を名乗りました。それがみそです。そして我々の船は、色々とありまして単独行動の方がその性能を発揮しやすいのです。それに、無謀な特攻を仕掛けるつもりはありません。私の目的はおちょくることです」

「おちょくる……?」

「えぇ、適当に攻撃を仕掛けて、適当にかく乱して、さっさと逃げる。これをすればファウデンはどう考えるかわかりませんが、アンフェールは怒るでしょう」


 たった一隻の無謀な攻撃という油断も誘える。


「ですが、それでいいのです。今、あそこには正反対な性格を持つ指揮官が二人いる。これがいい。真正面から相対すればファウデンもアンフェールも迎撃という意見は一致する。ですが、さっきのようなおちょくりを受けて、挑発に乗るのはアンフェール、ファウデンは正直何を考えているかわかりませんが、被害が出ないと分かれば無駄に動くことはないでしょう。それに……敵の兵士も、あのような行いに動揺しているはず。敵は、恐怖で縛り付けようとしているかもしれないが、その結び目はまだ脆いはず」


 もちろんこれには省吾なりのまともな考えもある。

 第一として挑発はもちろんだが、こちらの速攻性を見せる意味合いもあり、なおかつ反抗の意思を見せつけるというもっともな理由。

 そのほかとして、当然のことだが自分たちが撃沈されないという前提条件になるが、あのような破壊兵器を用いて、惑星宙域を死に至らしめる者たちが、反乱軍もさておき、宇宙海賊の一隻も落とせないどころか翻弄されたとあっては、先の行動と照らし合わせて情けなさを演出する。

 一番の狙いはそこだ。これで、乗っかるのはまず間違いなくアンフェールである。

 ここまで考えてもファウデンの動き、目的はもやがかかっているが、それはまだ置いてもいい。

 今必要なのは、行動、そして結果なのだ。


「貴様たちが裏切らんとも限らん」

「裏切るならこんなところまでこない。そして一隻で突撃しようなどともしない。あなた方に要塞一つを手土産にする理由がない」


 どれも根拠として十分だろう。

 しかしコールソンは渋る。それは省吾に疑いをかけているからというよりは、その作戦行動があまりにも突拍子がなく、また意味が見いだせなかったからだ。

 コールソンにしても戦争の勝利とは敵を撃滅して初めて意味のあるものだが、陽動作戦の重要性も重々理解はしている。

 だからこそ、単独行動の危険性が恐ろしいのだ。


「もう一つ、理由があります。これからの戦いはトリスメギストスの性能を引き出せるかどうかにもかかっている。だが我々はあのマシンを完全に使いこなせていない。あのマシンはどうにもひねくれものでして、こういう戦いに身を投じないとまともに性能が出せんのです。笑えるでしょう? そんな兵器として中途半端なものを組織的な作戦行動に使ってやる必要はなく、むしろいつでも手を切れる宇宙海賊にためさせればよし……違いますか?」

「む、むぅ……」

「それに、先ほども言いましたが本命はそちらです。ぜひ、お願いしたいことがあるのです」

「なんだ」

「地球へ向かってください。連中も必ずそちらに向かうはずです。いえ、戻らなければならないはず。そこに、あなた方反乱軍が待ち伏せをすることで、本当の奇襲となる。敵は、よもやあなた方が地球へ向かうとは思わないはず。まっすぐ、自分たちを狙うと思うはず……裏をかくのです」

「……」


 その作戦はコールソンには魅力的に映った。

 省吾はもう一押しと感じていた。


「……敵は、本来なら数日はかかるワープ距離を一瞬で移動した。それはつまり、あの馬鹿みたいなビッグキャノンは迅速にどの植民惑星も狙い撃ちにできるということです。むしろ、今すぐにでも反乱軍の全戦力を地球に向けて発進させて、対処しなければならない。私がやろうとしているのはその時間稼ぎです」


 と同時に、トリスメギストスの性能を完全にコントロールする為に荒治療でもあるのだ。結局、戦局をどうこうするにはオーバースペックのスーパーマシンに頼るしかない。トリスメギストスならばそれが可能であると省吾は考えている。

 たった一機のマシンに全てを託すなどというのは本来、恐ろしいことだが、省吾はあえて都合の良いように考えた。

 結局は、また博打なのである。


「これは二段構えの作戦です。こちらの陽動と挑発が一発目。本命の二発目を皆様方が。信用しなくても結構。我々は、どっちにせよ敵に攻撃を仕掛けます」

「待て」


 コールソンは腹をくくったように見えた。


「駆逐艦を二隻、つける。それは諸君らの監視と援護のつもりで受け取ってくれ。単独での行動は足をすくわれる。私とて、あのような所業を黙ってみているつもりはないのだ」


 コールソンは表情を変えず、言い放った。

 それが彼にできる妥協なのだろうと省吾は受け取った。


「では」


 省吾はこの会見が無駄ではないと手ごたえを感じて、ミランドラへ戻った。

 そして、件の作戦を再び艦内で報告する。そして、彼は最後にこう締めくくった。


「出ていくのなら今のうちだ」


 しかし、その命令に従うものはいなかった。

 こうして、ミランドラは駆逐艦二隻、そのうち一つはやはりサヴォナを引き連れて反乱軍艦隊から離脱した。


「艦長、宇宙海賊なのですし、それっぽい号令もあるのでは?」


 途中、クラートがジョーク交じりでそう言った。


「いくぜ野郎ども、錨を上げろ! とでも言えばいいか?」

「お好きに」

「そうだな、それじゃあ、ヨーソロー!」

「それって海賊限定の言葉じゃないですよね?」

「悪いが、私は海賊ものの映画は数本しか見たことがない」


 ただ、この緩い雰囲気は確かに海賊らしいのかもしれない。

 どこがどうという説明はできないが、とにかく悪いモノではない。

 これからやるのは、一番危険な任務であるというのに。


「ま、とにかくだ。我々のやることは適当に攻撃して、適当に逃げる。楽なもんだ。こんなことで命を賭けるな。偉そうにふんぞり返ってる連中に泡を吹かせてやればいい。格納庫、トリスメギストスの機嫌はどうか」

『──興奮状態です』


 答えたのはユーキだった。


「いまだにあれを口走ってるか」

『ゴエティア。そう言っています。かなり警戒していますね』

「ならそれでいい。そのゴエティアとやらの下に、トートは、トリスメギストスは俺たちを誘うはずだ。ワープに入る。一度二度で成功するとは思わないが、トートにやれと言い聞かせてくれ」

『はい』


 無茶苦茶な作戦だが、はじめの一歩からして運頼みなのだからどうしようもない。

 そして……。


「本当についてくるのですか?」


 省吾は、フラニーへと視線を向ける。

 フラニーは、そのそばにはユリーもいた。彼女らは本来、神輿として残ってもらいたかったが、どうやらフラニーはユーキとの間でなにやら約束をしたらしく、ユリーに至ってはこっちから離れるつもりはないらしい。

 そうなると、ますます死ねなくなる。やる気も出てくるというものだ。


「馬鹿な父を止めるのは、子供の役目ですから。それに、私はもう海賊でもしなければ生きていけませんもの」


 フラニーはもう覚悟を決めている。

 もう彼女を心配する必要はないと思った。

 同じくユリーもだ。とはいえ、やはり緊張気味な表情ではある。


「私も、あなた様のそばでなければ、不安ですから」

「では、ますます頑張らないといけないな?」


 省吾は頷き、そして号令をかける。


「ワープ!」

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