理想に押しつぶされる側の気持ちを少しでも考えられれば世界はもうちょっとマシになる

 動揺は、反乱軍側にも広がっていた。

 ミランドラの内部も今しがた起きたことに対する反応は凄まじく乗員の多くがあ然としているし、それは追従するサヴォナや他の艦艇からも同じことが言えた。

 と同時に省吾は努めて冷静でいなければならないと己を律した。いや、あまりにも衝撃的な出来事が、かえって頭の混乱を一蹴させたようで、なぜどうしてあの男はこんなバカげたことをしたのかを考えようとしていた。


「これは、まずい気がする」


 アル・ミナー宙域の集光レンズが破壊されたこともそうだが、それ以上に恐るべきはそれを行った巨大な戦略兵器とそれを実行する人間の存在だ。抑止力などという言葉は消えた。すでに実行されたものを見れば、そんなものは存在せず、ただありのままの事実を認めなければならない。

 それは、連中の考え一つでその巨大な破壊兵器が向けられるという事実である。


「……ケス少佐」

「はい」


 さしものケスも目の前で行われる行為に言葉を失っていたらしい。


「何かのボタンの掛け違いがあれば、あそこにいたのは私たちで、引き金を引いていたのも我々かもしれん。その時、君は、どう思う」

「……恐怖するでしょう。信じたくない行為をやったと後悔し、恐怖し、心を閉ざします」

「私もそう思う。あの場面に居合わせた士官たち……いや、ニューバランスに所属するもの、それに協力するもの、立場の弱いものたちは……従わざるを得ないだろうな」


 悪事の片棒を担いだという事実は人を無理やり従わせるに十分だ。

 なぜならば、過程や目的は違えど自分が行ったニューバランスへの反逆行為もまたそれに近い意味合いを持つ。

 既に実行させたことに対して逃れられないと退路を塞ぎ、勢いで協力させる。

 そういう意味では自分とファウデン総帥の行っていることは同じだ。ただし、桁が違う。

 少なくとも自分は、大量殺戮を良しとしない。それが大きな違いだと思いたい。


「くそっ……! あれだけじゃないはずだ!」


 省吾は思考をさらに回転させる。あんな巨大兵器は見せかけに過ぎないとなぜか思う。それは突如としてアル・ミナー宙域に現れた艦隊を見ればわかる通りだ。それに、トートが怯える何かがいる。

 それから導き出されるのは……。


「敵には、トリスメギストスに近い存在がいるかもしれない」


 思いつきではない。本来ならありえない距離を一瞬でワープして移動するという行為。それを自分たちは行ったことがあるではないか。たった一体のマシンの力でそれを可能とした。

 そしてそのマシンの開発者は今、敵に下にいる。

 いや……そうではないのかもしれない。省吾は新たな考えに至った。


(トリスメギストスは己を複製する……なら、今俺たちの手元にいるトリスメギストスが、複製されたものではないと、言い切れるのか?)

『ジョウェイン艦長』

「……! なにか!」


 思考を中断する。

 ロペス艦長からの通信だった。


『さて、どうするかと思ってね。このまま、感情論に従うなら今すぐにでも宙域に殴り込みをかけたいところだが、この動揺が広がった今じゃこっちに勝ち目はないと思う。友軍の艦隊と合流するにしてもだ』

「それは、私も同じ意見だ。あの行為は許してはおけないが、今ここで向かうのは得策ではない。あのビッグキャノンも脅威であるし、隠し玉があれだけとは思えない……」


 だが、それに関しては件の艦隊との合流を果たし、そこで話し合う必要のある状況だった。


「とにかく、今は反乱軍と合流しなければならない。敵も、恐らく足並みはそろっていないだろが、破れかぶれの特攻を受ける気はない」


 省吾の抱く危険はそこだった。

 敵の新兵器も怖いが、あとに退けないという背水の陣はもっと怖い。

 もし、ファウデン総帥がそこまで考えていたのだとすれば、人の心理を嫌な方向で利用してくる。

 恐怖とは伝播するものだ。そして押し付けれた連帯感は歪ながらも強い結束力を持たせる……それを瓦解させるのは、結び目であるトップを討つことだが、その結び目に到着するまでが困難なのである。


『あの男は、どうしてもぶち殺さなきゃならない……今更、それを再認識できたよ、あたしは』


 ロペスの言葉は本気が感じられる。


(そうだ、あんな行為をすれば、反対勢力に明確な理由を与えるだけだ。このような行為を許すなと人々を立ち上がらせることになる。むしろ、自分の首を絞める行為になるはずなのに)


 事実、自分であれ、ロペスであれ……今ここにいる者たちは間違いなくファウデンを討つべしと考えているだろう。一時の恐怖と混乱はあれど、時間が経てばそれが怒りと憎しみに代わり、力と成す。

 それは反乱軍側に限った話ではないはずだ。今まで自分たちが発信してきたニューバランスの悪事。これを受けて民衆がニューバランスが悪であると認識し、打倒を目指すという筋書きを後押しすることになる。


(いや、あえてなのか? あえて恐ろしいことを見せつけて、反対すればこうなるぞという脅しをかけたのか?)


 人類の希望の象徴。宇宙開拓の成功例を打ち砕く。

 それを行ったのはそれを成し得た男であり、信じられない行為。

 ためらいもなくそれを行う姿は不気味だ。それを見て、戦う力のない人々がどう思うか。芽生えた反抗的な思想は潰えることになるかもしれない。


「ロペス艦長。私も同じ考えだ。あの男は……何が何でも討たなければならない。だからこそ、入念な準備をしたい。まずは、合流しましょう。そして……戦力と作戦を立て直す。あのような兵器が連射できるとは思えない。第二射を、今すぐににどこかの勢力に向けるとは思わないが……」


 お互いに時間はあるはずなのだ。

 まずはそこで作戦を練る。


『それが妥当か……わかった。まずは友軍と合流する。あの連中も、いきなり突撃をするなんて馬鹿はしないだろう。冷や水をぶっかけられた状態だろうからね』


 そういってロペスは通信を切った。

 黒くなったモニターを見つめながら、省吾はふと思った。


(ファウデン総帥がアル・ミナーを破壊したということは……フラニーの事も、やはりあの男が行わせたことだって、判明したようなものだな……)


 心のどこかでは信じたくない行為だったが、あの男は実の娘を殺すことにためらいがないという事がわかってしまった。

 それはショックだった。敵であっても、どのような思想家であっても、親子の情は存在すると思っていた。だが、そんなものは存在しないと突きつけられた。

 だとすれば、当の娘であるフラニーはどう思うのか。

 想像を絶するものだ。


「それだけでも、許せないものだな……子に迷惑をかける親ってのはな」


 今後、彼女が背負わなければならないのは、人類史上最悪の大量殺戮者の娘という重しだ。


「お、俺は初めて、明確に人を殺してやりたいと思っている……!」


 その独り言が、誰かに聞かれようとも構わないと省吾は思っていた。

 嘘偽りのない本音だからだ。


***


 状況はパイロットたちにも伝わっていた。動揺もあるが、同時に戦闘員であるパイロットたちは奮起を始めていた。あのような外道な行いを許してはおけないというものだ。

 特に、一番声をあげているのはマークだった。粗野で乱暴な男であるが、彼の中にも美学はある。戦いは楽しむが、無駄な殺しはしない、戦争にも折り目切り目がある。無抵抗をなぶっても意味はないし、虐殺などというつまらない行為を許してはおけぬというある主の正義感もある。

 それは他のパイロットも同様であり、結果はどうあれ組織に反旗を翻し、自浄作用として組織を正そうとする空気、民間人たちを助けたいという真っ当な思考がうまくかみ合い、正義の味方をしてやってもいいという雰囲気を作り出していた。


「元とはいえ、俺たちは軍人だ。なおかつニューバランスにいた者どもだ。だったら、あんな馬鹿な行いのしりぬぐいをしてやらにゃならんし、無理やり従わされる仲間を解放しなければならん」


 マークの言葉には熱がこもっていた。


「それでも、俺たちに弾丸をぶつけてくる連中はいる。それは仕方のないことだ。殺せ。俺たちも生き残りたいからな。だが、早期に敵の親玉をぶっ潰して、指揮系統をなくして戦いを終結させれば、そのようなやり取りもなくなるってなもんだ。まぁ、そう簡単にいくような話ではないが、そういう心構えぐらいはもっておけ。我が艦隊がどう動くは知らんが、でかい戦いが予想される。だが、ファウデンとかいうくだらん男の仕掛けた、意味不明な戦いで死んでやる必要はない。馬鹿のどんちゃん騒ぎをさっさと治めるだけだ」


 マークには小難し思想など理解できないし、するつもりもない。

 ただ純粋にファウデンの行いが気に入らないだけだ。


(だが、それ以上に、手前のガキを殺そうとするか? いかれてやがるぜ)


 奇しくもマークも省吾と同じく、ファウデンの行いが実の娘に対する裏切りであると理解していた。


(ガキのお守は、同じガキに任せておいていいだろうが……)


 そう思いつつ、マークはちらりとトリスメギストスの方を覗いた。

 そこにユーキとトートの姿はないし、アニッシュもいない。件の放送が終わってから、すぐにユーキの尻を叩いて、フラニーの様子を見に行かせたからだ。


「フン、つまらん治安維持任務から、民間人虐殺の作戦、かと思えば今では組織に反旗を翻して、件の組織が臆面もなく大量殺戮……そしてそれを阻止するべく俺たちが立ち向かうか……面白い人生だよ、全く」


 だがその人生は決して悪くないと思う。

 マークは生粋の戦闘狂だ。ただその意識を向ける先を理解しているというだけのことだ。

 大義名分もある。思う存分、その力をぶつけられる。ある意味、軍隊にいるよりはやはりこういう宇宙海賊をしている方が性に合っているのだろう。


「どんな小難しい理由があるかは知らんが、俺の人生の中で一番の得物だよ、ファウデン総帥。娘さんにゃ悪いがな)


***


 ユーキは困惑していた。

 というのも、様子を見に行けと命令されてフラニーを探していたら思いのほか、彼女はすぐに見つかった。かと思いきや、フラニーはユーキの手を掴んで、まっすぐと彼を見据えながら言ったのだ。


「私をトリスメギストスに乗せてください。父を殺します」


 そこにふんわかした少女の姿はなく、憔悴していた少女の面影はなく、ただ力強い意思を感じさせる表情があった。

 それが自暴自棄なものではないとユーキは確信していた。


「あれは、もう人ではない。人として、恥ずべきことをしているのです。それ、使命だとか、なんだとかで言い訳をして、自分に酔っているだけ。あんな男を野放しにしていては何がおきるかわかりません。私は唯一、血のつながりのある者として、討たなければならないのです。だから、乗せてください」

「フラニー、でもそれはとても危険で怖いことだよ?」

「構いません。軍艦に乗っているのです。それに、私を乗せれば、あなたも私を死なせまいと奮起するでしょう?」


 これは図星だった。

 ユーキとはそういう少年である。


「乗せてやったらどうなの」


 意外だったのは、こういうのを反対しそうなアニッシュが思いのほかあっさりと了承したことだった。


「誰だって、やりとげなきゃならないことだってあるわよ。それに、あんなことをされて、黙っていられないのよ、女はね?」

「えぇ、その通りです。父には色々と清算してもらいます。私の人生をこんなにも狂わせてくれたことを。おかげ様で、私は日の当たる世界で暮らせなくなりました」


 さらりと言ってのけるが、その事実は凄まじいことだと思う。

 どうあってもフラニーには嫌な偏見がついて回ることだろう。


「父を止めるまでは、私はいかなる神輿にでもなります。それはさておいても、父は殺します。できるなら私の手で殺します。あちらが先に手を出してきたのです。ならば、やり返されても文句は言えないでしょう」


 フラニーはもう一度、ユーキの手を強く握った。


「お願いね、ユーキ。あなた、約束してくれましたよね。わたしを家に帰す、父の下へ連れて行くと。その約束、果たしてもらいます。そうしないと、私、前に進めないですから。もし全てがうまく行けば、私をあなたに捧げてもいいですわ?」

「ちょっと、なんでさらっとそういうアホな話に繋がるのよ」

「あら、だって私、もう表世界では生きていけませんもの。まともな恋なんてできやしませんわ」

「あのね、なんかかっこいいこと言ってるはずなのに、なんでそのあとでそんなお花畑思考になるのよ!」


 そしてまた始まった二人の少女のどうでも良い喧嘩。

 いや……そんなどうでもいい喧嘩すら、もうフラニーは他の人とはできないのかもしれない。

 それは、悲しいことだとユーキは思う。


(だから、倒さないといけないなんだよな)


 ユーキもまた敵を定めた。

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