取り返しのつかないことをやったものは無敵だ、もう恐れるものはないから
改装の終わったミランドラはその名を『ミランドラ・ディグニティ』と名付けられたが、相も変わらず乗員からの呼び名はミランドラのままであった。
進宙式などやっている暇もなく、ミランドラは駆逐艦サヴォナ、その他巡洋艦三隻、駆逐艦五隻を含め、要塞基地を発った。
目的はノアプロジェクトを掲げ。、アル・ミナー宙域へとやってくるニューバランス総帥、ファウデンを討つ為であり、反乱軍艦隊と合流を行う為であった。
曰く、そこには反乱軍の指導者の一人が指揮を執るべくやってくるという。
当初は、要塞基地での謁見が予定されていたが、突然の変更であった。
また、この作戦は打撃力よりも機動性を重視され、選ばれた艦艇も駆逐艦が多く、その他の戦艦、巡洋艦も比較的高速のものが選ばれたという。
その一方で、ミランドラは分類上は巡洋艦になるが、その火力は戦艦級にまで引き上げられ、最高速度も駆逐艦に匹敵するという、ある種の万能戦艦へと変貌を遂げていた。
トートが示した改造プランは、無理なく性能を引き出させているのである。
とはいえ、慣熟航行もままならないぶっつけ本番で実戦というのは恐ろしいものであった。
『うちは年中人材不足で資源不足だからねぇ。こういうぶっつけ本番はいつものことだ。悪いけど、やってもらわにゃならん。気を引き締めておくれよ』
先行する形で進むサヴォナ。その指揮を執るロペスからの通信。
「反乱を起こした時点で、こっちは常に緊急事態でしたので、むしろ慣れています。それに、この船も強くなったと感じる。足を引っ張ることはないでしょう。それに、ロペス艦長は信頼できると思う。敵を、知っているのですから」
ロペスの衝撃の告白は省吾だけではなく、多くの人員を驚かせた。何より駆逐艦サヴォナのメンバーも知らなかったようで、軽い騒ぎになったぐらいだとロペスは笑いながら教えてくれた。
『よしとくれ、何十年も前。それこそあたしが新兵だった頃の話さね。対するあっちはエリート様で、ボンボン。それに、身分違いとかの前に、あたしがついていけなくなったのさ』
そういうロペスは本当に気にしていない様子で赤裸々にすべてを語る準備が出来ている様だった。
「……それはつまり、あなたが私の母になったかもしれぬということですか?」
興味津々で、このことを聞きたいのは当然、ファウデンの娘、フラニーであろう。
もはやそこにいるのが当たり前のように、フラニーは艦長席の真横に増設されたゲスト席に腰かけ、若干、食い気味であった。
『そいつは無理さ。真面目な話、腹が違う。それに、あたしはあの男についていけなくなった。いや、理解が出来なくてこっちから逃げたんだよ? そんな女が、母親になれるわけないじゃないか』
「それは、そうですね。ならば、ロペス艦長。あなたは、若き日の父を知るということは確か。お教え願いませんか? 父は、若き日の事は何一つ語ってくれません。母との出会いや、私が生まれた時の事、人類史に名を残す偉業を成し遂げたことも、表面的なことは語っても、中身がないのです」
フラニーの質問はただ興味本位で聞いてるだけではないことは、理解出来ていた。
ロペスもまた、そのことをわかっているようで、小さく頷き、ぽつり、ぽつりと語りだす。
『生真面目で、繊細な男だった。それは間違いなく言い切れる。そして頭もよかった。ただ、良すぎたんだろうねぇ。色んなことを理解しちまう。理解しなくてもいいものや、いくつもの可能性を考察しちまう男だったのさ。出会った時からあの男は、人類の行く末を憂いていた。若い頃のあたしゃ、それがなんとも魅力的に映ってね。ベタぼれさ。でも、いつまでも空想の中の人類の行く末を前提に動かれちゃかなわないんだ』
「空想?」
省吾が思わず口をはさむ。
『ん、空想ってのはあたしなりの言葉だよ。ま、なんていうかね、説明が難しいんだけど、あいつにはあいつの中で自己完結した何かがあるんだよ。地球の資源枯渇や人口増加についてはいろいろと考えていて、惑星開拓による資源確保に夢を見ていたのさ』
「若い頃の父は、宇宙開発に誇りを持っていたと?」
『あぁ、それは間違いない。アル・ミナ-宙域の集光レンズコロニーの開発はそれこそ学生時代から構築していたものだっていうよ。付き合ってた当時も、そのことはずっと語っていた。そん時の顔は朗らかだったよ』
それが、今では開拓事業の反対派となり、あまつさえ植民地の弾圧や虐殺を続けている。その変貌はすさまじいと言えるだろう。
『ただまぁ、そこだけならまだ夢を見る少年だったんだが……さっきも言った通り、余計なことまで考えつく男でね。開拓に成功しなかった場合の事もよく口にしていたよ。それが……徹底的な管理とそれを司る絶対的な支配者という構図さ』
「それはまた、ずいぶんとぶっ飛んだ話だが……?」
省吾は思わず苦笑した。
最初だけを聞けば、夢大きな少年。なのに先ほどの言葉で、一気にスケールが斜め上の方向へと飛んだ。あまりにも二面性が強すぎる。
「父は、その頃からニューバランスなどの組織を考えていたのでしょうか?」
『かもね。それが今のような軍事団体だったのか、政治団体だったのかはわからんが、あいつの、その極端な二つの顔が不気味に見えてしまってね。娘のあんたの前にいうのは悪いが、あたしはあれが化け物に見えたよ』
「いえ、構いません。今の父の暴走は確かに化け物と言えます。それに、問い詰める事実が増えたというものです」
『あんたを産んだ母親に会ってみたかったよ……事故で死んだとは聞いていたが』
「有名な話です。美談として語られているほどですから」
彼女らの会話内容を、省吾は知らないが、ジョウェインは知っている。記憶がなだれ込んでくると、省吾も事情を察するというものだ。
フラニーの母は、夫と同じく技術者であったという。ともに集光レンズコロニーの開発に携わり、成功させ、環境が安定したアル・ミナ-宙域の惑星で子を産んだ初めての女性。
しかし、レンズコロニーの整備作業中の事故で帰らぬ人となったという。
「つまり……アル・ミナー宙域は、総帥にとって様々な意味で重要な場所ということか」
『美しい思い出も、苦い思い出も内包した特別な場所。あいつが、そこで何事かをするっていうんだ。それは、かなりでかいことだと思う。ただ……』
「どうしましたロペス艦長?」
ロペスは押し黙り、神妙な面持ちを浮かべた。
『いやね……女のカンというべきかね、胸騒ぎがしてたまらないのさ……あいつにとっての重要な場所。そこに部隊を集める理由はなんだい。ノアプロジェクト……ノアって言葉にはいろいろと意味がある。あたしゃ、頭がよくないからこれだと指摘できるものがない。それでも、何かヤバい気がするんだよ。はっきりといえば、この奇襲、行きたくないんだけどね』
確かに、今の彼女の言葉には正確性も説得力もない。
だが胸騒ぎという点に関しては、省吾も同じだった。それは、ロペスとは違い、ユーキとの語らないの中で見いだせた一つの推測から生まれるものだった。
(ファウデンは……トリスメギストスを神にしようとしていた。ノア、神様と混ぜれば、それって聖書にあるノアの箱舟が浮かぶが……箱舟? アル・ミナ-に? いや、結びつかないな。大型戦艦でも用意している? だが、それは何か違う気がする)
浮かび上がる要素は多いが、それが点と線で結びつかない気味の悪さ。
これほどまでに内面も行動も読めない人間はいないだろう。極端な二面性を持つ、それぞれが行き過ぎているぐらいに尖っているのだとすれば、それは非常に厄介だ。
予測など出来るわけもない。
それを、確かめる為にもアル・ミナ-宙域への奇襲攻撃を行うのである。
そこで、全てがわかりそうだと思うから。
(……そして、こんな大掛かりな行事だ。アンフェールも来るだろうし、俺たちの動きを読んでフィーニッツも妨害に出てくるだろう。俺たちの目標が一気にそろうわけだが……ここは慎重になった方がいいかもしれないな。二兎を追う者は一兎をも得ずなんて難しい言葉もあるぐらいだ……だとすれば、優先するべきは……)
そのような思考をしていると、格納庫にいるはずのマークがメインモニターに割り込みをかけてきた。
『艦長、あの猿が喚いている』
「喚く? どういうこだ」
『ユーキが今なだめているが、何か、おびえている様子らしい』
「おびえる? 確か、トートは恐怖を学習したとパーシーが言っていたが……まさか、フィーニッツの襲撃が?」
と、言いながら省吾はオペレーターたちに視線を向ける。省吾らの話を耳にしていた索敵班のオペレーターは首を横に振る。
「現在、レーダーに異常なし。ジャミングも確認されません」
『ゴエティアー! ゴエティアー!』
すると、トートの電子音が狂ったように何かを叫んでいた。
「なんだ、それは?」
『わかんねぇよ。ずっとこの調子で興奮してやがる。おい、ユーキ、トリスメギストスにぶち込んで大人しくさせられんのか?』
『やってみます! アニッシュ、手伝って、あいた!』
『ちょっとひっかいてきたんだけど!』
格納庫の騒ぎは何とかするだろうとして、省吾はここにきてトートの不調が単なる偶然とは思えなかった。
「えぇい、俺は宗教とかそういう単語は詳しくないんだ。ゴエティアーってなんだ」
省吾はクラートやケス、ついでフラニーにも視線を向けるが彼らも答えられない。
ロペスも何のことだかという顔をしていた。
『トリスメギストスのコアが何か騒いでるようだけど、思えばそいつも謎な存在だ』
「えぇ、全く。未だに我々はあれを表面的なスペックでしか理解できていない。それも、完全とは言えませんが……」
『使えるのなら、それでいいんだろう? それに、こっちはまだ時間がある。アル・ミナ-宙域はここから三日から四日。地球側の方が遅いくらいさ。あっちからはどんなに急いで、連続ワープをしても一週間はかかる。うちらは圧倒的に準備期間が取れる。準備をし過ぎて、無駄ってことはないさ』
「だと、いいのだが……」
とりあえず、省吾は警戒を厳にという指示を下す。
用心に越したことはない。興奮したトートがいつぞや見たいに唐突なワープを繰り出さないとも限らないからだ。
『ん、すまないね、ジョウェイン艦長。うちらの上からの通信だ……優先コード?』
ロペスは無表情になりつつ、通信を開く。
それは、あちらにしか通じていなようで、ミランドラから読み取れる情報はあまりなかった。だが、ロペスの表情が驚愕に変わったことで、何か嫌なことが起きたのだけは理解できるのだ。
「どうしました、ロペス艦長」
『……ニューバランス艦隊が、アル・ミナ-宙域に到着している、らしい』
「は?」
それはありえない話だった。
ロペスも言っていた。到着には一週間以上はかかるはずだと。ジョウェインとしての知識もその通りであると提示している。
すると、ミランドラ側にも動きがあった。
クラートが切羽詰まった様子で、情報を回してくる。
「艦長! ニューバランス艦隊の全領域放送をキャッチしました! 総帥が、演説……? 映像も……これは!」
メインモニターに映像が映し出される。それがリアルタイムの映像であることはわかる。艦隊が次々とワープアウトしている様子が映し出されている。徐々に数をまず艦艇群、そして……ひときわ大きなワープアウトの光が映し出された。
それは巨大な棟のようにも見えた。それがあたかも横転したような、巨大な建造物。目測でははっきりとわからないが、通常、宇宙戦艦が200から300メートルを基本とすれば、それは優に2000メートル以上はあるかもしれない。
そして……その存在は、先端に禍々しい光を宿しているように見えた。
「まさか」
その瞬間。
省吾は、自分の察しの良さを呪った。
あのようなものは、アニメでよく見る。大量破壊兵器。超大型の要塞。ロボットアニメにおいてはお約束。そして、それが光を灯している。考えられるのは主砲の発射。ではどこに。まだ自分たちはそこにいない。反乱軍もいない。
あるのは、リゾート地と呼ばれる惑星たちと、そして……
「それが、目的なのか」
まばゆい光が、モニターを埋め尽くした。
誰もが唖然とした。
『ゴエティアー!』
トートの声が聞こえた気がした。
省吾は網膜が焼かれるようなその光を見つめて、唖然とした。
「何を、したのか、わかっているのか……あいつは!」
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