想像の斜め上の行動をとれるということが必ずしも良いことではない
不気味であった。
トリスメギストスとミランドラの改修は滞りなく進み、残す工程はあと一日か二日と言ったところである。
さらに言えば要塞基地に反乱軍の一部戦力が合流を果たし始めていた。
そのたびに、省吾は会議、調整の繰り返しがあって、自分でもそれに慣れていくのが不思議であったが、その間、ニューバランス側の攻撃は一切なかった。
それどころか、沈黙を続けているのがことさら不気味なのである。
「常々、思うのは、私は状況が混乱してるからこそ、なんとか頭を働かせてこれたということだな」
会議の中、省吾は思わずそう口走った。
「敵の動きがないというだけで、妙にそわそわする。嫌な考えが頭の中でいっぱいになるんだよ」
「その考えはわかるよ、ジョウェイン艦長」
暫定的に、反乱軍側の代表として動くのはロペスであった。
近々、本来の代表との顔合わせが予定されているが、反乱軍側もこの動きのなさには警戒を示しているというのだ。
「こっちは要塞を手に入れたとはいえ、しょせんは辺境の基地。あたしらにしてみれば資材は豊富だけど、地球軍という観点から見れば小さなもんだろうさ。でも、メンツってのがある。それに、結果的に今回の事で、ニューバランスに反旗を翻す関係者も出てきた。名指しで批判するものたちもね」
それは良い動きである。
しかし、ニューバランス側がそれに対して報復をしないというのはやはり不気味である。
「仲間が増えるのは良いが……それはどうあれ敵を刺激することになるはず。なのに、何もしない……ふーむ?」
省吾はかすれつつあるアニメの記憶を思い浮かべる。
さて、ストーリー終盤及び最終回において反乱軍とニューバランスは一応、大部隊で戦いを繰り広げた。
といっても、それはアンフェール率いる艦隊と反乱軍のバトルであり、そこでトリスメギストスは重力操作を見せつけ、窮地を脱した。
だが、そんな展開はもう彼方へと消え去ることだろう。明らかに異なる進化を果たそうとするトリスメギストス。原作アニメとは変わったパワーバランス。
細かなことかもしれないが、それは大きな違いへとつながる。
少なくとも原作ではここまで大規模な反乱は起きていなかったのだし、フラニーという少女の存在もなかった。
だからこそ読めないのではあるが。
「何もしていないわけはないでしょうけど、目的が不確かなのは不気味ではある」
ジャネットも訝しんでいる様子だった。
「あちらも、戦力補強をしていると考えるのが筋なのでしょうけど……果たしてそれをする意味があるかどうか」
「戦力比はいまだにあちらが上だからな……こちらの情報戦略をあっと覆す作戦でも練っているのか?」
省吾は張り詰めた空気を緩ますために冗談っぽく行ってみるが、ジャネットもロペスも、そして他の高官たちもそれが現実的な考えなのではないかという風に表情を曇らせた。
「正直、それが一番ありうる話なんだよジョウェイン艦長。ファウデン総帥という男は、あの鉄面皮の下で何を考えているかさっぱりわからない相手だ。ついでに言えば、フィーニッツ博士もいる。十中八九、あの二人は裏で繋がってるよ。わけのわからない考えを持った爺さんが二人、ろくなことは計画しちゃいないさ」
ロペスの言葉には重みがあった。それが、長く反乱軍としてニューバランスと戦ってきた戦士の言葉だからかもしれない。
だとしても、では具体的に何をするかという点は語れないままであった。
結局のところ、何かしらのアクションがなければ不必要に動くことになり、それがせっかくの生まれつつある結束の、ほころびになる可能性もあるのだ。
不謹慎ではあるが、何かが起きてくれた方が動きやすいのである。
「そのことなのだが、諸々の改修が済み次第、我々は単独行動を取ろうと思っている」
しかし、動かないというのもまた意味のない行動であった。
省吾は、自分でも気が付かないうちに積極的な性格へと成長していたのである。だからこそ、このような発言が出来た。
「流れそうなったとはいえ、我々は宇宙海賊だ。海賊がいつまでも軍隊の傘下にいちゃ示しがつかない。私掠船なんて存在も過去にはあったが、世間一般が掲げる海賊のイメージとは違うだろうしな」
その部分だけは、省吾は自嘲交じりだった。
「とはいえ、別にカッコよさとかメンツの話だけをしているわけじゃない。トリスメギストスは囮になるし、こいつのおかげで我々はただの艦隊でいるよりも打撃力がある。それにミランドラの改修も単独行動向きだ。我々はそう動いて、影ながらニューバランスの動きを探っていきたいと思っている」
無論、この動きが危険であることは承知の上だが、世間体というものを考えれば海賊は、海賊でいた方がいい。
正義の第三者。義賊。謎の情報提供者。宇宙海賊ヘルメスはそうでなくてはならないし、できるなら横暴を働くニューバランスの証拠を押さえたいというのもある。
その為には組織的な軍事活動はかえって邪魔となるのだ。
だが同時に、組織に組み込まれることによる窮屈さや、単なる組織間の内部抗争であるという立場から一歩離れた場所にいたいという思いもなくはないのだ。
「ん、とはいえ、こっちの代表との顔合わせだけはしてもらうよ。海賊らしく、裏取引はしてくれないとな?」
ロペスの言葉に、省吾は頷く。
それは、通すべき筋だと思ったからだ。
「それはもちろん。そちらが政権を取った後、処分されては困るからな?」
これもジョーク交じりの言葉だった。ロペスもそのことは理解をしてくれているようで、にかっと笑う。
「面白い男だよ、あんたは。あたしがもう少し若けりゃね?」
「やめておいた方がいい。その男を迎えに、部屋にいくと怖い女ににらまれたからね」
と、ジャネットが喉を鳴らして笑う。
「おい、それはここでいう言葉ではないだろう」
というのも、一連の会議の中で、たまたまジャネットが部屋に訪ねてくる機会があった。それは単なる業務の話であり、特別何かがあるわけでもなかったのだが、その最中に、ユリーが部屋にいた。
そうすると、ユリーはひどくショックを受けたような顔になり、会議へと赴く自分の背中には凄まじい視線が突き刺さっていたのだ。
あとになって、そのことをジャネットに尋ねると、刺されそうな顔をしていたというのだ。
「ほーん? 女をひっかけたと?」
その時のロペスは世間話の好きそうなおばちゃんといった顔だった。
「悪いかね。こっちはこの歳で独身貴族だ。恋愛の一つや二つ、経験しても良いと思ったんだよ」
で、省吾も省吾でどこか開き直っているので、この返答ができる。
実を言えば浮かれている部分もなくはなかった。
「んんっ、それより。件の代表の到着というのはいつ頃に」
「さてね……早くても明日かもしれないねぇ。あっちもあっち、忙しい連中さ。ただ、反乱軍とはいえ、あんまり期待はするんじゃないよ。俗物の集まりみたいなもんだ。ただ比較的、マシな考えをしているってだけでね」
「それで充分だ。きれいすぎる人間の方がよっぽど使えないことが多い。多少、汚いぐらいがこういう運動をやるのに向いている」
このようにして、会議も終了に近づいた頃。
偶然であろうが、まるで見計らったようなタイミングでニューバランス側に動きがみられたという。
それは総帥の演説が放送されているものだった。
『──ニューバランスが結成され、私がその総帥の座に収まり十五年の月日が流れました。未だ、宇宙には反逆者がのさばり、むやみに資源を食いつぶすだけの寄生虫のような動きを見せて、人々の不安を掻き立てていることにつきましては、我々の甘さが招いたことであり、不徳の致すところではあります』
のっけから、ファウデン総帥の言葉は乗っていた。
『同時に、私が常に提案する惑星開拓事業の一時凍結案に関しましても、金の亡者たる無能な政治家たちは、夢を見続け、足元を見ようとはしていません。今回、私がこのような場を設けたのは、今一度、皆々様に地球の現状を知ってもらいたいと思っているからです』
正直を言えば、省吾は早く総帥が何かしら失言をしないかと期待する。
だが、相手はそんなミスを犯さないだろうし、仮にやっても気にしないだろうとは思っていた。
同時に、この男が何を語るのかは相手を知るうえで勉強になる。
『皆様が生活を送る上での税金が年々増加傾向にあることは承知されているところでありますが、結局そのような皆様の血税は宇宙開拓事業にも流れます。もちろん我々軍隊もまた皆様の血肉をわけてもらう形で成り立っていますが、惑星開拓は湯水のように金を使っても、それを返すことはありません。資源開発に成功した惑星はこの一九二個のうち、せいぜいが十数個。とてもではありません。酷いものです。では、その間、地球がどうなっているか。残り少ない資源を遥か彼方の惑星に与え、文句を言われるのです。資源が、金が、そして人が奪われ続けている。結果、この星で何が起きたか。低所得者層の増加、貧富の格差の拡大、社会的弱者への保護が一切回らなくなるという事実です。それは税金の増加も同じです。我々は肥大化する惑星開拓領域、そして反乱軍へと対抗するべく皆様のお力をお借りしますが、それが年々と皆様を傷つけていると思うと胸が張り裂ける思いです』
その生の言葉は過激さもあるが、一方で事実も語るので、たちが悪かった。
しかし、この内容は以前の演説とそう変わるものではない。
『正直を申せば、我が軍の状況はひっ迫しております。いかに軍人を育成し、兵器を開発しようにも増えていく開拓地を全て管理することはできません。人は、人なのです。疲れ知らずもでなく、そして地球にはそのような無駄なことに使う資源はありません。そこで私はノアプロジェクトというものを立ち上げました。詳細はまた後日となりますが、これは我々人類と地球が穏やかに暮らす為に必要な計画であり、開拓の無駄をなくすためのものであるとだけ説明いたします。またその計画に際し、私はアル・ミナー宙域へ赴くことに決まりました。これが、私が最後にあがる宇宙となりましょう。そして、皆様を穏やかなる生活へ戻す為に一歩を成すことをお伝えします』
その発言に基地内部はざわついた。
「こりゃあつまり……敵の総大将が出向いてくるってことだ」
省吾の言葉は、その場にいた全員が感じたことである。
「しかし、アル・ミナー宙域? なぜだ?」
彼が口にしたノアプロジェクトなるものも警戒するべきかもしれない。それが軍事活動であるかどうかは不明だが。何より詳細を明かさないというのが気持ち悪かった。
そのような演説が続く中、ブリーフィングルームに反乱軍側の兵士がやってきてロペスに何事かを耳打ちしていた。
それを聞いたロペスは驚いた顔を浮かべて、そして溜息をついていた。
「どうかなさったか?」
「なに、うちらの方の上層部が、奇襲を計画しているっていうのさ。こんなあからさまな罠みたいなもの対してね?」
「それはあえて、罠を踏むと?」
「観艦式が行われる予定との話だ。それにアル・ミナー宙域は連中のお膝元。警備が厳重なのは重々承知。だからこそ、あえて虎穴に入るという話らしい」
「……協力しろと言われている風に聞こえるな」
「あっちはそのつもりだろうさ。しかしねぇ、嫌な予感がするよ」
それには同感だった。
「無茶をするとは思わないけど……あのファウデンが宇宙にあがるだと? 何を考えてるかわからない奴が、何も考えずに宇宙にあがるわけがないんだよ」
「さっきから聞いていると、ロペス艦長はファウデンに詳しいように見えるが?」
「そりゃあそうさ。もう何十年前になるかね、あたしゃあの男の女だったんだからね。ま、若い頃の話、身分が違うもんで、別れたし、そのあとあいつは結婚して、子供こさえたがね?」
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