進化するって簡単に言うけど下手な博打より酷い確率だと思うのです

「三日で出来上がるなんて、そいつは無茶って話じゃないのか?」


 まさかの呼び出しを受けた省吾は要塞基地のラボトリーまで赴いていた。そこは今ではトリスメギストスの一時的な格納施設にもなっており、機体はそこで修復作業が進んでいた。

 だが、今は修復ではなく改修作業が行われているせいで、省吾は思わず驚き声をあげたのである。


「ところがそういうわけでもないんです」


 結果的に整備手伝いを担当することになったユーキがトートを抱えて、説明を始めた。


「まず、ここにはフィーニッツ博士とパーシーさんがいたわけです。そして、僕たちの前に最初現れたパーシーさん。あの人が乗っていたラビ・レーブはバリアーを装備していました。おそらく、その試作品が残っていました。バリアー発生装置です」

「トートが導き出した、防御重視のトリスメギストスの装備だろう? 確かにバリアーは貴重だ。あの時のパーシーは戦艦の主砲すら弾くほどだったからな。それを、トリスメギストスに?」


 果たしてそれが必要かどうかと言われると疑問である。

 能力を解放したトリスメギストスであれば主砲ビームぐらい片手で受け止め、無力化するだろう。


「多分ですけど、防御の為のバリアーじゃない気がするんですよね、これ。殴る時のナックルガードのつもりじゃないかなと」

「おいおいおい、なんだその頭の悪そうな装備は……じゃあ何か、次のトリスメギストスはビームパンチでもするというのか」

「そのまさかじゃないかなと……それで、追加装甲も単純に分厚くて、そこに補助スラスターを装備するから、機動性は損なわれないようなんですが……」


 追加装甲に関しては資材がいくらであるので、装甲強化に関しては恐らくこの一日の間で終わるだろうと聞いている。


「ビームパンチに関してはどうでも良いんです。止められないというか、技術者さんたちもなんか、楽しくなったのか、ノリノリで作ってますし」

「これだから技術者どもは……しかし、君のその口ぶり、まさかと思うがパンチだけじゃないと言いたいようだが?」

「はい……それが……ミランドラの改修案でして」

「ミランドラの?」


 最新鋭とはいえ、連戦につぐミランドラは損傷著しく、また短期間でのワープの関係で、かなりガタが来ていた。省吾が要塞攻略を決めたのは第一として、ミランドラの修理、補給についても必要だったからである。

 そこにまさかの提案がなされているというのだから、驚きであった。


「自分の巣だからか?」


 そうつぶやきつつ、省吾はユーキが手渡した仕様書の目を通した。トートからそのまま出力されたらしい仕様書は簡易的な図形データであり、改修後のミランドラの姿を映し出していた。

 同時にユーキは近くにあったPCを操作して、グラフィックで再現された姿も映し出してくれる。

 省吾はその二つを見比べた。


「なんというか、縁日でたまにみる出目金みたいだな……」


 ミランドラを含めた新巡洋艦級は全体的に空母の役割も果たす為か艦体は菱形もしくは四角という船としては少々歪な姿をしている。この構造のせいで対空装備に多少の難があるが、ミサイルの搭載量と主砲配置の関係で火力そのものは出る。特に前面への火力集中は凄まじいが逆に側面を付かれるととたんに脆い。

 トートが指示した改修案はそれらの死角を補うものなのだが、それは言ってしまえばミランドラの各所に他艦船のパーツをくっつけて、ハリネズミにしようという無茶苦茶なものだった。

 脆弱な側面部分、火器の少ない艦底に駆逐艦なり巡洋艦なりの装備、装甲をそのまま貼り付け、大きくなった艦体を補うべく艦尾には戦艦級のブースターを二個連結で装備。巨大化した艦体を守る為に艦種付近には二つのビームバリアー装置がまるで目玉のようについている。

 そのせいで、省吾はその姿を出目金と呼んだのだ。


「出目金ってなんです?」

「ん、あぁ、金魚だ。小さい淡水魚でな、こうぎょろっとした目が特徴なんだ。私もあまり詳しくはないが、マニアが多くてな。金魚すくいって聞いたことないか?」

「ない、ですね? そんな気持ち悪い魚がいるんですか?」

「調べてみろ。意外と奥が深いらしい。私は興味ないが……そんなものに大金を積む奴もいるぐらいだ。しかし……トリスメギストスも本腰を入れてきたということか?」


 改装そのものは承諾するべきだろうと省吾は考える。

 どっちにせよミランドラの修理は行わなければならないし、戦力増強は必須事項だ。


(だが、トリスメギストスが、トートが自分以外の強化を考えるなどという事があったか? いや、むしろありえないと思う方がおかしいのか。パーシーは、トートに知性と感情が芽生えたと言っていた。それはつまり、周囲の状況を的確に理解し始めているという事……)


 感情を持つマシンというのは創作界隈ではよくある設定だ。それ自体に省吾は違和感は抱かない。問題なのは、どの程度の感情があり、どういう発露をしたのかである。

 人間と変わらない感情があり、友情をはぐくむのか。それとも無機質ながらも感情を理解しようとして、不器用な姿を見せるのか。はたまた……人類の愚行を観察し続けて、それらの存在を管理しようと画策するのか。


(大まかに分けて、たいてい、マシンに感情ってのはこれだ。メタな視点を取れば、この世界、このアニメにおけるマシンの感情は三番目での発露が近い。だが、トートを見ているとそれも何か違う。というか……こいつだけ、明らかに異常だ)


 性能向上の提案。生存本能の目覚め。自らに不利益となる存在の拒絶。

 一つの感情論として見ればさほどおかしいものではない。だが、それが兵器として見た場合どうだろうか。ここまで勝手気ままに動く子供、いや獣のようなマシンに兵器的な価値は普通は見いだせない。

 ただ目の前の敵を倒すという意味での獣性を持たせるというのはわからなくもないが、トートに関してはなまじ知性があり、理性を持つ。

 で、あるならば最初から戦術、戦略を構築するシステムだけでいい。

 言ってしまえば無駄が多いのだ。これで、正義と愛をインストールされた熱血な性格であればまだ納得はできるのだが、やはりそれとも違う。


(俺たちも含めて、フィーニッツ陣営、ニューバランス陣営でトリスメギストスというマシン、トートというAIに対する認識に微妙な差異がある気がする。俺たちは比較的、こいつを危険なものとして見ている。それでもその危険性は武器になるから取り扱い注意の上で利用する。フィーニッツはいまいち理解できんが、こいつの進化だけを見ている。ニューバランスは恐らく兵器としてのこいつを見ている……本当に?)


 そこに違和感がある。おそらく自分の出した答えはさほど間違ってはいないはずだ。

 だが、何かを見落としている気がするのだ。

 長い目でみれば、子孫を残し、永遠に進化を続けるマシン。それは一つの生命体ともいえる存在。フィーニッツは技術者として、その進化の行く末を見たいのはわかる。だが、軍事利用としてはどうだ。複製、進化は確かに無敵に兵士になるが、知性が邪魔だ。

 しかし、このマシンの開発したのは他ならないニューバランス。そのような無駄を容認するだろうか。

 アンフェール当たりは理解を示さないかもしれないが、言うことを聞かないマシンに良い感情は抱かない。


(ファウデンはどうなんだ……?)


 そう、省吾は思い至る。

 この男だけ、その真意が何も見えない。何も理解できていない。


(フィーニッツは明らかにニューバランス側と通じている。それはアンフェールと共謀しているからか? いや、それだけじゃ弱い。あんなUFOみたいな戦艦持ち出したり、無人機やパーシーを使ったり、アンフェールの一存だけで全てが動くわけがない。なら、あの爺さんは最初からファウデンと裏で繋がっていた? だとすれば、なぜだ)


 フラニーは言っていた。自分の父親は人類をどうすればいいかを常に語っていたと。


「まさか……人類の管理?」

「え?」


 ぼそりとつぶやいた声がユーキにも聞こえていたらしい。


「あ、いや、すまん。考え事だ。トリスメギストスはどういう理由で作られたのかと思ってな」

「理由、ですか? そりゃあ、博士の言葉を借りるなら、進化の先を見たいから?」

「そいつはフィーニッツの理由だ。あの爺さんは自分の持てる技術の全てをつぎ込んで、多分自分でも理解できない何かを作った。だから見たいんだろう、進化の先を。だが、兵器開発ってのは個人でやるには時間がかかる。ましてあの爺さんは組織の人間だ。当然、上から許可が降りなければならない……で、あの爺さんに許可を出せる人間は、総帥だ」


 最終的な決定権と言ってもいいだろう。


「アンフェールは除外してもいい。あの男はわかりやすい、権力と軍事力の行使にしか目が行ってないからな。だが、フラニーお嬢さんの御父上である総帥だけは、違う。あの男だけは意味不明だ。そんな奴が、トリスメギストスの開発を許可した理由が知りたくてな」

「それが、人類の管理って言葉ですか?」

「うん……ひな鳥だとか、面倒を見るだとか……おおよそ支配者層のテンプレートなことを言っているが、そもそも俺はあの人とまともに会話したことがないからな」


 もう何度目か、演技を忘れているが省吾は続けた。


「あの男のいい分はある程度は理解はできる。惑星開拓事業が財政や資源を圧迫するという言葉もまぁ確かにその通りなんだろう。それをコントロールするという思想があるんだろうと思ったが……トリスメギストスで出来るのか? いや、トリスメギストスの性能であれば可能だろう。だが、中枢はトートだぞ。その猿だ。こんなものに、人類の管理を任せるのか?」

「でも……こいつ、着実に成長してますよ……最近、会話が成り立ってきてるというか……」


 ユーキが恐る恐るといった具合にトートを省吾の眼前に掲げる。

 すると。


「ダレガサルダ。ダレガサルダ」


 まるでさっきの言葉に対する反応があった。


「トート、ハ。トート、ハ。ツヨナッタカ? イタイイタイ、イーヤ」

「殴る方向に進化する奴が、痛いを嫌がるのか? というか痛覚あるのか」

「ダメージコントロールを痛覚という認識で捉えているんじゃないですかね」

「器用なのか不器用なのかわからんな」

「ですけど、知性の発達は著しいと思います。それに……今でこそ、僕たちがいるからこいつはこの程度で済んでるんじゃないですかね?」

「というと?」

「だって……トートは、自分の進化を優先する節があります。フィーニッツ博士はトートの自由意志を尊重してるようですが、こいつは自分を邪魔する相手には容赦がないと思うんです。パーシーさんとかどこかに飛ばしましたし」

「うむ、それはその通りだが」

「だったら、こいつを使ってこいつのやりたいことを延々をさせるような、甘やかすような存在が出てきたら、トリスメギストスの進化って、どうなるんでしょう? もしくは明確な命令を与えて、その範囲内で好き勝手させることができるのなら……誰にも止められなくなりますよ、こいつ」


 ユーキの言葉に、省吾はパーシーが口にしていた悪魔という言葉を思い出す。

 進化の歯止めが聞かず、増殖し、その力を振るう存在。悪魔? いや、それは神様に近い扱いだ。

 プラネットキラーを無力化し、逆にその力をぶつけてくる機動兵器。それが増える。進化をする。さらに強力になり、その複製を産む。

 その繰り返し。人類に勝ち目はない。そして成長と続ける知性。


「だが、博打じゃないか? 求めた進化を、成長をしなかったらどうする?」

「……神様って、全知全能だけじゃないですよね?」

「うん?」

「あぁいや……ビュブロスの友人に、そういうオタク仲間がいたんです。地球の、宗教とか好きで、神様とかよく調べてる奴がいて……そいつが言っていたんです。そもそも神様って、おじいさんのような姿をしているのはだいぶあとになってからで、最初は環境の擬人化とかから始まったって。つまり、恐ろしい存在だったって」


 ユーキはトートを見下ろしながら、つぶやくように言った。


「自由気ままで、力を行使する……それって、自然そのものみたいじゃないですか?」

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