現場を知らない頭でっかちの会議内容はいつも夢想ばかりが蔓延る

「宇宙開拓とはつまるところ宗教のようなものだと思わんかアンフェール」


 四十八時間ぶりに召集を受けたアンフェールは親分であるファウデンの突拍子のない言葉にいつも辟易としていた。


(この爺さんはいつも意味不明なことを言う)


 目の前の男の部下となり、権力と軍事力を振るうことができたという点においては感謝はするが、アンフェールとしてはいまいち、そばに歩み寄ることができないでいた。

 ファウデンという男が優秀な政治家……いや、冷酷な独裁者であることは理解しているが、なぜそんな行為に出れるのか、その理由がわからないのだ。

 独裁であれ、恐怖政治であれ、そこには行う者の目的が介在する。多くは権力欲、思うが儘、国や人を動かし贅沢をするというのがあるだろう。

 他にも、もとより支配者の一族に生まれたが故の優越感、万能感を当たり前に行使するというのも立派な動機ともいえる。

 しかし、ファウデンは何かが違う。邪魔者は抹殺する。政治的にも、裏社会特有の暗殺にしても。邪魔だと判断すれば躊躇いなく人を殺す。

 その手ごまとして自分が使われている自覚はアンフェールにはあった。

 だが、それを行う先の事がわからない。ファウデンは口では地球の為と言っているが、その言葉が空虚なものだと感じた。


「はっ……宗教、ですか。あいにくと、私は無神論者でございますが?」

「神に祈るばかりが宗教ではない」


 組織の総帥にしては質素なデスク。執務室も無駄なものは一切なく、用意されたのは観葉植物が一つ、あとは連絡用の電話とテレビ通信用のモニターだけ。

 ブランドものの椅子やデスク、それこそ腕時計すらファウデンは身に着けない。支給された軍服を身に纏うだけだ。


「宇宙を、無限のフロンティアと称した時代があった。宇宙の事を知らず、惑星のことを知らず、ただがむしゃらに宇宙進出を行い、技術の粋を極めて、開拓を成功させた」

「はっ、火星のテラフォーミングが成功したのはおおよそ、三百年ほど前でしたか。それに並行して宇宙コロニーの建造もはじまりました」

「次いで、人類は金星を利用しようとしたが、かの灼熱惑星には手を出せず終わった。だが、それが人類の野心に火をつけた。ワープ技術の完成はまるで都合がよかった。結果、人類は太陽系外を跳び越え、移住可能な天体を探し、今では一九二個の惑星を見つけたわけだ」

「その中の一つの総帥がお作りになられたアル・ミナーリゾート宙域がありますな?」

「……あれは、余計なことをした。私も若かった」

「と、いいますと?」


 アンフェールはここで思う。そういえば、この男の偉業を、他人が話すことはあっても自分から率先して話すことはないと。演説や取材で頼まれればその都度話すが、それだけだ。

 頼まれて言うとの、自分から口に出すのとでは意味合いは大きく違う。それに、この男は惑星の開拓に反対の姿勢を取っている。

 惑星開拓の成功者が、それをやっているのだ。確かな違和感はある。だが、それは老人特有のある種のわがままであり、思想の硬直だろうと思っていた。


「あの宙域は、本来であれば人が住めるものではない。莫大な予算を投じて、光を集める装置を作り、無理やりに安定させた」

「そのおかげで、収益は予算をこえたではありませんか」

「アンフェール。お前もカラクリには気が付いていよう? あのような巨大な集光レンズ装置がただそこにあるだけで維持できるとおもうか」

「……まぁ、維持整備費用もまた莫大でしょう。その為に植民惑星の資材が」

「私はな、あれは破壊するべきだと思っている」

「……!」


 その言葉は本気だったように感じた。


「は、破壊……で、ありますか?」

「そう。あれはな、私の罪の証だ。人類の傲慢の象徴だ。あんなものの、成功例があるから、なまじ人類は夢を見る。前に進むことが良き事であると勘違いする。その時、後ろを振り向いてみれば、何が残ると思う?」

「……」

「荒れ地だよ。ごくわずかに得るものがあっても、失うものの方が多い。なぜそのような愚行を侵すか。それはアル・ミナーが輝いているからだ」

「総帥、おっしゃる理屈は理解できますが、あれを破壊となりますと、その……地球経済が」

「圧迫をしているのは、惑星開拓事業である!」

「……ッ!」


 初めて、声を荒げた姿を見たかもしれない。

 その圧力に、アンフェールは思わずたじろいだ。


「貴様が作っているバベルとかいうビッグキャノン。試し打ちはどうする?」

「は、そ、それは」


 許可が出るなら、どこにでも撃ち込んでやると言えるはずなのだが、アンフェールはまだファウデンの勢いに飲まれていた。

 バベルの完成度はやっと七五%に到達した所である。試射ぐらいなら問題はないだろうが一発撃てばその後の再調整に数日はかかるだろうという報告を受けていた。


「アル・ミナーの集光レンズを撃て。破壊しろ」

「は、はぁ?」


 話の流れから、そうなることはなんとなく予想はできていた。しかし、いざ言われるとアンフェールも躊躇う。今まで、いくつもの惑星を命令や己の野心の為に潰してきた男だが、アル・ミナーに関して言えばあの宙域は利用価値があり、リゾートというだけで残しておきたいという個人の考えもある。


「どうした。いくつもの惑星を葬ってきたアンフェール大佐にしては返事が遅いな」

「あ、いや、しかし、総帥のお考えもわかりますが、アル・ミナーの影響力は大きいと思います。それに……」

「惑星破壊の事実など、すでに暴露されている。いまさら何を戸惑う? それならば表舞台に出る方がましであろう。こちらの考えを、目的を人類全体に知らしめることができる」

(狂っているのか、このジジイ)


 押し黙って聞いてはいるが、アンフェールは目の前の老人の狂気が理解できなかった。それがさも当然のことであるように語り、なぜ仕事に取り掛からないのかという風に見てくる目は、うすら寒いものがあった。


「……では、総帥。実行にあたる前に、ぜひお聞かせ願いたいことが、いくつかあります」

「聞こう」

「遠慮なく。まずは、ご息女様の事です」


 アンフェールは注意深くファウデンの表情を読み取ろうとしたが、彼はぴくりともしなかった。


「巷では、私がご息女を暗殺なさろうとしたと噂が流れておりますれば、決してそのようなことはないと断言いたしたく」

「あれは私がやったことだ」

「え?」


 あっさりと、ファウデンは告白した。


「言ったであろう。アル・ミナーは私の罪の証だと。あの子は、アル・ミナーで生まれた最初の人類だ。だからこそ、私は処理せねばならんのだ。憂いを絶つということだ。そうでもしなければ、私の本気は理解されまい」


 アンフェールは絶句した。

 自分も外道であることは理解している。いままで攻撃してきた惑星に子供が、赤子がいただろうことぐらいは理解している。だが、実の子を手にかける親がいることは、本能的なショックがあった。そして、それをためらいもなく言ってのける男に、驚いたのだ。


「しかし、生きているというのだ。うまく行かないものだ。そして私に歯向かってくる。まるで過去が私に縋りつくようにな」


 ファウデンは一人、自嘲気味に笑う。

 だがアンフェールは笑いごとではなかった。それでも息を飲み、次の質問に移った。


「総帥の覚悟は理解しました。では次に……トリスメギストスの製造についてです。あれは、総帥が主導で行ったことです。単なるスーパーマシンではないことぐらい、私にもわかりますが、あれは異常です」

「あれか。あれは惑星の番人だよ。私としては人類の監視者でもある」


 言葉の意味がよくわからなかった。


「単独で惑星を破壊する力を秘めたマシン。それは言い換えれば、惑星を整える、テラフォーミングをも可能とする。あれはたった一体でそれが可能となる。そして増える。増殖したあれらを宇宙に広げ、惑星の土壌を作り上げ、そこを守らせる」

「……? 総帥、それでは先ほどのお言葉と矛盾しております。総帥は、宇宙開発には否定的であると思いますが」

「私がいかに禁止しようと愚か者どもは勝手に太陽系を脱出する。だが、そこに待ち受けるのは番人であるトリスメギストスである。もし、人類があれを完全に駆逐できるのなら、それは人類が次なるステージに上ったという証となる。つまり、私がとやかくいうレベルではなくなるというわけだ」

「い、意味が分かりません。総帥、あなたのお考えが、私にはまったく理解できません。あなたは、何がしたいのですか」


 アンフェールはこの老人を今すぐにでも排除するべきではないかと思った。

 だが、なぜだかそれができない。自分の考えを、見透かされている気がする。仮に、ここで自分がファウデンを撃ち殺そうと、殴り殺そうと、全ては無駄に終わりそうな気がしてならない。

 それ以上に、ファウデンの口から出る狂気の数々が、アンフェールの思考を鈍らせる。恐ろしい男だと、恐怖で縫い付けてくるのだ。


「だからな、アンフェール。トリスメギストスを月面にでも火星にでも配置し、惑星開拓に赴く輩を処理させる。だが同時に増えたトリスメギストスによって惑星開拓そのものは進める。だがやるのは土壌、重力の調整だ。トリスメギストスは自己増殖を行う。それらの資源は各地の惑星で、トリスメギストスが自ら採取し、そこで子を成す。そして次なる惑星に旅立つ。地球圏の資源は使わん。長い、長い年月はかかるがな。そうして、迎え入れる準備を整える。人類が、自らの監視者たるトリスメギストスを滅ぼせるようになれば、それは成長したということだ」


 ファウデンは立ち上がり、アンフェールのそばに歩み寄り、彼の肩を叩いた。


「私はかつて惑星開拓を進めたものだ。その行為自体を悪だとは思ってはおらん。だが、速すぎたと思っている。まだ人類は、家を一人ででれない子供だ。ろくな力もないのに、社会に出て、子供が生き残れると思うか? だからこそ、監理せねばならん」

「な、ならばアル・ミナーの破壊など……」

「いいや、それはなさなければならん。あれを破壊することで、人類は、今の駆け足の開拓が夢幻であると理解する。なに、集光レンズを破壊しても、トリスメギストスが進化を果たせば、いずれかの惑星は住めるようになるさ。リゾート地ではなくなるかもしれんがな」


 ファウデンは、今度はアンフェールの両肩を叩いた。


「私が人類に夢を見せたのだ。覚まさせるのも、私の使命だとは思わんかね」

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