彼女がいない歴が年齢の男に降ってわいた恋を成功させる能力が欲しい

 例えば、戦死した者たちを送る為の儀式がこの未来世界にもあったとして、その方法は大して現実と変わらないものだと分かった時、省吾はちょっと安心すると同時に、不謹慎ではあるが、そのある種の迫力に感動もした。

 果たして、それはこの軍隊だけの方法なのか、死体が残ることの方が稀な機動兵器や宇宙戦艦での戦いで、戦死者を見送るのに行うのは所謂弔砲と呼ばれる行為だった。


 それをズタボロのミランドラでやるのだから、それはある種の礼儀とも言えた。

 今回の戦いにおいて、ミランドラ側の戦死者は二人。対する地球軍側は百をかるく超える戦死者を出している。それも、無抵抗のままである。

 慰めになるか、それとも言い訳となるか、結果的にそのような事態を招いてしまったのはミランドラ隊であり、その責任を取るという意味合いも強い。


 風呂の後、再び軍服に着替えた省吾は部下たちを引き連れ、ミランドラを要塞から出し、破損した主砲で弔砲を放つ。

 虚空に消え去るビームの粒子。それが、戦死者たちの魂の慰めとなるのか、どうかは正直なところわからない。

 儀式としては迫力があっても、慣れることのない光景だと思う。

 だが、それに思いを巡らせている暇などなかった。省吾はまたいそいそとミランドラを基地に戻して、修理の続きを指示しないといけなかったし、何より、一応の合流を果たしたロペス隊や地球軍とのすり合わせ会議が始まる。

 これが、一番長くなる仕事だったが、地盤を固めるという意味においては必要なことだった。


「なんだか、ずっと戦いと会議とを繰り返している気がする」


 件の会議にはまだ時間がある。省吾はミランドラの艦長席でたまりにたまった報告書を眺めていた。結局、これらも事務で片付けなければならない仕事だった。

 風呂でゆっくりとはできたが、今度は眠たくなってきたのである。

 とはいえ、会議はもうじきで、しかもそれは重要なものだから寝ている暇もない。

 結局、艦長という立場、もっと言えば反乱の指導者のようなことをやり始めた自分にまとまった休みがあるわけがないと、今になって理解したのだ。


「ですが、凄いことをやっているのだと思います。誇ってもいいのではないでしょうか」


 もはや、そこにいるのが普通という風に、ユリーは秘書のように省吾のそばにいた。

 正直、悪い気はしない。三十路手前と言えば失礼かもしれないが、それでも彼女は美人だ。好意を向けられて、嫌がる者はそうそういない。

 かつての、ジョウェインに乗り移る前の自分ではお近づきにすらなれなかっただろうし、ジョウェイン自身もそのような未来を得られるとは思っていなかっただろう。


(上司に歯向かって、反乱を起こしたら美人に惚れられましたってか? なんとも、面白い話だよ)


 都合が良いともいえるが、今はその都合の良さに全力で乗っかるべきでもある。勢いというのは大切だった。

 運が味方をしているというのも、あながち嘘ではないのだろう。


「誇るか……責任を持つ、という事ならいくらでもする。いや、しなければならないが、自分の行いを誇れるようになるには、私にはまだ時間がかかるな。そもそも、反乱を成功させんことには、自信もつかん」

「そういうものですか? 私は、ジョウェイン様は、正義の行いをしていると思います」


 そういって、ユリーは紅茶を淹れてくれた。やはり、本格的な茶葉はないため、インスタントのパックを使うのだが、彼女はそれでも一捻りしてくれるタイプらしい。今回は多少、余裕があった為か、食堂から使える材料を見繕って、インスタントのパック紅茶で、ミルクティーを作ってくれた。しかも、どこか風味がよく、香りも強い。何か、シナモンのようなものを混ぜたのだろうか。

 あいにくと、省吾がこの手のものには詳しくない。ただ、良い香りと良い味がする。そういう漠然としたものだったが、それでも美人が一生懸命に淹れてくれたと思うと、やはり無意識に頬がほころぶというものだ。


「正義。正義かぁ……理由はどうあれ、子供を利用してる身としては、地獄に落ちそうだなと思ってしまうよ」


 しかも、その理由が元が主人公とヒロインだから。そして組織の親分の娘だからである。やっていることは間違いなく外道だろう。

 その目的が、悪逆非道な命令を下す暴走した上司と何を考えているかわからない総帥、ついでにこれまた何を考えているかわからない博士を殴ることというのだから、笑いも出てくる。

 だが、事実として止めなければいけないし、自分の、ジョウェインという立場はそこから逃げることを許さない。従うか、逆らうかである。

 そして、省吾となったジョウェインは、逆らう方を選んだのだ。

 なぜなら、それが、一番死ぬ確率が少ないから。たったそれだけのきっかけだ。


「だが何としてもあの連中は止めなきゃならん。俺は、嘆きはしても後悔はないようにやり通したい。結果、それが君たちを利用することに繋がっているのは、正直、申し訳ないと思っているが」

「いえ、あなたが決起してくれたから。私たちは、命を助けられたのだと思います」


 そう語るユリーの視線は熱かった。

 確かに、自分は彼女たちの命の恩人だろう。だが、もしこのアニメが打ち切りではなかったとき、彼女たちはどう扱われていたのだろうか。フラニーに至ってはあそこまでの立ち位置だ。死んで終わりとも思えないが、実際の所はわからない。


「ただ、やはり、戦闘は怖いですけど……」

「はは、すみません。こう、無茶をさせるようで」


 特に要塞やフィーニッツへの突撃を慣行したのは、自殺行為に近いだろう。

 そうしなければ今はないのだが、巻き込まれる側は確かにストレスかもしれない。


「ですが、私も、結果的にここまで生き残っています。怖いですが、慣れてもきました。少なくとも、あなた様のそばにいれば、恐怖は、薄まります」

「そういってもらえると嬉しいことだなと思います」


 それはさておき、あなた様と呼ばれるのは小恥ずかしいものがある。

 やたらと熱っぽい視線も、最初は嬉しいのだが、そうたびたび向けられると、そわそわするのである。

 なぜならば。省吾も、そしてジョウェインも。お付き合いなどしたことがないからだ。経験など、ない。


(……距離、近くないか!?)


 そもそも会話に夢中で気が付かなったが、ユリーはさらっと省吾の隣に座っていた。


(ま、まずいぞ。俺は、積極的な女性の扱い方を全く知らない。ジョウェイン、ジョウェインの知識、何かないのか。軍の高官ならそういうお店に行くこともあるだろ、なにかないか!)


 そんなものはない。


(こいつも駄目だ! 俺たち二人そろって経験ゼロだ! 文殊の知恵どころの話じゃねぇ!)

「どうかなさいましたか?」


 と、上目遣いに聞かれれば、ドキリともする。

 省吾はここから先のやり方を知らない。言い訳のように、頭の中で、緊急事態で急接近した男女は長続きしないという夢のない話を思い出したが、それがなんの答えにもなっていないことにも気が付いた。

 今求めているのは、この状況に対してどう接するのが正解なのかであって、その後の結果を求めているわけではないのだから。

 手を取ればいいのか、肩を回せばいいのか、それとも?

 仕事を言い訳にするという大人の常套句を使うという考えは、この時点で吹き飛んでいた。


(そりゃあ嬉しいさ。美人なんだから。おっぱいだって大きい。いや、アホか俺は。そうじゃないだろ)


 下種な男の欲望だって当然持っている。

 が、それを律する理性もある。だから困るのだ。もしも仮に、自分が遊び慣れてるプレイボーイならささっと対応するだろうが、あいにくとそういうのではない。

 していいのか、悪いのか、その判断が付かないのだ。

 だから、こうして余計なことを考えて、あぁでもない、こうでもないと結論を先延ばしにする。

 それが、一番、相手に恥をかかせることだという事実に、彼はまだ気が付いていない。

 まだそういう時期ではない。今はそういうタイミングではない。そうきっぱりといえばいいだけの話なのだ。ユリーという女性は、それを理解できるだけの知性もある。

 が、今のこの男にそんな余裕はない。


「やはり、ご迷惑でしょうか」

「い、いや、そういうのではない。ただまぁ……」


 きょろきょろと視線を泳がせても、手助けする者はここにはいない。

 そして、省吾は観念した。こうなれば開き直るしかないと、今更に決意したのだ。


「その、恥ずかしい話なのだが、俺は、今までの人生で、なんだ、お付き合いをしたことがない。だから、わからないんだよ」


 戦う事の決意は素早かったというのに、こういうことの決意はうじうじと悩んでやっとであることに自分でも情けなくなる。

 一方、そんないきなりの告白を言われて、ユリーはきょとんとして、次の瞬間には吹き出していた。ただし、その頬は赤く、なんとも複雑な表情であったが、それは悲しいとかの感情ではなく、恥ずかしさとおかしさが混ざって、どういう顔をしていいのかわからないからというものだった。


「正直者なのですね。私もです。いままで、こういう仕事をずっと続けていまして」

「ご冗談を。放っておかれなかったでしょう?」

「どうでしょう。お誘いはあったのだと思います。ですが、ほら、ごらんのとおり、仕事、仕事で生きてきました。無意識に断っていたのかもしれませんし、どこか自分で言い訳をしていたのかもしれませんし。でも、あの時、自分が死ぬかもしれないと思ったときは、あぁ、少しは自分の幸せを優先しても良かったなと思ったのです」

「それが、巡って俺に? だとしたら、それは感情の発露による一時的なものだ。俺はほら、この通りの人間だ」


 その実、大して年齢は変わらないはずなのだが、あいにくと今の自分はジョウェインという中年の男だった。

 つまるところ、年齢差があるというわけだ。これが、元の肉体であれば、まだよかったのだが。

 それに、正直を言えば冴えない顔だ。似合わない髪型をやめて、ほぼ自然体で流している状態だが、それでもやぼったさは残っていた。

 だから、こんな言い訳を無意識でも言ってしまうのだ。


「私は人柄を見ているつもりです。あなた様は、どこか子供っぽいところもありますし、落ち着きのないところもあります。本当は、今の状態も、無理して取り繕っているようにも」

(なんというか、さすがは侍女。鋭いというべきか、人を見ているというべきか)


 このあたりは、職業柄というべきなのだろうか。

 もしかすれば、自分の先ほどまでの混乱も見透かされていたかもしれないなと思う。


「ですが、それでも立ち上がって、みんなの為に動いている。それは素晴らしいことです。結果論であろうと、偶然であろうと、あなた様が立ってくれたからこそ、私はいまここにいるのですから。それは、否定させません」

「頑固ですねぇ」


 その言葉は、省吾にとっては救いだったのかもしれない。

 どこか、晴れやかな気分だった。

 省吾は立ち上がる。そばに寄り添うユリーは少し名残惜しそうにしていたが、何も言わなった。


「……仕事です。お気持ちは嬉しい。ですが、今はまだ片付けるべき仕事があります。ですが、それが終わればまた」

「はい」

「俺は何の面白みもない男です。ここでこうしているのも、偶然と無鉄砲が奇跡を産んだからにすぎません。ですが、それであなたと出会えたのはよかった。女性に好かれるというのも経験できましたので。ですから、落ち着てからにいたしましょう」

「キスはしてくれないのですか」

「さっきも言いましたが、俺は女性とお付き合いをしたことがない。つまり、恋愛をまともにしたことがないのです。なら、それを楽しむのもまた醍醐味でしょう。惚れた、だからキスをする。なんというか、自分の中で、それはまだ段階がと思うのです。卑怯ですかね?」

「えぇとっても」

「宇宙海賊ですから」


 うまいこと言ったつもりだった。だが、言ってみると意味がわからなくて思わず吹き出してしまう。ユリーも同じだった。お互いに顔を赤くして、笑いあう。しばらく、それが続いた。

 そして、ノックの音がする。

 本当に、仕事の時間となったらしい。


「今行く。では、また」

「いってらっしゃいませ」


 女性、そう言われて見送られる日がくるとは、思わなった。

 省吾はやっぱりキスぐらいはした方がいいかなと思ったが、格好をつけた手前、それはやっぱり出来なかった。

 さぁ、仕事の時間だ。

 省吾は扉を開けて、進む。これから、次なる戦いが始まるのだから。

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