今は安らぎを、死を悼んでやる時間を、休息を、とにかく我々は働きすぎなのだ
戦闘が集結した。そうなれば問答無用でミランドラは要塞基地へと入港することができる。それも大手を振ってだ。何せ、襲撃者から、今では命の恩人となっているのだから。
もとより、自分たちが襲撃しなければこんなことは起きなかったのではという指摘を受ければ、まさしくその通りなのだが、結果はどうあれ地球軍内の不和を明るみにすることはできただろう。
が、それ以上に、省吾はフィーニッツを取り逃がしたことに関してむしゃくしゃしていた。
(黒幕の一人、だと思われるジジイを逃がして、しかもどうやらあの男の掌の上にいるっぽいのがムカつく!)
これが省吾の内心である。
ドッグ内に入港して、何十時間ぶりの艦外。そこが人工的に作られた要塞であろうと構わなかった。とにかくずっと座りっぱなしという姿勢がきつかったし、思えば戦いの連続だった。
休息もあったとはいえ、それらは緊張感の中のもので完全に休めたとは言い難い。
「よくやってくれました、ジャネット艦長」
護衛の部下たちを引き連れたジャネットが自分たちを迎えに上がった。
省吾が姿を見せると、彼女は形ばかりの敬礼をしてくれる。それに自分も応じた。
そういえば、彼女を生身で見るのは初めてかもしれない。
「残った将兵への説得は続けています。今回の事件に関しても、自作自演だと疑う者は少なくはないので」
ジャネットの言葉に省吾は「だろうな」とつぶやく。
だが、同調圧力というものがある。今や、要塞にいた軍人の殆どは省吾たちを信じている。それはまだ脆いものかもしれないが、とっかかりというのはそれで充分なのだ。
「色々と、話したいこととか、打ち合わせしたいこともあるが、なんだ……我がクルーはみんな疲れている。休ませてやって欲しい。緊張と戦闘の連続だし……彼らは、私のわがままに付き合ってくれたものたちだ……」
「安全は保障します。少なくともこの基地内では……部屋、と言いましてもここは軍施設ですので、まともな部屋はありませんが、質だけで言えば司令の部屋があります」
「どこでも良い。それと、艦やテウルギアの修理もお願いしたいところだ。あとは……」
省吾はちらりとミランドラのハッチから運ばれるトリスメギストスを見た。
ラビ・レーブ二機がかりで運ばれる機体は、最初の頃の美しさはどこへ行ったか、ズタボロの残骸のようだった。
しかし、あんな姿になってもナノマシンによる自己修復がなされているというのだ。もし、ナノマシンの自己修復機能が生物のように加速度的に進むのであれば、トリスメギストスは一、二か月程度であの状態から元に戻るらしい。
理論上の話である。あの機体に搭載されたナノマシンは整備補助以上の性能はないとかいう話だが……それもどこまで本当なのかわからないものだ。
「面倒臭いが、あれの修理を優先したい。修理用のデータはある。あの糞猿め、重要機密部分だけは黙秘してやがるからな……」
最後のあたりはもう疲れて口調が維持できなくなっていた。
「武器弾薬の補充に、子供たちの食事、それと……」
「あの、大丈夫ですか? 一応、この基地には入浴設備もありますし、お休みになられた方が……」
それを聞いて、省吾はぴくりと反応を示した。
「風呂?」
「えぇ、まぁ。所属部隊員たちのリラクゼーションという事で。ご用意は、させますけど?」
「ぜひ」
省吾は若干、食い気味だった。
なんなら、彼に付き従う他の部下たちも同じ考えだった。
「何十時間とシャワーだけで、パイロットたちに至っては浴びてすらない連中もいるのだ。喪に服したい気分もあるが、こればかりは変えられん」
省吾は無意識のうちにジャネットの手を取った。
「ジャネット艦長。ありがとう。君が仲間になってくれて、俺はとてもうれしい。本当にありがとう」
「え、えぇ、どうも?」
そんな省吾の貪欲な姿に、ジャネットは少々引き気味だった。
同時に、目の前の男のことがさらにわからなくなった。彼女のイメージの中では何を考えているかわからない男だったのだ。
それが、今の姿は、ただ疲れただけのサラリーマンのようにも見える。
面倒ごとを寝て忘れ去りたい哀れな男のようにも見える。
よくわからない男であることは変わらないが、不気味さは薄れていた。
「全クルーに伝えろ。ジャネット艦長が風呂を用意してくれるという。時間が出来たものは順次、自由、風呂でも睡眠でもしろ。ただし酒は駄目だ。まだ駄目だ。いいな」
と、省吾が通達するものだから、ミランドラからは艦が震えるほどの感激の声が響いた。
ビュブロスを発って、はてさて何十時間か。
彼らは、やっと本当の意味での休息を取れるのである。
本当は、もっとやらないといけないこともあるが、それでも、今は己らの欲望を優先したかったのである。
それだけの緊張感の中で、彼らは航海を続けてきたのだから。
それに、戦いはまだ続くのである。
ならば休息は、与えられても良いのだから。
***
風呂というものに入れて、安らぎを得られると実感できるのは良いことだと思う。
ここがアニメの世界であろうと、超未来の世界であろうと、この感覚は人間にとって抗えない魅力を持つということだった。
さりとて、ここは軍施設、要塞基地。大浴場という形式があっても、それは無機質なもので、風情というものはない。だが裏を返せば、軍施設なのにここまでの設備があるということだ。
聞けば、フィットネスもできるらしいが、省吾としてはあまり心動かされるものではなかった。
ただ今は熱い湯に使っていたい。それだけ。
「みな、喜んでいますな。特に、女性士官らは久々にウキウキとしていましたよ」
隣に座るマークがその巨躯をどっぷりと湯に沈め、息を吐きながら言った。
湯舟の中で、男がずらりと並んでいる光景は、とてもではないが宇宙に進出した未来の世界とは思えなかった。
真ん中に省吾を置き、両となりにはマークとケス、そこから順々にミランドラ隊の男所帯が並ぶ。ユーキはマークの隣にいた。
「要塞を手に入れちまうんです、たった一隻の反乱から数日でここまで来たのはアニメですな」
がははと笑うマークは、縮こまって遠慮気味になっているユーキの背中をばしんと叩いた。
「それもこれも、お前とあのスーパーマシンのおかげだ。よくもあんなわけのわからんものを動かせるもんだ」
「ひ、必死でしたから。それに、あいつはあいつで手がかかるんです。機械の癖に秘密主義で、追い込まれないとやる気が出ない。ついでにわがままというか」
「あんな意味不明なものを完全にコントロールしようというのがそもそも無理な話だろ。ガキですら親の言うことを聞かねぇ時期がある。俺がそうだった」
「子供にしてはたちが悪いですよ、あれ」
そんな件のトートは絶賛修理中のトリスメギストスのそばから離れようとはせず、何事かを計算している様子だった。
あれが今、何を考えているかなどは不明だが、余計な刺激は与えない方が吉だとしてみな放置していた。
というより、省吾が禁止させた。あれを無理やり止めようとすれば、いつぞやのパーシーにようにどこかへと飛ばされることになる。
パーシーが転送させられたのは、フィーニッツ博士の下だったとロペスたちから報告を受けていた。その後、ジャネットらに捕らえられ、あの二人だけは別の場所へ運ばれたというのだ。
その結果が、あの酔狂な姿となったパーシーだというのだ。
「しかし……本当に放置しておいてよろしいのでしょうか?」
心配そうにつぶやくケス。
「機体修復だけならまだしも、何やら、作ろうとしているのでしょう?」
トートは計算以外にも時折何かしら設計図を出力して、それを要塞基地のコンピューターに添付しているらしい。設計図はかなり精密で、質を問わなければあとはその通りに加工するだけというほどの内容だった。
なおかつ、ここは基地施設。資材はあるのだ。
「あれを野放しにするのは危険かもしれんが、我々の戦力が少ないのもまた事実だ」
危険かどうかを問われれば当然、危険だと即答するのが省吾である。
しかし、やはりあのオーバースペックなマシンは手放すことはできない。ならばある程度の方向性を示したうえで、好きにさせるようがかえって安全なのだ。
「お前たちも知っての通り、あのマシンは、重力すら操作できる。行ったのは最初の一回、それ以降はなぜかやる気を出さずにそれをやらんが、あの猿にも考えはあるのだろう。それに、武装や改造で選択肢が広がるならその分、戦いやすくなる」
「それはそうですが」
どこかで妥協するしかないのである。
「ケス君。今は難しいことを考えずに休もう。正直を言うと、私はあの猿について考えるのを放棄したい気分だ。こっちの邪魔にならないのなら好きにさせようとすら思い始めている。その結果、どうなるかはわからんが、あいつは今のところ、我々を味方と認識しているはずだ。でなければ、今頃我々はどこぞの宙域に飛ばされている」
結局は、トートのご機嫌取りになるのだが、それが出来れば貴重な戦力となるのは間違いない。
「それにここからが忙しくなる。今でこそ、我々は風呂をあびているが、今後また、いつ入れるかわからん。何せ、軍からすれば今回のことは大失態だ」
要塞を敵勢力に奪われたとなってはメンツは丸つぶれだ。
躍起になって取り返しに来る可能性も捨てきれない。もちろん、省吾はそもそも正面切ってぶつかり合うつもりもなく、むしろこれを起点として軍内部で決起してくれることを願うのである。
フラニーのおかげで、このあたりの大義名分は少なからず生まれつつあるし、なんといってもアンフェールの一件がやはり大きな武器となっている。
決して無駄な行為ではない。
「今後、さらなる激しい攻撃も予想される。その時、取れる手段は大いに越したことはない」
「そうですな……」
結局、風呂で休むと言いながらも仕事の話になってしまった。
「……それより、小僧。お前、あの子らのどっちに手を出すんだ」
「はっ、え?」
そんな空気をぶち壊すように、マークがユーキをからかい始める。
ユーキは突然の事で、湯の中に沈みそうになっていた。
「なんで、そんな話に飛ぶんですか!」
「そりゃ難しい話ばかりで俺は疲れるからだ。なら楽しく愉快な話がいい。そしてそこにお前がいた。当然だろう」
「パワハラですよ!?」
「馬鹿野郎、軍隊にそんなものは存在しない。で、どうなんだ。我らが艦長様は部屋にご婦人を招いていたぞ」
この流れ弾である。
「人聞きの悪いことをいうな」
「いんや、あれは惚れた女の顔ですぜ?」
「失礼ながら、私もそう思います」
まさかのマークの援護にケスが入る。
さてそうなると、男クルーどもはわいわいと騒ぎ始める。で、結局、標的はユーキがメインとなるわけだが。
「……お前ら、ゆっくり静かに風呂に入れんのか」
しかし、この空気は決して悪いものではなかった。
これが終われば、彼らはまた命の危険というものを認識することになる。
今回の戦いで戦死したものたちの追悼だって残っている。
彼らの死を悼んであげる時間も必要だったのだ。
だが、その前に、生きているものを優先させたい。それは省吾なりのけじめのつけ方でもある。
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