頭の良い奴が結論ありきで行動されても、凡人はその過程が一番知りたいということは理解できないらしい

 パーシーという男の目に映る宇宙は黒で塗りつぶされている。そこに、わずかな光点が灯る。大きいもの、小さいもの、不規則に動くもの、直進するもの、のろまなもの、速いもの……黒と光、しかしその中には複雑に異なる情報も混ざりこむ。

 凡人はこの光景を暗闇で光が動いているだけと思うだろう。

 違うのだ。光にも、それぞれの種類があれば、それは異なる存在であることが理解できる。


「ビューティフォー……美しい、無駄を省いた光景だ」


 パーシーはトリガーを引く。

 すると暗闇の中の光が一つ消える。

 それを繰り返す。また光が消える。


「サティスファクション……静寂の宇宙。咲き誇る華を散らす罪悪感と優越感」


 かちり、かちりとトリガーを引く。

 しかしパーシーの狙いはそんな無駄な華ではない。もっと素敵なものを落としたい。


「どこだぁ、トリスメギストス。どれがトリスメギストスだ……オールキル……全て撃ち落とせば関係ないのかぁ?」


 目に映る小さな光点を潰していって、最後に潰したものがトリスメギストスに違いない。だからトリガーを引く。その繰り返し。

 だがパーシーの網膜の光景が逆転した。


「フラッシュ! 白い闇が……!」


 黒一色だったはずの光景が光で埋め尽くされる。


「シィット! 爆炎のかく乱か。だが……感度を下げれば」


 その光は持続しないものだ。無駄な熱量を削除。それでも一瞬はセンサーを邪魔するが、処理速度は素早い。太陽光しかり、要塞の持つ動力炉しかり、邪魔で大きな熱は見えないようにカットする。

 ミサイルなどの飛翔物体を捉える関係で、あまり細かな調整ができないが、それでもよく目を凝らし、調整すれば、見える。

 光の中、わずかに残った暗闇に躍り出る小さな光。トリガーを引き、それを撃ち落とす。


「……!」


 刹那。無数の光の筋がこちらに向かってくる。

 嫌な光だ。邪魔な光だ。しかし、これらも一端カット。そうすれば見えてくる。新しい光、熱を持った存在。


「アンチスナイプ。だが、当たらぬよ」


 パーシーは狙撃用にカスタムされた己のラビ・レーブを最小限の動きで回避行動をとらせた。戦艦主砲の遅い粒子ビームなど、ちょっとの動きでよけれるのだ。

 だが厄介だ。また目の前が光りで包まれた。


「ミサイルパーティ……! だがそう長く続くものでは……むっ!?」


 目の前の光。それが熱源探知から逃れる為のミサイル斉射であることはわかる。

 このラビ・レーブに搭載された旧式の大型熱源探知システムの明らかな欠陥。だが、目標の全てを破壊することが出来ればそれは欠陥を凌駕する。まず間違いなく捕捉できるから。あとはそれにむかってトリガーを引き、レールガンを撃ち込めばそれでいい。

 パーシーは再びセンサー感度の調整に入る。

 と、同時に彼は再び直進してくる光点を見つけた。


「トリスメギストスかぁ!? それとも有象無象かぁ!? 落とせばいいですよねぇ、博士ぇ!」


 向かってくる目標から無数の熱源反応。


「手持ちのミサイルかい!? センサー機銃! 防御だ!」


 パーシーは己を補佐する浮遊型センサーを起動させる。それらはただの付属カメラではなく、護身用のレーザー機銃を搭載していた。

 同時にこの機体に搭載されたセンサーシステムと同期することで破格の命中精度を誇る。ハリネズミのような対空防御が可能となるのだ。

 それらで打ち出されたであろうミサイルを迎撃する。丸裸だ。爆発に熱量が邪魔だが、ミサイル斉射の前に捉えた熱源を探知すれば……!


「……! いない!?」


 センサーから反応が消失した。


「このようなことができるのはトリスメギストスに違いない!」


 パーシーはセンサーでぐるりと周囲を索敵する。

 だが、いない。自分の周りには光点はないのだ。


「ナンセンス! ありえない、ジャミング対策はしてある。システムが乗っ取られることはない……! こちらは完全にオフラインでいるのだから……!」


 目の前から存在が消えない限り、一度捕捉した目標を逃すことはない。

 そのはずなのだ。


「えぇい、感度の調節……はっ……!」


 刹那。パーシーは己の失態に気が付いた。

 だが、それを認識した時には遅い。機体に衝撃が走る。


「貴様! 貴様! カミカゼかぁ!」


 狙撃用のレールガンが破壊され、熱源センサーが解除されると、パーシーの目は本来の宇宙空間を、そして目の前に煤で黒く汚れ、ところどころに融解したような傷を持ったトリスメギストスがいた。


***


 もしこれが失敗すれば、自分は死ぬかもしれない。

 そんな恐怖がないわけではないが、トリスメギストスなら大丈夫だろうという根拠のない自信もあった。

 パーシーの駆る狙撃機を相手に真正面から無策で突っ込んでもそれは自殺行為である。敵の狙撃精度は凄まじい。いかにトリスメギストスでも直撃を受ければ撃破されるのがオチだ。

 都合よく、短距離ワープをしてくれればその限りではないが、あまりあてにはならない。


「ロペスさんは熱源探知といっていた。でも宇宙には、邪魔な熱が多い」


 宇宙は寒いとはいえ、熱量が皆無というわけではない。

 特に、この周辺には人工物があり、その動力がある。ミサイルも飛び交い、ビームも走る。遥か遠くには太陽があり、近くには要塞基地もある。

 熱源がいっぱいで、本当なら邪魔で仕方がない。

 

「うまく行くかどうか、さっぱりわからないけど……! トート、やる気があるならワープとかしてくれよ! 無理ならミサイルのタイミングを合わせろ、同時に機体に負荷をかける……!」


 ユーキはトリスメギストスに持たせた手持ちのミサイルポッドを構える。

 敵を見えている。ミサイルを斉射。しかし、あんな狙撃機がなんの護衛もなしとは思えない。


「光った、機銃!」


 ユーキはミサイルが迎撃されると同時にその爆炎の中に突っ込む。

 宇宙に舞い上がる灼熱の炎。それは機体を表面を焼く。同時にユーキは残ったミサイルもばらまいていた。

 トリスメギストスのローブ型の装甲を盾にするように機体を丸まらせる。

 危険を知らせるアラートが鼓膜を叩く。ダメージ表記が真っ赤で危険領域を知らせていた。取り付けた予備の腕はすでに吹き飛んでいる。

 ローブ装甲など、もはや使い物にならない。ビームすら撃てないだろう。

 だが、それでいいのだ。


「今!」


 スラスターすらどれほど生き残っているかはわからない。だが、この一瞬のチャンスしかない。わずかに赤熱化した装甲で、あえてユーキはパーシーの前に出る。

 パーシーはぼうっと立っているだけだ。

 なぜならば、見えないのだ。余計な熱源をカットし、登録された機体の熱だけを追いかけるパーシーには、それが見えていない。

 宇宙空間である。機体の熱もそう長くは続かない。徐々に冷え始めれば、すぐにばれる。

 だが、機動兵器である。一瞬の加速が得られればあとは流れだった。


「らぁぁぁぁ!」


 残った左腕による貫手。それを機体と狙撃銃の接合部分にぶつける。たったそれだけで狙撃銃は使えなくなる。

 こちらの接近に気が付いたセンサー機銃たちが銃口を向けてくるが、それらは生き残ったローブキャノンで撃ち抜く。それと同時にローブが誘爆を起こすが、パージすれば問題はない。


「ごめんなさい! 恨みはないけど!」


 あとは残った機体を蹴飛ばす。


『悪魔めぇぇぇぇ!』

「そうならないようしますよ……!」


 トリスメギストスにもはや使える武器はない。

 だが、すぐ近くにちょうどいいモノがある。

 機体の接合部分を破壊しただけで狙撃銃であるレールガンの発射機構は生きているのだ。極論を言えば、引き金さえ引ければ撃てる。

 ユーキは残ったトリスメギストスの左腕でレールガンを引き寄せ、トリガーに指をかけた。

 狙いは……パーシーではない。その背後に、姿は見えないが、こそこそとしている奴がいる。


「トート! ジャミングにはジャミングで対抗しろ! 姿を見通すぐらいはできるだろ!」

「ヴィーヴィー! マネシタマネシタ!」

「熱源探知……! あったまいいなぁ、お前は!」


 この一瞬で、トートはトリスメギストスのセンサーをパーシーの行った方法と同等のことを真似したのである。

 そうすれば、電子機能であろうと、目視出来なかろうと、そこに存在するだけで感知できる熱量を捉えれる。


「ムムム? ムセンジュシン! ツナガッテルゾ!」

「無線、繋がってる……?」

「テキ! フネ! データショリ! ヴィー!」

「何言ってるか全然わかんないんだよなぁ……!」


 とにかくトートは熱源探知以外にも敵の親玉を見つけるデータを得られたということだろう。

 メインモニターに指し示す反応を検知。そこに向かってレールガンを放つ。

 破損した状態で撃てば、腕が吹き飛ぶかと思ったが、そうはならなかった。どのような構造か、このレールガンは反動を殆ど処理できるようだ。

 しかし、一発撃ったと同時に火花を散らし、使い物にならなくなる。耐久性は低いようだった。


「だけども……!」


 放たれた弾丸は虚空を貫いたかのように見えた。

 しかし、数秒後、目の前が歪むと当時に一隻の艦艇が姿を見せる。それは、なんの冗談か、まるで古いSFに出てきそうな円盤UFOのような姿をしていた。その左舷、なのかどうかは定かではないが、ユーキから見れば左舷に当たる部分がえぐれている。

 レールガンが直撃したのだろう。


『素晴らしい……』


 直後、通信回線が開かれ、感嘆の声が聞こえる。


『トリスメギストスの進化はそのようになったか』

「あんた……博士でしょ!」


 ユーキの問い掛けに、声の主は答えることはなかったが、間違いなくフィーニッツ博士だった。


『どのように成長するか、それは私にもわからなんだが。なるほど、電子戦に特化した。それはある意味で正しい進化だ。ネットワーク社会において、情報を制するものは全てを支配できると言っても過言ではない。見た目の破壊力ではない。そんなものは表面の評価だ。理解をしたのか、トリスメギストス……そしてトートよ』

「こっちの質問に答える気はさらさらないということですね?」


 しかもトリスメギストスも半壊して、使える武器がない。

 ついでに行動不能だった。このままではまずいということだけはわかる。


「くそ! 一発殴ってやりたいっていうのに!」


 いくら操縦桿を動かしても、トリスメギストスは力なくうなだれ、宇宙空間に漂流するだけだった。

 だが同時に朗報もある。こちらに直進する艦がいた。

 ミランドラだった。


「艦長さん……!」


 パーシーの機体は無力化したが、まだ長距離狙撃を行うビームキャノン装備のラビ・レーブは生き残っている。しかし、それらはまるで回避行動をとるつもりがないのか、ミランドラの一斉射で薙ぎ払われていく。


「アリャ、ムセン!」


 トートの今更な指摘が入る。

 ようは無人機だったということだろう。


「おい、だったらあれを操ればこんな無茶しなくてもよかったんじゃないのか?」

「デキナイ!」

「お前、本当に電子戦特化なのかよ……」


 そうこうするうちにアニッシュのラビ・レーブが接近してくるのが見えた。


『ちょっと! 生きてる!?』

「中身は無事」

『なんでそんなアホなことができるのよ!』

「トートに言ってくれよ……こいつ、何も提案しないんだから」


 同じように生き残ったミランドラ隊の機体も集結し、フィーニッツの船に狙いを定める。


『お前だ! 糞ジジイ! 洗いざらい全部吐いてもらうぞテメェ!』


 まるで若いチンピラのような口調で艦長さんが怒り狂っているのが聞こえる。


(あの人、たまにあぁなるんだよな)


 まるで突撃するかのようにミランドラが接近していくが、それよりも前にフィーニッツ艦の姿が蜃気楼のように揺れ動く。


「あ、あいつ! 逃げる気だ!」


 それがワープであると気が付いたときにはもう遅かった。

 反応は消失。いつの間にか、パーシーの機体も消えていた。

 ただ一つ分かること。それは、やっと戦闘が終わったということだった。

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