いい加減、ふかふかのベッドと熱い風呂に入りたいのだが、やることが多すぎる
省吾の思い描く勝利とは、武力による勝利ではない。
もちろん。トリスメギストスがその進化性を攻撃に全力で振り切れば、少なくとも戦いは終わるだろう。
だが、それは新しい脅威を生み出すだけで、その力を得てしまった少年が望む、望まないに関係なく、責務を背負わされる。
いかなるエネルギーをも自在に操り、星を単騎で滅ぼす可能性を持つマシン。それを唯一操縦できる人間。実際は、そんな制限などなく、むしろ機体が勝手に動き出すという別側面の危険があるが、それを知るのは自分たちだけ。
市井の者たちにはそんなもの、関係はない。
恐るべきマシンとその操縦者。そう映るだけだ。
それでは意味がない。恐怖の対象がニューバランスからトリスメギストスに代わるだけ。
で、あるならばニューバランス打倒において何を目指すべきか。
それは、民意である。ニューバランスとは恐るべき組織であり、これらの存在を許してはおけぬという人々の願い、思い、それらがもっと浮き出さないといけない。
それは銃火を向けあうだけでは成し得ないことだ。情報がいる。先んじて、情報を制することが出来れば、それこそ捏造でも、誇張表現でもいい。
それが一番、血を流さない方法であると省吾は考える。
もちろん、それを行うにしても、結局は最低限の武力行使は必要となる。
二律背反であった。
(しかし、ない知恵を絞って。できる限り、殺す殺されたをなくすには、そういう理想論を実現させなきゃならん。そして、トリスメギストスの力をその方向に使えば、実現はできるかもしれん)
果たしてそれは偶然か、意図的か。
トリスメギストスはその性能を攻撃方面ではないものに伸ばしている。
電子、情報戦へと特化させつつ、報告では防御、生存面の進化を果たそうとしているとかなんとか。
もちろん、今後の学習次第では攻撃力に尖る可能性はなくはないのだが、今のところは良い教育ルートに入っているような気がしている。
(まぁ、そっち方面に進化することで、逆にネットワークに頼ったこの社会構造を掌握される危険性もあるのだが……その時はその時だ)
一番の悩みの種に今後も頼らないといけないのは正直、いかんともしがたいものである。
「──これで、よろしいでしょうか?」
ふと、その声で省吾は思案の奥底から意識を覚醒させた。
フラニーが不思議そうな目でこちらを覗いている。
地球に向けた、フラニーの生存報告及びある種の宣戦布告。これが完了したというわけである。
「あぁ、ありがとう。もっと、言ってもよかったのだぞ?」
「いえ。それは父と対面してからにいたします。直接聞いて、問いただすべきでしょう。それに、私を狙ったのが父ではないのなら、それはそれ、落とし前というものを付けさせるつもりですから」
「おぉ、怖い。流石は軍を掌握する男の娘だ。肝が違う」
「うふふ、私は恋する乙女ですよ」
やれやれ、ユーキは厄介な女に惚れられたものだ。
そんなことを感じつつ、省吾は意識を目の前の事に集中させた。
ジャネットによる要塞の掌握は完全ではないだろうが、中枢を抑えれたのは大きい。
事情を知らない他の軍人らがどう動くのかはわからない。気を緩めることはできなかった。
彼らに一斉に攻撃を受ければそれで一巻の終わりなのである。
(ひっでぇ博打だな、本当に)
結局のところ、省吾がこの作戦において頼るのはトリスメギストスの性能とフラニーに対する同情心、ニューバランスに対する不信感である。そのどれもが不確定要素だというのだからたまったものではない。
拝み倒してどれか一つでも相手に響けばいいやという神頼み。
で、あればあともう一押しするべきだろうか。
いい加減、ゆっくりと休みたいのだ。
「さて……今は状況を見守るしかないかもしれんが……」
『艦長さん。ちょっと面倒が起きるかもしれません』
それはユーキからの通信だった。
省吾はがくりとうなだれる。いつもこれだ。何かがうまくいこうとすると、必ず邪魔が入る。何かそういう運命の下にいるのじゃないかと思うぐらいである。
「聞きたくないが、なんだ」
『トリスメギストスが……トートとが興奮し始めました。それに、ジャミングを検知。敵がくると思います……!』
「全艦、全方位警戒。残り少ないがビームスモークの射出準備をしろ。これに乗じて、要塞基地の連中がこっちを攻撃してくるとも限らん。連中の、ニューバランスのシンパがいる可能性はゼロじゃないからな」
不安要素だけはボロボロと出てくる。
だが今、優先するべきは謎の襲撃者だ。謎といっても、十中八九、ニューバランスの息がかかった連中だというのはわかりきっている。
「熱源反応感知! 長距離ビームの狙撃、来ます!」
「スモーク散布! 衝撃に備えろ!」
もくもくとビームスモークが撒かれる。しかし、この装備は広域に広がるには時間がかかる。自艦であればまだしも、周囲の味方に必ず散布されるわけではない。
とはいえ、この装備はどの宇宙戦艦にも標準で装備されているはず。こちらの忠告を聞き入れ、これを散布していれば問題はない、はずなのだが。
そう思っていると、右側面からスモークすら吹き飛ばしかねない猛烈な閃光が通過していく。それは、ミランドラからは大きく逸れていたが、近くを漂う軍の戦艦を打ち抜き、轟沈させていた。
「うおっ!? 戦艦主砲にしても大きくないか!?」
「ビーム数、六本! この威力、粒子加速器でも積んでるんじゃないのか!?」
クラートの悲鳴に、省吾はジョウェインの知識を呼び起こされる。
粒子加速器は戦闘艦には積まれている主砲のエネルギー源だ。だが、同時に彼の知識は別のものを指摘した。
テウルギア用の、火力増強装備としてもこれらは開発が進んでいるはずだったと。それらはまだ試作の段階のはずだったと。
「次弾、来ます!」
「連射!?」
再び六条の閃光が突き刺さる。また新たな艦が直撃を受けた。
誘爆による衝撃によって不規則な動きを見せる艦艇群。それらはそれぞれに衝突を続けたり、うまく戦線を離脱できたりと様々であったが、被害の方が上回る。
「誘爆の影響でスモークがはがれます!」
「えぇい、エンジンをぶっ壊したのが仇になったか! 記録映像、取れてるな!」
「はい!」
「卑怯臭いが、これも証拠映像だ。ジャミングの方はどうなってる!」
この惨状は使える武器となる。
それを利用しようとしている自分はなんとも卑劣だろうと思うが、使えるものは使うと決めたのだ。
やはり、矛盾している。血を流したくないと言いつつ、血が流れればそれを利用する。
(見方を変えれば俺が一番の外道だが……構うものかよ。俺は宇宙海賊だぞ。大義名分を得るのなら……! だが、この行為を許してはおけん!)
片や利用する。片やその悪行が許せない。
その感情は同居する。
いうなれば自分勝手であるが、それこそ構うものか。
もとより、この戦いは生き残りをかけた戦い、そして今ではムカつく上司を殴る為の戦い。巻き込まれた者たちの怒りを代弁し、好き勝手する連中を好き勝手で対抗する。それだけの話だった。
「動ける船は、援護をしろ。これが真実だ! ミランドラ、前に出るぞ。こちらが率先して戦わねば、こういう状況は変化しない」
号令の下、ミランドラは単独で突貫を開始する。それに慌てて追従するのは三隻の反乱軍艦。残りの艦隊がどう動くのかは、流れに任せるしかない。
「撃ってきた方角へ、ミサイル斉射。爆炎で粒子を逸らせ。同時に蛇行回避運動」
ケスの指示でミランドラはありったけのミサイルを撃ち込む。もうすでに底をつきそうな勢いであった。
「テウルギア隊各機へ通達。敵長距離砲撃隊を叩く。二方向から突撃をおこな……!」
最後の通達を行う前に再び、ビームが飛ぶ。
それは、ミランドラを大きく外れ、後方の艦隊へと命中している。
そのはずなのに、ミランドラ近くで誘爆がおきる。
「……! キヴンが撃墜されました!」
「なに!?」
テウルギア隊の一人だったはずだ。
ここまで生き残ってきた者の一人。対して会話をしたことがない男だったが、それがあっさりと撃墜された。
だが、省吾はショックよりも驚きの方が上回った。通常、長距離狙撃で小さな飛翔体であるテウルギアを一発で仕留めるのはよほどの手練れでなければ難しい。
しかし、ビームの直撃を受けたようには見えなかった。
「各機散開!」
新たなビームが飛ぶ。
やはりそれらは後方の艦隊を狙っていた。
なのに。
「ビレネー、ロスト!」
「ラッキーショットにしては続きすぎるぞ!」
また新たなメンバーが撃墜された。
やはり、会話をまともにしたことがない隊員だ。
そしてこれもまたビーム狙撃ではない。
「別のスナイパーがいる!?」
そう考えるのが妥当だろう。
「こちら突出したと同時にこの攻撃。まるで初めからこれが狙いだったかのようです」
「こんな回りくどいことを考えるのはアンフェールではないな」
ケスの言葉に、省吾はほぞを噛む。
こんな姑息な真似をするのは、あの男しかいない。
「フィーニッツ……あの男ぐらいだ」
もはや省吾はフィーニッツを悪人として見ている。
真意はわからない。だが、奴のやろうとしていることはトリスメギストスの性能テストの一環であろうことは推測出来ていた。
アニメにおいても、不可解な行動を考え見れば、やはり全てのつじつまがあう。
(この手の連中で面倒くさいのは、仮に自分が死んでも、満足する結果が得られればそれでいいと思ってることだ。捨て鉢とも違う。無駄に面倒な覚悟の入れようだ)
それに、試作兵器を使い物にできるのはやはりこの男ぐらいだろう。
トリスメギストスと別れ、軍に捕縛されて以降のフィーニッツの足取りはわからない。それこそ想像の域を出ないが、数日もあればこれぐらいは用意できるということだろう。
「ジャミングを張っているということは、地球との通信を遮断するだけじゃないはずだ。どこかに、奴の乗った船がいるはずだが……!」
しかし、それを悠長に探している状況ではない。
ビームは何とか避けれても、謎の狙撃が恐ろしい。
『艦長さん、僕が前に……!』
ユーキだった。
「馬鹿。この攻撃がフィーニッツだとすれば、お前さんが集中砲火を受ける……いや、待て、だとすればなぜだ。そんな超精度の狙撃が出来て、なぜトリスメギストスを狙わない」
「アロンゾ、被弾!」
「えぇい、じり貧になる。なんだ、この狙撃は……だが、テウルギアだけを狙い撃ちしている気がするが……!」
何かがわかりそうだが、それが理解できない。
このままでは順次狙い撃ちにされるだけだ。さらにそのストレスでビーム砲撃への回避も疎かになる可能性もあった。
『熱源探知狙撃だよ!』
刹那。ロペスの声が聞こえたと思うと、ミランドラの周囲にミサイルがばらまかれ、自爆を果たす。
『なんでもいいから熱を放出して、かく乱するだよ!』
「ロペス艦長!? 脱出をしたのか!」
ミランドラは識別信号を捉える。駆逐艦サヴォナが急速で、接近していた。
なおかつ、要塞から頂戴してきたのか、ミサイルのオンパレードであった。随伴するテウルギアたちもとにかく爆発物を射出している。
「熱源感知で、ここまでの精度を出せるのか? 戦闘もしてると言うのに!?」
『知らないよ。だけど、テウルギアだけをぶち抜いて、トリスメギストスを優先して狙ってないことからそれがしっくりくる。熱源探知狙撃は、目標の姿は見えない。ただ熱量だけを捉えて、それを打ち抜く古いシステムなんだよ。熱がでかけりゃ艦、小さけりゃ艦載機!』
「そういうことか……! だが、それにしたってテウルギア以外にも熱源は」
『頭の良い学者さんがいるんだろう!? なんやかんやしてんだよ、きっと! だからぁ、こうする!』
サヴォナから、一機のゲオルグが射出される。それは不規則に動いているが、爆炎を突き抜けていった。
その瞬間。ゲオルグは狙撃を受ける。
『はっ! 無人機だっていうんだよ。狙撃弾道から位置を割り出しなぁ! ありったけのビームをぶち込んでやるんだ。芋ほりをするよ!』
サヴォナの動きは素早い。
駆逐艦の少ない砲門であっても、それは戦艦主砲である。強烈なビームが彼方へと撃ち込まれた。
爆発は起きない。だが、爆炎が晴れても、狙撃は飛んでこなかった。
『もういっちょ、ミサイルのバリアだ! 言っとくが、あと二回しかできないよ!』
「データリンクをしろ。その情報のありったけを、トリスメギストスに送る! ユーキ、トートを働かせろ、狙撃手を先に叩く。そこに、フィーニッツもいるはずだ!」
あぁ、早く終わらせて、要塞にあるだろう風呂に入りたい。
省吾はそう願いながら、爆炎を眺めた。
『見つけた……ジャミングの向こう側……!』
ユーキが叫ぶ。
『その青いラビ・レーブ……! パーシーさんか!』
トリスメギストスが捉えた機影。
それは、いつぞやとはまた違った機体構成であったが、色合いはパーシーの駆る機体に似ていた。
ガンカメラと一体になった巨大なライフルをそのまま右腕に……否、狙撃銃のパーツとして機体を組み込んだような姿。その周囲には補助用のセンサーも浮遊しているのがわかる。
「あの男も、災難だが……ユーキ! 落とせるか!」
早速、パーシーはまともではない。
ならば、開放する方法は一つしかなかった。
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