世論を味方につけよう。仲間は多い方がいい。正義は我にあり。海賊だけど
ミランドラ艦隊が奇襲を仕掛けた同時の頃。
基地内部が騒がしくなったということは、動きがあったということ。
ジャネットは驚嘆した。
(まさか、本当に攻撃を仕掛けてきた?)
そのまま、逃げるのではないか。
自分は人身御供にされたのではないかという不安がないわけではなかった。
音声の記録データは絶好の脅し文句となり、自分の知らぬところでそれが公開されるなどという憂き目にあうのではないかという恐怖もある。
しかし、今はそれを考えている場合ではなかった。
既に自分は共犯者として、片足どころか全身を突っ込んでいる状態である。
(だが……今の軍の流れがおかしいのは理解しているつもりだ。それに、ニューバランスの悪行が事実だとすれば、それは是正しなければならん)
今の行いを、正当化するようにジャネットは突き進む。
目指すべきは基地司令の私室である。彼が現場で指揮を執ることなどまずない。そもそも、そのような事態がここに配属されてあった試しがない。
たいていは小間使いのような遠征ばかりだ。それが仕事であるから、真面目にこなしてきたが、いざこのように攻め込まれて、指令室に行かないとは、逆に肝が据わっているのではないかと錯覚するほどだ。
人の流れに逆らい、ジャネットは進む。
「失礼!」
ノックもそこそこに、ジャネットは司令の私室の扉を乱暴に開け放った。
すると、中にいた小太りの男は受話器か何かを急いでしまい込み、唾を吐くようにして怒鳴った。
「貴様! なんだ!」
「なんだはないでしょう。敵襲です」
ジャネットはきっぱりと言い放つ。
「そ、そんなことはわかっている! だのに、貴様はなぜ出撃しない!」
「我が艦は損傷激しく、戦闘行動への移行は不可能であると判断しました。故に、指令室にて、指示をと思いましたところ、基地司令殿はそこにいないという事態。これはいかがなものかと思い、お邪魔した次第です」
「こ、これから向かおうとしていたのだ!」
それは言い訳だとわかる。
「……どこに、連絡をなさっていたのですか」
「貴様には関係のないことだ!」
「……」
ジャネットは拳を握りしめた。
「援軍の、要請でしょうか。この基地から近いとなると、いくつか候補の基地はありますが、それでも十二時間はかかりますが。この基地は、辺境ですので」
「ならばこのまま全滅させられるのを待つということかね。それでは困るのだよ」
その言い方だけは正しいものだと思う。
しかし、言葉と実際の行動がかみ合っていなければ、それは滑稽でしかないのだ。
「司令。このような時に聞くものではないでしょうが、それでも気になることがあります。先ほど捕虜収容区画に行きました。私が捕らえた反乱軍の者たちを尋問するべく立ち寄ったのですが、捕らえた者の中にいた、フィーニッツ、パーシーという技術者がいなくなっていました。そのような報告を私は受けていません。護送されたとのことですが」
「今はそのようなことを言ってる場合かね!」
「えぇ、緊急事態ですし、確かに空気は読めていないでしょう。しかし、彼らがいなくなったことと、この襲撃。あまりにもタイミングが良すぎると思いまして。よもや内部のスパイが紛れ込み、この要塞基地を奇襲するように……」
「ありえんことだ! あの二人は元ニューバランスの技術部門の人間! ならば、その取り調べにしても、処罰にしてもニューバランスが行うのが適切である!」
「ニューバランスは軍部の一部門に過ぎない! ましてあのものたちは新兵器を反乱軍に流した連中です!」
この時点で、ジャネットは目の前の男を信用する必要はなくなったと確証を得た。
だが同時に不安要素もある。この男が連絡を取っていた相手が気がかりだ。他宙域の部隊に援軍要請を行っていたのならまだよし。だが、そんな殊勝な男ではないだろう。
となれば、脱出か……それとも。
聞いたところで、口を割るとは思えない。ジャネットは次なる質問へと切り替えた。
「では、司令。指揮を」
「て、敵の数はたった四隻! 押し込めばよかろう!?」
「中央守備隊は奇襲を受け混乱しています。敵は、あえて包囲の厚い部分を抜けてきたのです。同士討ちの恐れがあります」
「か、構うものか! 撃ち落とせぬのか!」
「構うでしょう。戦場で身動きの取れない将兵を見捨てるおつもりですか」
「だ、第一! なぜ敵がここにいる! 貴様、敵は撃滅したのではないのか
!」
「敵の増援でしょう」
今更、そこに気が付くのか、愚か者め。
ジャネットはそう叫んでやりたかった。
だが、それは出来なかった。バタバタと廊下の向こう側から走り抜けてくる音がする。
それらは基地指令部の者たちだ。
「司令! ご指示を!」
「我が方、混乱状態に陥っています!」
「敵のさらなる増援の危険性が……!」
それはジャネットがあらかじめ呼び寄せておいた者たちである。
数刻待っても、司令が来ないのであれば私室に集合するようにと。
藁にも縋る思いで、彼らはここに来たのだろう。
さて、そうなれば、基地司令も逃げることは叶わない。
それと同時に、ジャネットは襟首に着けたインカムにぼそりと指示を送った。
(本丸。掌握。作戦開始)
「こ、攻撃を開始しろ! 敵襲であるぞ! なぜ近づけさせた!」
基地司令は彼女の動きに気が付く様子もなく、一丁前の言葉で叫んで。
しかし具体的な指示は出なかった。
「敵が主砲を向けて、防衛艦隊が動けないなどという事実は恐ろしい! だが、それは同時にチャンスであろう。敵は動きを止めているのなら、撃破できるはずだ! 撃て、撃ち落とせ! 防衛隊は、防衛が仕事だ!」
その刹那。
ジャネットは無言のまま、基地司令の下へと歩み寄った。
その顔に表情はない。
「司令。そのお言葉はつまり」
***
『味方ごと、撃てということですか?』
オープン回線の中に、基地司令とは別の声が混ざる。
それはジャネットのものだった。
『そ、それぐらいの心意気がなければ敵を撃滅することなどできん! 第一、ここまで至近距離に詰められて、無能どもが!』
未だ、自分の声が周囲に漏れていることなど理解していないのか、基地司令の情けない声があちこちに木霊していることだろう。
省吾らは思わず苦笑するしかなかった。
「あー、あー、こちらは宇宙海賊ヘルメス。そちらの基地司令と色々話したいことがあるのだが?」
周囲の部隊を行動不能にしたとはいえ、反撃の危険性は多いにある。
それであっても、省吾は通信を試みた。オープン回線で、自分の言葉が周囲に漏れていることなど気が付かない基地司令は、突然の通信に間抜けなほどの悲鳴を上げていた。
『うわぁぁぁ! なんだ、割り込みの通信か!? 私は海賊などに屈さぬぞ!』
「その姿勢は見事。しかし、味方ごと、我々を撃ち抜こうというのはあまりお勧めしませんな。第一、そのような言葉をオープン回線で口にするとは」
『は? な、なにを……』
『司令。あなたの真意はすでに全部隊に通達するように働きかけました。先ほどの言葉、一言一句。全て。全部隊に流れています』
それはとどめの言葉であったのだろうか。
明らかに、敵の動きに乱れが生じた。中央へと援護に駆けつけようとしていた他の艦艇もぴたりと動きを止め、放送に耳を傾ける。
「おや、お取込み中であったかな。しかし、交渉はさせてもらいたいものですな。私は、何もこの基地を皆殺しにするつもりはない。ニューバランスの圧政を正し、組織の正常化を図りたいだけ。諸君らも、あの放送は見てくれたはずだ。あれは捏造ではない。事実である。いやそれ以前に、君たちは、自分たちを見捨てるような指示を下す男の下で働きたいかどうかをお伺いしたいところだな」
『な、なにを言うか! これは、そう、命がけ。命がけでことに当たれという意気込みである! 私はこの身が朽ち果てるまでここを死守するつも──』
直後。ゴトッという鈍い音が響いた。
「うわぁ、痛そうな音」
クラート少尉が思わず声を上げた。
『……基地司令はご乱心なされた。緊急時故、これより私が指揮を執り、責任を負う。全部隊、武装を解除せよ。あちらの海賊はプラネットキラーを所持している。ここで放たれればこの基地は消滅することだろう。私は、全乗員の命の安全を保障する為、この基地を制圧させてもらう』
***
思わず、上官を殴り飛ばしてしまった。
だが、存外気分がいい。晴れ晴れとした気分だ。
自分の拳に自信が持てそうなジャネットはやり切った清々しい顔で、マイクを取り、通達した。
その背後ではざわつく指令部の者たちがいたが、気にすることはなかった。
ジャネットは振り向き、彼らに、自然なように指示を送る。
「どうした。死にたいのか。重力場に押しつぶされて死にたいのであれば、特攻でもなんでもするがいい。だが、生き残り真実が知りたいのならば、私に従え。何かあっても、全て私のせいだと言えばいい」
そういって、ジャネットはマイクを放り投げ、彼らの間を通り抜ける。
「そこで伸びている男を拘束しろ。味方を背後から撃つような男だ」
それだけを言い残し、ジャネットは指令室へと赴く。
途中、士官の殆どが自分を唖然と見ていた。だが同時に、自らの艦隊に所属する者たちが武器を片手に合流を果たす。
そして。
「これより、当基地の指揮は私がとる。文句のあるものは申し出よ。従えぬというものは離脱するがいい。だがこれだけは言っておく。諸君らは真実を知ることになる。その結果、我らは上から消されることだろう。これより、齎すのは全て真実。先の海賊放送が全て真実であるということだ。我らは国民を守るのが責務であり、国民を殺すことは任務ではない。惑星を破壊するような組織を上層部に頂くことは認められん。あまつさえ、己の家族すら犠牲にするような長を認めるわけにはいかん!」
ジャネットは占拠された指令室に到着するや否や、再び放送を開始する。
「もう一度伝える。従えぬものは離脱するがいい。だが、した先でのような目に合うのかは保障せん。繰り返す。離脱するのであればしろ。そのあとの事は保障しない」
ジャネットの言葉に続くように、いつぞや流れた海賊放送が再び戦場に流れ込む。
「諸君らもこの放送は知っているはずだ。これをただのフェイクニュースと思うのであれば思うがいい! だが、私は惑星ビュブロスへの遠征の際に、所属不明の艦艇がプラネットキラーを自爆させた光景を見ている! その報告がなされていない事実は何を意味するか賢明な諸君ならわかるはずだ!」
ジャネットはもう半ばやけくそだった。
「所属不明の戦闘部隊の配置に始まり、汚点をもみ消すかの如き遠征指示! 我々に仕事を与えて謀殺させるかのようだ。諸君らは、私が魂を売った女だと思うかもしれんが、違う。私は地球軍少佐のジャネットのままだ。それがこのようなことをしたのにも理由があると理解してもらいたい」
演説のただ中、ジャネットの部下が数名、新たなに入ってくると同時に耳打ちをする。
「少佐。八番ゲートにて脱出用シャトルを確認しました。ワープドライブ込み、エンジンの始動も始まっていました。機長は捕らえています」
「ん、よくやった。あの男め、この基地を潰して逃げるつもりだったか」
あとで、このことも伝えれば大きな攻撃材料となる。
しかし、まだ終わらない。省吾は、基地を制圧したら、ぜひともやりたいことがあるとジャネットに伝えていた。
彼女はその約束を守るべく、オペレーターに操作を指示する。
「おい、あの巡洋艦、ミランドラに回線を合わせろ。公共周波数にも乗せれるな」
オペレーターは言うことを聞くしかない。
そうして繋げられた正式な電波による通信は割り込みをかけるオープン回線よりも鮮明な映像と声を映し出す。
画面に映り込むのはミランドラの艦橋。だが、そこにいるのは、省吾らではない。
艦長席の前に立つのは、一人の少女。
そう、フラニーだった。
『地球軍、ニューバランスの者たちに告ぎます。私はフラニー、フラニー・ファウデン。私は生きています。死んだなどというデマを流す理由をお教え願います。繰り返します。私はフラニー・ファウデン。なぜ私は命を狙われたのか。教えてください。お父様。私はここに、こうして生きています。今は地球軍の基地にて保護されようとしていますが、私を襲ったのもまた軍の者です』
フラニーの言葉に合わせて、いつかのシャトル襲撃の映像も公開される。
『私は生きています。生きているのです。死んでなどいません。なぜ私は殺されようとしたのか。教えてください』
その通信は、地球へ向けてのものだった。
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