ねじれこむ戦場、てんやわんやな要塞攻略、海賊はまかり通る

「連絡が来たとは」


 省吾が艦橋に流れ着いた時にはすでにミランドラはいつでも発進できる準備が完了していた。

 破損した対空砲や一部調子の悪い三番主砲の回復は完了していないが、戦闘機動には問題ないところであるという報告を受けつつ、省吾が艦長席に座ると、ケスがコンソールを操作する。


「今より五分前、指向性秘匿通信からです。ジャネット艦長より、招待状が届いています」

「君はどう見る。私としては突入するべきだと思うが?」

「用心するに越したことはありません。ですが、しすぎて動けなくなるのでは意味はないでしょう。どちらにせよ、我らの艦隊は反乱軍を含めて四隻。相手が要塞だとすれば、戦力比は劣りますが、小回りが利きます。要塞から、軍艦を発進させるのは時間がかかりますから」


 むしろ気にするべきは要塞外に駐留待機されている艦艇だろう。

 当然のことならが、基地施設であれば警備は厚い。


「罠であれば、すでに敵艦隊は待ち構えているとみるべきだが……ま、これは行ってみなければだな」

「ジャネット艦長より、ここ……要塞からして南天の方位は比較的警備が緩いという指摘もありましたが」

「では、厚い方角から攻めるとするか。同時に機動部隊は敵艦隊の直上から奇襲。装備を破壊しつつ、要塞の入り口を封鎖という流れはどうだ?」

「危険では?」

「敵の要塞にカチコミをかけるのだ。危険で普通。むしろ警備の甘い個所をついても、プラネットキラーを除いた我々の火力は高くない。周囲の部隊が集結して、包囲される危険がある。それに、ないとは思いたいが、ジャネット艦長が裏切っていた場合を考えると、裏もつけるはずだ」


 結果的にどう攻めてたところで、戦力は足りないのである。

 手薄な戦場を付いたところで、そこでもたついては周囲からの圧力に屈して、各個撃破の憂き目にあう可能性もあった。

 であるならば、あえて分厚い警備網に突入し、同士討ちをさせないように動く方がまだ生き残る可能性がある。

 というのは、浅はかな考えであることぐらい、省吾も理解している。それは、アニメの見過ぎだとすら自嘲する。

 だが、それ以外にまともな作戦もない。仮に、自分が天才戦術家だったとしても、たった四隻の艦隊、十数機の機動兵器で要塞を落とせなどと言われて何が出来ようか。

 どうせ、無茶をするなら、できそうな無茶を選ぶしかない。


「博打ですな」

「海賊行為なんてのは分の悪い賭けだよ。安全牌ばかりは引けんさ……それに、我々は長時間の戦闘が出来ん。とにかく速攻を仕掛ける。トリスメギストスの電子介入機能が使えれば、楽ではあるが、期待をしすぎるのもな」


 トリスメギストスはユーキのいうことをそれなりには聞いているような節がある。

 期待しすぎるなとは言うが、期待をしなければならない。言っていることと思っていることが二律背反であることは重々承知の上で、駒を転がさないといけないのである。

 ミランドラはその設計構造的に、純粋な装甲厚は戦艦並みにある。巡洋艦であるのに空母のような役割も果たせた。駆逐艦ほどではないが、機動性もある。ある意味、海賊をやるにはうってつけの船だ。

 文句があるとすればその見た目の悪さぐらいだが。


「ようし、全艦に発令。これより我々は敵要塞を叩く。戦闘各員は構えろよ。反乱軍の三隻はこちらの動きについてこれると思うか?」


 指示を出しながら、省吾はケスに問う。


「でなければ落とされるだけです。死にたくなければ、ついてくるでしょう」


 ケスにとって、その言葉は最初からあてにしなくてもいいという意味だった。

 省吾も、なんとなくそのニュアンスは理解できたつもりである。


***


 要塞へと帰還したジャネットは己の艦隊の補給を頼み込むと、形式ばった報告ののち、休むことなく要塞内部の捕虜収容区画へと移動した。

 少佐という立場であれば、突然の訪問をしたところで文句は言われないし、何より、現在要塞内部にいる捕虜の全てをジャネットの働きで捕らえたものなので、彼女には尋問などの各種権限もあった。

 それ以上に、彼女の仕事振りを要塞の、少なくとも下士官は尊敬しており、それぐらいの融通は通してくれるのである。


「ありがとう。ところで、捕虜の中で、護送された人はいるのかしら?」


 警備を担当する下士官にふわりとした笑みを投げかけながら、ジャネットが聞くと、まだ少年兵ともいえる士官は敬礼の後、答えた。


「ハッ、元ニューバランスの士官二名が出ています。ニューバランス所属故、処罰はそちらで行うと……報告はされていると聞きましたが?」

「こっちはついさっきまで戦場にいたのよ。ありがとう、通るわね」


 と、和やかに答えたが、その実、ジャネットは呆れていた。

 ここまでわかりやすく情報がせき止められていては、疑うなという方が難しい。

 やはり、上は上で、面白くないことをしているようだった。

 

「……ここね」


 データを頼りに、ジャネットが向かったのはロペス艦長が入れられている独房である。廊下には他にもいくつかの部屋があるが、それらも駆逐艦サヴォナのメンバーがいる。同時に、ビュブロスで彼らに協力をしていたという事で一緒に逮捕したビュブロス警備隊のメンバーも数人。


「……ロペス艦長。聞こえているかしら」


 件の独房につくやいなや、ジャネットは中にいるであろうロペスに語り掛けた。


「監視員はいないわ。私の権限で遠ざけたので」


 一時的に、脱走監視の兵士を遠ざけるだけの権力もある。

 極秘の取り調べを行うとでもいえば、少佐に逆らえる下士官はいない。


「これより、あなたの仲間たちがこの要塞を襲う。それと、あなたたちの駆逐艦は六番区画に停留させたあるわ。それなりに警備がいるから向かうのであれば注意して。それと……宇宙海賊からの伝言よ。なるべく人殺しは避けるようにと。それじゃ、私は、伝えることは伝えたから」


 ロペスからの返事はなかったが、中にいることだけは確実なので、あとは彼女たちがどう動くかである。

 省吾たちが到着しだい、この捕虜収容区画のロックは解除されるように動くつもりだ。

 が、やることはそれだけはない。基地司令を拘束する必要もある。それと同時に、フィーニッツ博士の行方も調べておきたいところだった。

 下士官の言っていた、運ばれたニューバランスの士官とは十中八九、フィーニッツとその部下であることは間違いない。

 それに、部下の妙なテンションの高さにも、何かあるのかもしれない。


「私たちにその報告がないまま、無理やり部隊に組み込んできた。あのパイロットが何をされたのかはさておいても、やはり、いなくなっているのはどういうことかしらね」


 ロペスの次は、フィーニッツ博士の様子もと思って確認しても、独房はもぬけのから。部下の男の姿もなく、これでジャネットは宇宙海賊とかいう男の言葉が嘘ではないということを理解する。


「……だとすれば、こちらに無理やり配属させたり、身柄がどこかへと消えるのはつまり……」


 それも言う通り、あの二人……特にフィーニッツとかいう男が上と繋がっているというのも事実であるということだ。

 ジャネットは大きく溜息をつきたかったが、それは我慢した。

 こんなことで露骨に態度を変えては怪しまれる。

 次に、ジャネットは基地司令の下へと向かわなければならない。最終確認をするためだ。

 そこで、質問をはぐらかされたり、嘘を答えられたら、それは……ジャネットが組織を見限るだけの話である。


「クーデターが始まったら、真っ先に殴ってやるわ」


 ぼそりとつぶやき、ジャネットは捕虜収容区画を後にした。


***


 それから……果たして三時間後のことである。

 要塞基地は慌ただしくなった。突如として、ワープ反応が検出され、防衛部隊にスクランブルがかかる。外に停留している艦隊も慌ただしく戦列を整え始めていたが、その動きは緩慢である。


 もとより辺境の基地。大規模な戦いもないまま、部隊だけは延々と演習を行うだけの場所。それゆえ、本来であれば練度は高いはずだが、実戦の少なさがその高まった練度を腐らせる。

 体は動いても、頭の切り替えはうまく行かないというわけである。

 だからこそ、突撃してくる四隻の艦隊を相手に、まともな発砲も出来ないまま、至近距離にまで攻め込まれるのである。


「いいか! 敵艦隊の相手は機動兵器隊に任せろ! 我々の仕事は要塞の出入り口をふさぐことにある! 中に閉じ込めてしまえば、これ以上敵が増えることはない! ゲートに直撃させるな。ふさげればそれでいい! わかったら、主砲斉射! テウルギア各機は、敵艦隊の推進機能を潰せ!」


 近距離ワープからの奇襲は今のところはうまくはまっていると言える。

 直進するミランドラたちは機銃掃射だけを行い、敵艦隊のど真ん中へと特攻をかける。あわや衝突寸前まで主砲を撃たないのは誘爆を恐れてと、少しでも推進機関にエネルギーを回す為。

 ミランドラ艦隊が部隊のど真ん中を突っ切ると、要塞防衛部隊は急ぎ回頭をしなければならないが、頭上からの次なる奇襲への対応が果たせなかった時点で負けなのである。


『エンジンはライフルで打ち抜け。そうすりゃ、回頭も前後への動きもできんくなる! 誘爆をさせるなよ、密集した艦隊ではそれが一番怖い!』


 マーク率いるテウルギアの動きも素早い。次々と艦隊の動きを止めていく。

 それだけで、防衛部隊の展開は意味をなさなくなり、直掩のテウルギアが出動しても、身動きの取れない母艦たちを人質に取られれば攻撃はやすやすとできない。

 味方からの援護を期待しようにも、やはり動けない部隊が邪魔になり、砲撃は飛んでこないだろう。


『基地司令! 指示を願う!』

『こちら行動不能。援護を!』


 そうなれば、基地防衛隊は混乱するだけである。

 さらにトドメとなったのものがある。


『こ、攻撃を開始しろ! 敵襲であるぞ! なぜ近づけさせた!』


 それは要塞よりオープン回線で聞こえてくる司令官のひきつった声であった。


『敵が主砲を向けて、防衛艦隊が動けないなどという事実は恐ろしい! だが、それは同時にチャンスであろう。敵は動きを止めているのなら、撃破できるはずだ! 撃て、撃ち落とせ! 防衛隊は、防衛が仕事だ!』


 それは、動けなくなった友軍を見捨てろという言葉にも聞こえた。

 なぜ、そんな声が艦隊に、いや戦場に届くのか。

 その理由は簡単である。


『いいぞ、トリスメギストス……そうだ、ライフルやビームを撃たなくても、敵の動きを止める方法はある』


 トリスメギストスの電子ネットワーク操作は、確かにテウルギアや艦艇の操作権を奪うことができる。しかし、大量のシステムを掌握するには、まだAIの成長は完了していない。

 ならば、別のものを支配すればいい。

 それこそが、要塞のネットワークであった。さらにそこから的を絞ることで、トリスメギストスの成長途中のシステムであってもスムーズに侵入を果たす。

 それは……通信回線であった。

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