自分の預かり知らないところで動く物語
トートが随分と大人しいことに疑問を感じたユーキはまさかと思い、トリスメギストスを起動させ、このメカ猿が何をしでかしているのかを知って、ついにこの時が来たのかと顔を覆いたくなった
「このやろっ! いつかはやると思ったけど!」
「ヴィヴィヴィ!」
コクピットのメインモニターに表示されたのは、何かしらの設計図であった。
パッと見れば、それはトリスメギストスの強化プランであることがすぐにわかる。トリスメギストスは見た目こそ派手であるが、その実、本体部分はずいぶんと華奢であり、先の戦闘でも殴り合いを演じれば、逆に自分の腕がへしゃげるという事態に陥っていた。
現在、トリスメギストスは突貫の修復作業が行われており、表面装甲はまだしも破損した右腕に関してはマニピュレータを作り替えるという時間がないという事で、右上腕部分は全体の荘厳な見た目にはミスマッチなラビ・レーブの腕がそのまま移植されて、申し訳程度の盾が装備されていた。
「お前、まさかと思うけど作ってないだろうな」
「シザイナイナイ。コウジョウヨコセ」
「うるさい。勝手にミランドラの資材使ったら本当にスクラップにされるからな」
「ヴィー!」
とは、たしなめて見るものの、こいつが何を作り出そうとしていたのかは正直気になってしまうものである。
多くの人たちが恐れたトリスメギストスの真価。自己増殖機能に連なる改良提案。機体を構成するナノマシンは整備の手間をある程度までは緩和するが、絶対の機能ではなく生物のように爆発的な増殖はしないとのこと。
機体複製も、どこか設備の整った工場で一から生産しなければならないという手間というか、進化の至らない部分はある。
しかし、トリスメギストスはトートを生み出したという。ある日、突然と。それを考えれば、このマシンは何をしでかしてもおかしくはないのだ。
「……装甲強化案? またこいつは、そういう戦い方面の進化を」
細かくデータを確認してみなければいけないが、ユーキとて機械知識のある少年で、設計図が何を描いているのか、ある程度は把握できる。
トリスメギストスの示した改良プランは、脆弱な己の防御力を向上させる為のものだというのがわかる。
肩部及び腰部の、特徴的なローブタイプの装甲はそのままに、四肢と頭部に増加装甲を盛り込み、特に両腕部には先の破損へのトラウマでもあるのか、ずいぶんと肥大化した装甲が組み込まれていた。
それが何なのかはちょっと理解できなかったが、少なくとも殴り合いで使うガントレットやメリケンサックのようなものでないことだけはわかる。
(というか、見た目は違うのに、どこかパーシーさんが使っていた改造ラビ・レーブを思わせる。模倣は創作の始まりって何かで見たことあるけど、こいつ、そういうことなのか。あれが、トラウマになると同時に強烈なインスピレーションを与えて、真似しようというのだろうか)
「こらぁ! さっきから呼んでるんですけど!」
「うわっ!」
意識の外からピリリとした声が聞こえると、ユーキは無意識のうちに背筋を伸ばした。
視線を上げると、そこには呆れた眼差しのアニッシュが両手を腰に当てた姿で、じっとこっちを見下ろしている。
それだけではない。無重力ということもあってか、彼女のすぐそばにはパッケージングされたハンバーガーとスポーツドリンクの入ったボトルが浮いていた。
それはパイロットに支給される軽食で、こう見えてかなりの高カロリー食らしく、食堂に置いてあるものとはまた別の食事なのだという。
「ごはん食べろってマークさん……隊長が言うから、こうして持ってきたのに、あんたはふらふら~っとこれに乗り込む。とり憑かれてないでしょうね」
「いやいや、そんなオカルトなことがあってたまるもんか。ただ、トートの奴が大人しくしてて……何か良からぬことを考えているんじゃないかって思っただけ」
「ふーん。で、成果は?」
アニッシュはその場で食事を始めるようで、ユーキの分のハンバーガーとドリンクをコクピットに押し流しながら、自分もなぜかコクピットに入って、モニターを覗き見た。
「設計図。こいつ、何か考えてるようだよ。さすがに隠れて作っている様子はないけど」
ユーキは流れてきたドリンクをまずはじめに飲んでから、説明をした。
「設計図ってのはわかるけど、具体的に何がどう描いてあるのかさっぱりね」
「そりゃそうだよ。まだこいつの頭の中にしかないんだと思う。ただ、これを考え始めているってことは、こいつはパーシーさんが言うように、自分で進化しようとしてるってことだ」
とはいえ、機械が勝手にものを設計するという構想それ自体は旧時代からなくはない。そういう意味では、トリスメギストスのこの改良図案は進化というよりはやはり模倣なのだろう。
だが、見方を変えれば、猿だったものが、人間並みの知性を得て、それを想像しているとすれば。その成長スピードは速いと思う。
機械であればもっと早いかもしれない。だが、トリスメギストスは……トートは機械でありながら生物的な感性を持っている気がする。
それなら、完全な機械よりも遅くて当然だ。しかし生身の人間よりは、やはり早い。
「こいつ、結局のところ、何がしたいんだ」
マシンが心を持つというのはテレビの世界だ。
しかし、事実持ち始めてしまったら、それは何を目指すのだろうか。機械が反乱を起こす? それは少しアニメ的だ。
「何がしたいんじゃないなくて、何が出来るかを試してんじゃないの?」
そのアニッシュの言葉はある意味では的を射ている。
パーシーも言っていた気がする。とにかくこいつは自分の性能を試そうとしてる。面白いものがあるから使ってみて、反応を見る。そんな子供のような感情。
その中に冷徹な機械の、問題点と改良点を模索する頭脳がある。
だから勝手に色々と始める。
「機械が、周りを見て学習するってのは大昔のAIからずっと、できてたことだけど、こいつは、それをやっているのだとして、じゃあ作った人は、博士は何をさせたいんだろう」
「そんなのわかるわけじゃない。あんな頭のおかしい人たちの考えなんて、理解しようって思う方が無茶なのよ。してやる意味、ないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。気にならないの?」
「全然。少なくとも、あの博士とか、ファウデンとかいう総帥の言ってることとかは理解してやる必要はないかなぁって。フラニーには悪いけど」
そう。確かに何でもを理解は難しい。
「それに、この機械も何考えてるか、ホント分からないけど、お猿さんならしつけも必要でしょ。それに、進化とか成長とかちょっと理解追い付かないけど、機械が人間みたいに感情を持つって言うのならなおさらじゃない? 子供に善悪を教えないまま成長させたら、サイコパスになっちゃうわよ、多分」
アニッシュの最後の言葉は実際の心理学を学ばないと分からない話だが、最初の方のいい分はなんとなく理解できる。
しつけは確かにいるかもしれない。思えば、自分はトートを叱りつけて、トートはそれを守った気もする。
あの時は緊急事態で、自分でも意外なほどに声を荒げたような気もした。
そして、今の設計図構築もそれが起因しているのかもしれない。
そう思いながら再び設計図を見ると、さっきまでは理解が追い付かないはずのものが、少し意図が見えてくる。
この改良案は、武器の増設などは考えられていない。身を守る為の装備が殆どだ。と、なれば両腕の肥大化ユニットはバリアー発生装置という可能性もある。
「保守的になったってことか?」
自分の身を守ることを優先し始めているのかもしれない。
しかし、相変わらず本能に従い自分の性能テストを続ける。だから防御を固めたと考えれば、無理やりでも筋は通った。
「また考え事に集中してない? ごはん食べなよ」
「あ、ごめん」
そういわれて、ユーキは自分のハンバーガーがどこに行ったのかを探した。無重力の中で漂い続けているのを放置していたのだ。
首を回して周囲を確認しようとすると、すぐそばにいたアニッシュの顔面と自分とが随分と至近距離にいることに気が付いた。それこそ、鼻先がくっつきそうな距離。
ふと、その瞬間。自分は彼女の顔をこんな間近で見ることがあっただろうかと思った。と、同時に鼻孔をくすぐるのは彼女の匂い。
「何よ。あんたのハンバーガーはこれ」
帰ってくる言葉がこれである。一瞬、どきりとした自分が情けない。
「あら? キスをするわけじゃありませんのね?」
「はぁ!?」
そんな状態にとんでもない爆弾を落としてくるゆるふわな声が聞こえると、アニッシュも自分がどういう状態でいるのかを意識したらしい。まさか自分が、異性と体を密着させて、あまつさえ顔が至近距離同士にあったことを知ると、そりゃ意識もする。
「だって、そんなに見つめあって。嫉妬します」
ずいっとコクピットの中に入り込んでくるフラニー。ほのふくよかな体が近づくと、ユーキは初めて彼女と会った時のことを思い出してしまう。
「こら! すけべ!」
何をやっているのだと言わんばかりに、アニッシュがぺちりとユーキの頭を叩いて、次いで乗り込んでくるフラニーを押しのけようと間に入る。
「あんたも、何入ってくるのよ。狭いでしょうが!」
「よろしいじゃありませんか。私、戦闘が続いて怖いですし? 少し慰めてもらおうかなと」
「ふざけるな! 余裕かましてる顔してるでしょうが! こっちは真剣な話してたの! キスとか、そういうのはない! そういう関係でもない!」
「じゃ、ユーキさん、私とお付き合いします?」
「何よこの子、話が通じないし、話が飛ぶんだけど!」
このように騒がしくもなれば、他のパイロットや整備員たちも何事かと上を見上げることになる。そしてそれを仲裁するのが部隊長の仕事であった。
「テメェら! 元気そうだな! 弾薬を運ぶ仕事に割り振るがそれでもいいのなら続けろ!」
がなり声をあげるが、本気の声ではない。
一応の体裁もあり、マークが床を蹴って、ユーキ達の下へやってくる。声とは裏腹に、その顔は面白いことをからかってやろうという笑みが浮かんでいた。
「言っておくが、俺たちは軍隊じゃないとはいえ、現在は戦闘準備中だ。気を緩めてもらっては困るな? あぁ?」
おそらくこの口調は、素というか染みついたものなのだろう。
荒っぽく、どこか挑発的にも聞こえるが、声音は笑っていた。
「お嬢さん、あんたもです。ここは一応は艦の中だ、そう好き勝手、忍び込まれちゃ俺たちも仕事が出来んというものだ。それに、スクランブルになって、機体にぶつかったら、あんた、下手すりゃ死んじまう。そういうのが起きますと、俺に責任がかかってくるものでね?」
「なるほど。それは確かに可哀そうではあります。では、ここは一端退くとしましょう」
「その方がよろしい。男と女の関係は押し合いだけじゃなので」
「心得があるので?」
「いえ、全く。このような仕事をですので」
「そう。それでは、ユーキ、生きて戻ってらしてね。私の命を救ってくれた恩には、私も報いたいので。アニッシュも」
そういいながら、フラニーはにこにこと手を振って流れていった。
パッと切り替えるフラニーはさておき、アニッシュの方はもう恥ずかしいという感情が噴出しているのか、うつむいている。
「おら、お前たちも仕事をするなら、仕事で取り組め。仕事をした分だけ、俺たちは生き残る確率が上がる。特に、トリスメギストスとかいうスーパーマシンの調整はやっておけよ、小僧」
「もちろんです、中尉。ほら、アニッシュも……」
「わかってるわよ! 整備、手伝います!」
アニッシュはまるで逃げるように去っていく。
それは、少し寂しいものだが、生き残らないとそれも味わえない。
入れ替わるようにして、マークがコクピットを覗き込む。
「ふん? まぁ、言ったことを撤回するようだが、余裕があるのは良いことだ。お前、面倒が終われば軍に入るか?」
「お断りします」
「給料だけは良いのだがな?」
「命がいくらあっても足りません。それに、スリルを味わうのは好きじゃないんです。今は、やらないといけないからやっているだけで」
「そうかい。んじゃま。さっさと面倒を終わらせられるように、このマシンを何とかしろよ。なんかこう、都合のいい兵器とか作れないのか。パイロットを洗脳するとか」
「怖いこと言わないでください。こいつなら、本当にやりそうなんですから」
「はっはっは! そうなったら人類はおしまいだな」
ユーキは、それがマークなりのジョークであると受け取った。
離れていくマークの背中を見送りながら、ユーキは考える。
「……洗脳とか怖いことは嫌だけど、機械のハッキング性能ぐらいは上げたいよな。それだけでも、戦いはぐっと楽になるんだし。おい、トート、平和的に色々とするって学習はできのか?」
そんなことを聞いても、トートは首を傾げるだけった。
「まだそんな知能はないか」
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