フラグを立てまくればむしろ怖くないと思っているけど、フラグの立て方がわかりません

「ま、全く、お嬢様も奔放さには、振り回されてしまいますね……!」


 フラニーが出ていった直後に、ユリーは一人だけ慌て始めて、意味もなく身振り手振りしたり、何か掃除でもしようとしてやっぱりやめたりと愉快だった。

 が、その実、省吾も実は焦り始めていた。はじめのうちは疲れと緊張でぼうっとしていたので受け流していたが、冷静に考えると、フラニーはものすごい爆弾を投下していったのだ。

 それ以前に、省吾とてそこまで鈍感ではないという事である。


(いや、しかし……いざそういわれると、恥ずかしくなってくるんだが)


 ユリーが、果たしてどういうわけか、自分に好意を抱いている。それが、極限状態における混乱から生じたものなのかどうか、今はその論議をするつもりはない。

 吊り橋効果で長続きしたカップルはいないとかそういうどうでもいい話は無視するべきだ。


(って、なんでお付き合いできる前提でいるんだ、俺は。というか、ユリーも落ち着いてほしい)


 あっちが恥ずかしがって、態度を露わにされるとこっちだってどうしていいのかわからない。なんせ、女性とお付き合いしたことのない男だ。ここで、立ち上がり抱きしめるとか、手をつなぐとかそんなロマンチックなことはできやしないし、やろうという考えがまず浮かばない。

が、お互いにあたふたとするのは時間が経てば鎮まる。それは、それでまた気まずい雰囲気が流れるわけだが。


「あの、ユリーさん?」

「はい!?」


 沈黙がさてどれだけ続いたか。

 省吾は視線を泳がせながら、ぼそぼそと口を開いた。


「と、とりあえず……何か、飲み物でも? 紅茶はもう少し、落ち着いてから……インスタントのコーヒーを飲む時間ぐらいはあるでしょうし。コーヒーは、大丈夫で?」

「え、えぇ……はい、ありがとうございます。あ、私が準備いたします。お疲れでしょうし」


 いくらてんぱっても、侍女という仕事をこなしてきた人だ。体に染みついた行いというものがある。彼女はてきぱきとカップを並べて、粉コーヒーをお湯で溶かす。

 こんな未来でもインスタントのコーヒーは粉なのだなと思う。そう時間もかからずに用意された。


「インスタントでも、おいしく淹れる方法はございますが、それはそれで時間もかかりますので……」

「いや構いません。軍艦ですからね、お湯だって共有のものです。ろ過、浄化システムだけはピカイチですよ」

「そのようですね。変な臭みもありませんでした」


 一度、コーヒーを飲んで落ち着くとお互いに余裕が生まれる。

 といっても、やはりどこかしらよそよそしいのは変わらない。

 省吾はもう一口だけ飲んで、なんとなくユリーを見る。眼鏡の才女。まさしくそういう姿だの人で、美人なのは間違いない。それに、なんというべきか、スタイルもいい。

 基本的に無口というか、必要以上は話さない性格なのか、侍女という役割の中であえて言葉数を少なくしているのか、それはわからないが、彼女は静かな佇まいが基本だった。

 それが、あんな風に慌てるのは確かにギャップがあるのかもしれない。


(まぁ意外と……俺の好みには合致してはいるんだよな)


 若い少女というわけでもない。かといって中年と呼ぶには失礼である。

 大人の女性。それが一番しっくりとくる。


(戦場なんていう非現実的な環境じゃなきゃもっと余裕が持てただろうに。絶賛巻き込んでいる俺が言うのもあれだが……)


 何度も言うようだが、降ろすわけにもいかないし、それはユリーとて理解している話であろう。


「やはり、慣れませんか」


 省吾はじっとうユリーを観察していたふと気が付いた。彼女はまだ一口とコーヒーに手を付けていない。

 かすかに手は震えているようにも見えた。

 恐怖を抱いているのは目に見えていた。


「あ、申し訳ございません」

「いえ、当然の反応です。それが普通なのです」


 冷静に考えれば、この状況で普段通りをできているユーキたちの方がおかしいのだ。特にフラニーはメンタルの立て直しが素早すぎる。結果的には父親との殺し合いに発展しているというのに、出会った当初の空気を保ち始めていた。

 自分のやるべきことを理解しているのは心強いのは確かであるが。

 それに対してい、ユリーはいまだに恐怖というストレスに苛まれているのだ。

 だが、それを責めることはできない。これが普通なのだ。


「これから、軍の基地に奇襲をかけます。うまく行けば、小規模な戦闘で済むでしょう。もちろん、最悪の場合は大きく砲火を交えることになります。一応、それだけはお伝えして、覚悟の準備をしてもらいたいと思いますが……すみませんね、酷なことを言うようで」

「……いいえ。いいえ、わかっています。戦闘では、私はお荷物ですから。お恥ずかしい話ですが、さっきの戦いでも、私は……ここで振るえているしかできませんでした」


 ユリーはぽつり、ぽつりとつぶやくように、自嘲するように語りだす。


「正直を言えば、なんでこんなことに私が巻き込まれなければいけないのか、わかりません。私は、旦那様からお嬢様の教育とお世話を任されただけです。軍の事も、政治の事も、わかりません。ただそのように仰せつかり、その通りにしていただけなのに……」

「その通り。あなたは悪くないさ。だが、そうやって真面目に働いている者を、己の野心の為に利用する連中がのさばっているのです。それを、何とかしなければいけない」


 自分たちの都合で巻き込んで置いて、自分たちの都合で殺しにやってくる。

 それを受け入れろというのは、どだい無理な話である。

 ある意味、彼女だけが民間人なのだ。普通の人間なのだ。恐怖で押しつぶされないうちに、何とか長期の休みを取れるような環境を作ってあげなければならない。

 皆が、主人公のようなたくましい精神を持っているわけじゃないのである。


 しかし、であるならば彼女はずっと、戦闘が終わるまで放置するべきか。

 それも違う。省吾は思った。それは問題の先送りであり、今手ほどきするべき問題をないがしろにしているだけなのだと。

 自分は、結果はどうあれユーキという少年を鼓舞した。それが今の前向きな彼を作ったのかもしれないし、マークたち以下部下の信用も得ているはず。

 彼らが愉快だと思うような突拍子のないことを、思い返せばやり続けてきたが、それは全て戦いに関する話だ。

 普通の、生活に関わる話は、してこなかった。


「……ユリーさん、あんた寝てないでしょう」

「ね、寝る!?」


 なぜ急に飛び跳ねそうになったユリー。

 なにをしているんだと思った省吾であったが、即座に理解した。


「や、休んでいないでしょうと言ったのです」

「え、あ、あぁ、はい。そうですね、はい。すみません」


 ユリーはまたあたふたとし始めて、ほつれてもいない髪を直したり、眼鏡をかけなおしたりと忙しい。


「眠れて、ないです……」

「それはいけない。睡眠は大事です。そりゃあ、怖いかもしれませんが、体のバランスを崩すと余計に精神に負荷がかかります。侍女という仕事をしていれば、それぐらいはわかるでしょう? 仮眠でもいいですから、少し休んだ方がいい……私も、その為にここにいます」

「それは、そうですが。すみません。やっぱり、怖くて。自分が眠っている間に、この船が落とされでもして、それで……」


 と言いかけて、ユリーは自分がまた失礼なことを言っている気がした。

 なので、慌てて口もとを抑えて、省吾を見やる。


「……? ジョウェイン艦長?」


 すると、返事は帰ってこない。

 よくみれば、目の前の男は座りながら、泥のように眠っていた。


「こ、この人……」


 ユリーはなぜか、思わずカッとなった。

 自分が思いの丈をぶちまけているのに、この人はあろうことか眠っている!

 なんて人なんだろう!


 そう思いつつも、今までの戦闘などを思えば、それは無理らしからぬことだったのかもしれないと思う。

 艦長という業務がどれほどのもので、軍人がどれほどの疲労を抱えるのか、ユリーは知らない。軍人なんてみんな怖い人達というイメージしかないし、野蛮だと思っていたからだ。

 それは今でも変わらない。一度抱いたイメージが覆すのが難しい。何より自分たちはその軍人から命を狙われた。

 だが同時にその軍人だった男たちに今は救われて、流れ流れて彼らと一緒に戦争を始めている。


「わけがわからないわ……どうして、こんなことになってしまったのかしら」


 中身が残ったカップを覗き込み、ユリーは溜息をついた。

 そして一気に呷る。それがマナー違反であることは重々承知していたが、構う事はなかった。

 そして再び眠りに落ちた艦長の男を見て思う。


「そんなに、冴えているわけじゃないけど……」


 似合わない口ひげ、無理やり形作られた若い髪型。ヨーロッパ風の顔立ちなのは間違いないが、彫りが深いわけでもない。

 ハンサムではないのは確かだ。ともすれば箸にも棒にも掛からぬというべきだろう。

 しかし……この人は、今、とても頑張っているのがわかる。

 自分たちを、気にかけてくれているのは理解できる。

 襲われた自分たちに対して、本気で怒りを見せ、復讐を果たしてくれると言っていた。そしてその通りの事をしている。

 そんな崇高なことをやるような男には見えないが、行動は示していた。


「……いやね、私。どうしたっていうのかしら。あの子の言葉を真に受けてるのかしら」


 フラニーのジョークを思い出してしまう。

 自分がこの男に恋をしているというのだ。ユリーとて、恋の一度や二度はしてきたつもりだが、果たしてそれと今のこれが同じかどうか、ちょっとわからない。

 正直、冴えない男だ。

 でも、やはり……。


「この人の行動に嘘はないと思う」


 口から出てくる言葉の殆どは勢いに準じたものな気がしないでもない。

 だが、愚直にそれを守ろうとして、やりすぎなほどに駆け巡っているのも本当だ。

 それは、純粋に凄いことなのだ。

 ならば、その姿は好ましいようにも見える。


「だけど……」


 女を前にして、ぐーすかと眠りに落ちるというのは、どういう事だろう。

 ユリーははぁと溜息をつく。そして首を横に振る。

 何を期待したのだろうか。ユリーは払しょくするように艦長室の仮眠ベッドから毛布を持ち出して省吾にかけてやる。

 そして空いたカップを片付けて、簡単に洗い流し、片づけを始めた。

 しかしそれすらも終わるともうやることがない。部屋の主はまだ眠っている。


「……眠れと言われましても」


 ぶつぶつと言いながら、ユリーは意味もなく省吾の向かいにもう一度座る。


「……のんきな顔」


 口をあけて、彼は眠っていた。

 その顔は、なんだか、面白かった。

 ぼんやりとその顔をみながら、ユリーはどこか落ち着いた自分がいることに気が付いて、そして……ゆっくりと眠った。

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