むかつく上司を一発殴る為に名乗りを上げろ、我らは宇宙海賊だ
もしもである。もしも、ファウデンが実の娘を殺してまで成し遂げたいことがあるのならば、それは認めるわけにはいかない。
逆に、ファウデンがこの事実を知らぬとすれば、それはそれで問題である。部下のコントロールを放棄した責任問題に発展するのだから。
真実はどうあれ、省吾の中で、ファウデンという男の評価は地に落ちた。かつては優秀であったのかもしれない。娘を溺愛する親であったのかもしれない。
だが、もはやそんなことはどうでも良い。
今この瞬間において、この男を許しておく必要性がなくなったのだ。
「どいつもこいつも……好き勝手するのは構わんが、他人への迷惑を考えて行動はできないのか……あまつさえ、家族だぞ。こ、こんな無責任があるか……!」
省吾は、確かに独身だ。ジョウェインも独身である。
妻を持ったことも、子を持ったこともない。それでも、親が子に対してやってはならぬことがある。
今回の事件に関して、ファウデンがどこまで関与しているか、それは確かにわからない。
だとしても、十分だった。省吾にとって、ファウデンという男は一発ぶん殴らないと気が済まない男に成り下がった。
勝手な判断かもしれない。だがそれがどうした。実の子を、危険にさらした時点で親の責任を放棄したも同じだ。
こうなることを予測できなかった時点で、組織のトップになる器はない。
「何が秩序だ。何が平穏だ。何が平定だ。理想だけは達者な老人の狂言に振り回さっるのはもう御免だ!」
最初は生き残る為だった。その為に勝ち馬に乗れるかもしれないルートを選んで、慣れない腹芸をして、気が付けば今はこんな状況にいる。
しかし、それでも、今は自分なりに目的が持てたと思う。そのきっかけが、出会ってすぐの少女の境遇に同情したからというのはいささか、根拠に乏しく志としても低いかもしれない。
だが、十分だ。ニューバランスという組織の横暴が、巡り巡ってこのような醜態を晒すなら、結局は誰かがそれを正さなければならないのだから。
「自分の子の面倒を見れない親が、他人を面倒見切れるわけがないだろうが! 親になったことのない俺ですらわかる話だ! 人を導く奴が、一番やっちゃいけないことだろうが!」
もはや省吾はジョウェインを演じることすら忘れていた。
今までも、そういう場面はあったがもはや気にしない。
省吾は侍女の肩を再びつかんだ。びくりと侍女が振るえる。
「ファウデンにはこの責任はきっちりとつけさせてやる。あんたやお嬢様に土下座で謝罪をさせてやる。約束だ」
「え、あ、はい……」
侍女はきょとんとしていた。
「さぁ、もうどうなるか俺も想像できん。だが、やるべきことの一つはわかった!」
***
ユーキとアニッシュが、フラニーを見つけたのは居住区画と戦闘区画の境に位置するゲート近くだった。そのそばに備え付けられた簡易ベンチにうつむきながら座り込むフラニー。ゲートが開けられないので、そこに座るしかなかったという感じだろう。
「あの……」
どう声をかけていいのかわからないのに、思わず話しかけてしまったのは無意識の行動だ。落ち込んでいる女の子を、どうにかして励まさないといけない。そんな先走った優しさのせいだ。
「あ、ごめんなさい。突然、走って……でも、その」
凛としていた少女の姿はそこにはない。
それでも気丈にふるまおうとしているのはわかった。
ユーキはその時初めて、この少女の事がまだよくわかっていないのだなと思った。それは当たり前のことかもしれないが、彼はフラニーがしっかりとした少女なのだと勝手に思っていた。艦長とも対等に話をしていて、緊急事態だというのにどこかふわふわとしていて。
でも、それだけではないのだと今の姿を見て思った。
なぜならば、彼女は実の親に……そこまで考えて、ユーキをかぶりを振った。まだそうと決まったわけではないと。だが、そんな気休めを言えるわけもなかった。
「その、なんていうか……なんて言っていいかわからないけど、大丈夫?」
ユーキがひねり出せた言葉はそれだけだった。
「あのね、もちょっと言葉ってあるでしょ」
そんなユーキを見かねたアニッシュが肘で小突き、小声で耳打ちをしてくる。
「そんなこと言われても、どういっていいかわかんないよ。アニッシュは、どうなのさ」
「どうって……そりゃあ……そうね?」
親に殺されかけたのかもしれない、という少女に対してどう言葉をかけていいのか、それがわかる者などいやしない。慰めの言葉をかける以外の方法を二人はわからない。
「あはは」
二人が右往左往していると、フラニーが小さく笑う。うつむいたまま、乾いた笑いがあった。
「自分が、世間知らずだと痛感しました。父が、嫌われていることは知っていましたが、私はそんな父の権力の下で、穏やかな生活を送っていました」
フラニーは自嘲するように、言葉を続けた。
「軍隊のお仕事です、恨まれることぐらいはあるだろう、政治をしていれば反感を買うこともあるだろうと、それは当然の事で、受け入れなければいけないと思っていました」
「いやいや、受け入れちゃ駄目でしょ。あんた、自分の人生でしょ。それじゃなによ、親から酷いことされても仕方ないで済ませるつもり?」
この場面で、思っていることを口にできるアニッシュという少女は強かった。
「こんな目にあわされて、お父さんは偉い仕事してるから、仕方ないわとか、ちょっと悲劇のヒロイン気どりすぎ。そんなこと言い出したら、あたしは両親が小さい頃に死んでるわよ。そっちの方が悲劇だわ」
「アニッシュ、それ比べるような話じゃないから! 空気読んで!」
さすがに話の筋が変わってきそうなので、ユーキは慌てて突っ込みを入れた。
「うるさいわねぇ、どうせあたしの人生は彩が少ないわよ。でもね、言いたいことはいってきたし、やりたいことはやってきたわ」
「まぁ、アニッシュがそういう性格なのは知ってるよ。僕も随分振り回された」
「なんですって?」
じろりとアニッシュが睨んでくるので、ユーキはそそくさとフラニーのそばによって、しゃがみながら視線を合わせる。
「まぁ、その、アニッシュの言ってることって極端で、無茶苦茶なんだけどさ。多分、間違いじゃないと思う。君のお父さんが、何をしようとしてるのかは僕たちには全く理解できないし、正直、故郷が襲われて、その命令を下した人だから、最悪なイメージしかないけど……でも、君は言ったじゃないか。お父さんは自分を溺愛してるって。だったらさ、確かめてみよう。私は生きているって、どうしてこんなことになったのかって知りたいだろ?」
「それは、そうかもしれませんが……」
「もしかしたら大きな誤解があったのかもしれない。本当は、お父さんも君を見捨てたわけじゃないかもしれない。仮に、それが本当だったとしたら……殴ってもいいんじゃない? そういう時はさ、それをやるだけの権利はあるよ」
「殴る……?」
自分でも突拍子のないことを言っている自覚はユーキにはあった。
しかし、なぜ自分が彼女を気にかけているのか。それは彼女が可哀そうだからというのも大いにある。だが、同時に今自分が陥ってる状況に対して、冷静に考えたら全ての元凶がそこにあるような気がしてきたのだ。
ニューバランスという存在。ただ取り締まりの強い軍隊というだけなら文句はあれど、それだけで済んだかもしれない。
なんらな、巻き込まれなければ無関係であるとして、ずっとなぁなぁでいたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。巻き込まれてしまった、変なロボットには乗せられて、そして今は、殺されそうになった女の子がいる。
この全てに、ニューバランスがいる。それを率いている男がいる。
「うん。殴ってもいい。というか、話してたら、僕もだんだんムカついてきた。君のお父さんに一言も二言も言いたいことが出てきた。その為には生き残って、お父さんに会わないと。何とかして会えるようにしないと」
奇しくも、ユーキは省吾と同じような目的を持ってしまった。
彼にしてみても、ファウデンという男には憤りを感じているのだ。あまりにも無責任であると感じてしまうのだ。
そして、そんな大人が他人をどうこうするなんてことを言い出しているのなら、それは止めなければいけないし、何より、自分の子供をないがしろにしている今、この現状に対して文句を言ってやらないと、この泣いている少女があまりにも哀れだから。
「君を必ず家に送り届ける。君の命を狙う奴がいるなら、僕たちは許さない。僕たちは必ず君を助ける。不幸になっていいわけない。それぐらいのわがままは突き通してもいいはずだから」
「わがまま」
「いや、まぁ、カッコつけたけど、かくいう僕は巻き込まれ続けてここにいるんだけどね……なんでこんなことしなきゃいけないんだろうとは思うけど、ここを切り抜けないと故郷には帰れないだろうし、帰ったところで睨まれてるかもしれないし……ほんと、正直、嫌になるけど、うん……八つ当たりだね、これは」
そしてユーキはある意味で吹っ切れることができたのだ。
全ての元凶がそこにいるのなら、いや仮にそうでなくてもである。
「僕たちの故郷を襲うことを決めた奴、僕を巻き込んだあのおじいさん、あぁもうなんだか本当にムカついてきた! だから、これは、八つ当たりだ! きっちりと謝ってもらう!」
ただそれだけだ。
謝ってもらう。そしてこんなことをやめさせる。弾圧をしたり、惑星を破壊したり、虐殺を簡単にやってのけようとする人たちにあれこれ指図されたくないからだ。
「だから、僕はあの艦長さんに協力しようと思う。認めたくはないけど、僕はあのトリスメギストスを今のところ使える人間だし、あいつはあいつで放置しておくと何をしでかすかわからないし。コントロールできるのは今のところ僕だけなら、その責任がある。やること多いけどさ」
出来ることがあって、それをやれば何とかなるかもしれないのに、何もしませんでしたで言い訳はできない。フィーニッツ博士の言葉は、色々と言いたいことはあるが、ユーキの胸には刻まれていた。
それはそれとして一発殴りたいとも思っていた。
「だから、ほら、元気出してください。お父さんに会って、色々、問いただしてやろうよ」
ユーキはそう言いながら、フラニーに手を差し伸べた。
「お父様に……」
フラニーもまた、恐る恐ると、ユーキに手を伸ばした。
(そうかもしれない。私は、何も知らないままで、いたくはないから)
言葉としては出てこなかった。それでも、フラニーは手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
彼女が視線を上げた先、そこには優しくほほ笑むユーキがいた。
その瞬間、思わず頬が赤くなるのを感じた。
「はい、はい、そういうわけで」
その瞬間、アニッシュがわって入ってくる。
パッと二人は手を離した。
「あ」
フラニーはそれがもどかしくて、残念だった。
「ねぇ、あんた、性格変わった? 凄いことやってんだけど」
「いいんだよ。こんな状況で、うじうじもしてられないし」
アニッシュはちょっとだけ怒っていた。
そうとは気が付かずに、ユーキはあっけらかんと答えるだけだった。
「いや、あのね」
「おい、小僧。そこにいたか」
アニッシュがまだ言葉を続けようとした矢先、マークの大声がそれを邪魔した。
「中尉さん!」
「女子二人、はべらしてるところ悪いがな、艦長が呼んでいる。そろそろやるんだとさ」
「侍らして……そんなつもりじゃないですよ」
ユーキは照れ隠しのつもりか、床を蹴って、マークの下へと駆け寄った。
「やるって、まさかあれですか?」
「そう、宇宙海賊! ははは、あの中佐も面白い男になったもんだ。なもんで、トリスメギストスの方を頼むぞ。まずは惑星の近くによって、電波ジャック、そのままあれやこれやの厄ネタデータを惑星ネットに大放出して、おちょくってやるとさ。実際、タイミングはいいと思うぜ? いままさに悲劇の犠牲者を気取ってる連中の横っ面にカウンターパンチだ」
マークは非常に愉快そうな顔で笑っていた。
「ま、俺たちを消そうってしてた連中だ。これぐらいはまだジャブってもんだがな。たっぷりと、お礼はさせてもらうさ」
***
その日。人類のネットワークは大いに盛り上がった。
ニューバランス総帥の娘がテロリストによって暗殺されたというニュースが走った後、視聴者たちは安易な同情を向けた。中にはざまぁみろという感想もなくはないだろうが、多くは悲しき被害者である者に同情的だったのだ。
同時に一人の少女の命を奪ったとされるテロリストに対して大いに怒りを向けた。それを討伐すると宣言した軍隊に対して多いに賛同した。
その直後の事である。
『──民間人虐殺の汚名をテロリストにかぶせる』
先ほどまで、涙を流し、正義を謳っていた男の声がネットを駆け巡った。
『民間惑星に、プラネットキラーを打ち込み虐殺などと、センセーショナルだ。我がニューバランスの名誉も地に落ち、貴様ら家族も批難の的になること請け合いだ』
とぎれとぎれの音声。
しかしながら聞こえてくる単語はどれも物騒なものばかりだった。
『反乱軍が暴走の末に打ち込んだと言えばいい』
生々しい肉声データがそこに流れていた。
「みなさん。これが正義を謳う男の真実です」
その音声データの添付動画には逆光で姿の見えない、同時に旧時代に使われていた質の悪い音声データの電子音で話す人物がいた。正確には音声データの言葉に合わせて逆光のシルエットで映る人物が身振り手振りを加えているというべきか。
「民間惑星に大量破壊兵器を撃ち込もうとした卑劣な男です」
それは酷いジョーク動画のようであったが、先に流された音声データが延々と、背後でずっと流れていた。それは明らかな切り抜きの音声であったが、流れてくる言葉は全て過激なものばかりなのが、嫌でも耳に残る。
「今にこの動画を躍起になって削除しようと、暇を持て余したエリートがPCの前に座っていると思うと泣けてきます。税金の無駄使いですね」
シルエットの人物は両手を叩いて、明らかに馬鹿にした風な動作を見せた。
「私は宇宙海賊ヘルメス。ですが、民間人は襲いません。私が糾弾するのは正義を失い、正義を騙る愚者です。そこで偉そうにご高説を垂れ流すおっさんにです。気に入らない惑星を破壊する為に私兵まで差し向ける男にです。御覧なさいこれを」
それだけではない。フラニーの乗っていたシャトルが攻撃される瞬間の映像やそれを取り囲む軍のテウルギアの映像もそこにはあった。
「ところでそちらの組織のお嬢様が死んだなんてデマはやめてくれませんか。彼女、こうして私たちが助けて保護してます。ねぇ、ところでなんで軍隊が軍隊の偉いさんの娘を襲っているんでしょうか? 不思議ですね。誰の指図なんでしょうね?」
その日。
宇宙海賊ヘルメスと名乗る集団が現れた。
その目的はただ一つ。
「お前の顔を殴ってやるから覚悟しておけよ」
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