主人公にはヒロインを、俺には陰謀を

「なるほど。あなたは組織に反旗を翻した。つまり……私は人質ということですね」


 ブリーフィングルームを一応の応接間として準備させ、フラニーに状況を説明したところ、彼女は怒るわけでも、恐れるわけでも、ただありのままを受け入れていた。

 用意されたコーヒーにも恐れず口をつけ、しっかりと省吾を見据える。

 普通の反応ではない。父の部下が反乱を起こして、その艦に乗っているという事実は、もっと驚愕してもよいぐらいだ。

 いくら、助けてもらったとは言えである。


「卑劣な。そのような無礼を働くために、お嬢様を助けたというのですか?」


 むしろ落ち着きがないのは侍女の方だろう。いかにも真面目でございますと言った眼鏡の才女。侍女とは言うが、別にメイド服を着ているわけではない。かなりシンプルなドレスだった。

 彼女は神経質そうに眼鏡の奥底からこちらを睨んでいる。だが、落ち着きがなく妙にそわそわとしていた。緊張をしているのだろうという事はわかっていた。


「人質にするつもりはありません。艦内も出撃デッキや艦橋など以外の行動を許可いたします。むしろ、あの状況は私たちにとっても想定外でした」


 省吾は一応、宥めるつもりで語りかけたが、侍女の方がどうだかといったような具合で、疑いの目を強めている。

 ある意味、これが一番しっくりくる反応なのではなかろうか。


「確かに私はニューバランスに、そしてファウデン総帥に弓を引きましたが、だからといって好んで民間人に危害を加えようなどとは考えてはいない。ゆえに、約束します。決して危害をくわえぬと。もしも、フラニーお嬢様に何かあれば、ファウデンは私どもを地の果て、宇宙の果てまで追い詰めるでしょう」

「ウフフ、確かに。父は、私から見ても、私を溺愛しています。年老いてできた一人娘ですから、それは理解するところです。それに、父が多くに恨みを買われていることも理解しています」


 談笑しながらも、その発言には冷静さがあった。


「いずれはこうなることぐらいは覚悟していました。父は、己の野心の為に人々を弾圧しているわけですし」

「お嬢様は、ファウデン総帥の真意をご存じなので?」


 省吾の問い掛けにフラニーは首を横に振る。


「何かを成そうとしているのはわかりますが、それが具体的には何なのかはわかりません。ただ、ひな鳥の面倒を見なければならないと、よく口癖のように言っていました」

「ひな鳥?」


 この、ふわっとしたイメージで理想を語るのをやめて欲しいと思う省吾。

 アニメに限った話ではないが、何事か大きな理想を掲げるキャラクターはいまいち独自の感性に従って行動を行っている。

 もっと言えば自分だけで完結してしまっており、その行為そのものが正義であると認識し、他人を意識のうちか、無意識のうちか、とにかく従わせようとする。

 そして己の正義を理解できない者に対しては、愚かと烙印を押して処分しにかかるというものが多い、気がする。省吾の勝手なイメージであるが、今この瞬間においては大きく外れた推測ではない。


「何よそれ、バッカじゃないの?」


 フラニーの言葉に、あまりにも素直すぎる言葉をぶつけたのはアニッシュだった。


「ちょっとアニッシュ、言い方」


 それとなく、アニッシュを制そうとするユーキであったが、アニッシュはそれを無視してつづけた。


「親鳥か何か知らないけど、親はね、子を意味もなく殺すなんてことはしないわよ。むしろ、そんな親は最低よ。つまり何よ、あんたの父親は、あたしたち植民惑星の住民を見下して、管理してやってるつもりで、しつけの為に攻撃してくるわけ? 何様よ」

「あなた、そのような言い方! 無礼でしょう!」


 侍女が立ち上がり、甲高い声で反論をした。


「いきなり爆弾を落としてくる方が無礼じゃない! 植民惑星は、地球に与えることはあっても、与えられることはないわ! そりゃあ、アル・ミナーみたいなリゾート地はいいでしょうけどね! こっちは大した機材も、資源もないまま、何とか生活を安定させているのよ!」

「父も、開拓の苦労は理解しているはずです」


 対するフラニーは毅然としていた。


「父も、若い頃は惑星開拓に従事していたと聞きます。アル・ミナーを観光地にまで整備したのは、父ですから」

「え?」


 それは初耳の内容だった。


「そういえば……聞いたことがありますな」


 同席していたケス少佐が何かを思い出したように、ぽつりと語りだす。


「かつて、若い頃のファウデン総帥は技術部門に携わっていたとか」

「あぁ、よく聞く話だな。クソつまらねぇドキュメンタリーでいつも宣伝してたぜ」


 同じく同席するマークも思い当たる節があるらしい。


「アル・ミナー宙域は、恒星と惑星の距離が離れていて、本来は氷河に埋もれた惑星が多い。それを、集光レンズコロニーを開発し、光と熱を集めて温暖な気候と海を作り出したとか……」

「んで、その成功を片手に、軍でうちわを仰げるようになったってわけよ。その後は軍事関連にも手ぇ、出してあれよあれよと総帥様だ」


 ケスとマークの発言を聞きながら省吾は思う。


(なんでそれをアニメで描写しねーんだよ、馬鹿!)


 と内心で愚痴った。


「そんな苦労人が、植民地を弾圧か。いまいち、点と線が結びつかないが……だが、いかなる過去があろうと、ニューバランスが軍を私物化し、弾圧を与え、そして増長した一部は惑星破壊や住民虐殺にためらいがない。フラニー様、私はそれを間近で見てきた。そして、その命令を受けた人間です」


 省吾の言葉に、さすがのフラニーも驚きを隠せないでいた。


「父が、そのような命令を? 弾圧を行っているというのは耳にしていましたが……虐殺を?」

「う、嘘ですお嬢様! ファウデン様がそのような……! 第一、反乱軍のようなテロリストが宇宙を荒らしまわっているからこそ、ファウデン様はニューバランスを組織して、宇宙の平定を……」


 侍女も信じられない。やはりこちらは嘘をついていると言いたげに、慌てふためいていた。

 情報規制による、真実隠蔽は実の娘にも影響があるようだ。彼女は、自分の父が行っている非道について、何も知らないようだ。

 ただ高圧的な軍のトップであるから、嫌われていると、それだけだと思っていたのかもしれない。


「私は、プラネットキラーを用いて、アンフェールが惑星を破壊するように命令を下すデータを持っている。何を隠そう、私はあの男の部下だったからだ。そして、ここにユーキとアニッシュはその犠牲になりかけた者たちだ。今は、事故によってここにいるが……私は彼らの故郷を破壊する命令を受けた。それに反対し、離反をしたのです」

「父が、それを認めたのですか……?」

「いかにアンフェールがタカ派でも、親分のファウデン総帥を無視してまでは動けません。許可を出したのは総帥です」


 実際は、かなり無視をして、勝手に動いている部分もあるが、それをコントロールしていない時点で言えば、同罪ともいえる。しかし、そのことをフラニーに伝えるのは気が引けた。

 それ以上に酷いことを言っているつもりもあるのだが。


「ゆえに、私はニューバランスに反旗を翻し、これを正すべく行動を起こしたのです。増長した今のニューバランスが、宇宙の新たな秩序足りえるのかどうか。私はそうは思わない。だからこそ、このすべてを公開する為に、ここにいるのです」


 そこで思う。自分が、この悪事を全世界にばらまけば、それはファウデンの娘であるフラニーですら批難の対象となる可能性があるという事だ。

 まず間違いなく、叩かれるだろう。

 

「すでに、いくつかの星が、ニューバランスによって破壊を受けています。開拓の苦労を知る男が、何を目的としてこれを容認しているのかはわかりません。ですが、これ以上の暴挙をゆるわけにはいかんのです。フラニー様、ご理解を。私は、嘘は言いません。これから、それを実行に移すつもりです」

「父が……まさか、そんな」


 フラニーはわずかに表情を曇らせていた。清廉潔白とは思っていなかったようだが、裏の顔があまりにも自分の想像を超えていたらしい。


「きれいごとだけで、組織を動かせないことは理解していましたが……もし、父が本当にそのようなことをしていたのならば……それは、罰せられるべきです。あなたは、それを成そうというのですか?」

「それが出来なければ私は消されます。笑ってくださっても構いません。私は、私が生き残る為に他者を貶めるのです。事実の公表を行うことに何のためらいもありません」


 フラニーも侍女も、言葉を失った。

 あまりにも衝撃的過ぎる真実に、どう対応していいのかわからない様子だった。


「一応、私はあなた方を解放するつもりでいます。ですが、それはいまではない。今、それをやれば……あなた方は良くない目にあうでしょう。ここぞとばかりに、反感を持った人間たちの暴走が降りかかるのは目に見えています」


 先の軍人たちの暴走もそれが理由の一つだろう。

 三人の兵士は現在、艦内の独房にぶち込んでいる。あとで尋問などをして、情報を得るつもりだ。


「それでは、私はこれで。やるべきことがありますので」


 省吾は立ち上がり、マークとケスを引き連れてブリーフィングルームを後にする。その際に、ポンとユーキの肩を叩いた。


「すまないが、あとを任せてもいいか。私は、そういうのは苦手だ」

「え? 艦長さん?」


 戸惑うユーキをしり目に、省吾はさっさと退室する。

 そして……。


「はぁ……えらいことになったな」


 これである。


「艦長は、あの娘をどうするつもりだ?」

「マーク中尉。私もそれを今悩んでいるところなのだ。今更、活動をやめるつもりはない。だが、フラニーお嬢様がいるというのは、中々こう、厄介だ。いずれはどこかで解放しなければならんが……」

「解放した瞬間に、反ニューバランスの連中にリンチされそうですがね?」

「そこなんだよ。私は、そこまでは求めん。親の責任を、子に押し付けるような真似は好ましくない」


 別に、省吾は彼女が憎いとは思っていない。

 むしろ、難儀な星の下に生まれてかわいそうとすら思う。


「しかし……わかりませんな」


 途中、ケスがつぶやくように言った。

 彼はフラニーを保護してからずっと難しい顔を浮かべていたのだ。


「どうしたケス少佐。何か、考え事があるようだが」

「はぁ、いえ……フラニーお嬢さんが反ニューバランスのタカ派に襲われたまでは話の筋としては理解できるのです。お嬢さんの身の安全と引き換えに総帥の座から引きずり下ろす……まぁ成功率は低いですし、やったとしても同情を買うだけです。ですが……そもそも、あの宙域にいた理由はわかりません。軍に追われたといっても、あんな場所に逃げるでしょうか?」

「ふむん……確かに、疑問は残るな。シャトルの船長は?」

「現在、治療中です。命に別状はありませんがまだ話が聞ける状態では」

「となると、あの三人の尋問だが……」


 軍内部の動きも知りたいところだった。

 その意味では新しい捕虜はある意味では得な拾い物でもある。それに無傷のラビ・レーブが三機というのも大きい。

 その為、省吾らは独房へと向かい、捕虜三人の尋問を始めようとしていた。

 その矢先である。


「か、艦長さん!」


 なにやら切羽詰まった様子で、アニッシュが駆けてくる。


「あの、テレビ中継が……フラニーが死んだって放送を……」

「……はぁ?」


 それは、いささか、速すぎる対応な気がする。


「誰が、言ってる?」

「は、ハゲのおじさん……」

「アンフェールか!」


 省吾らは踵を返して、ブリーフィングルームへと戻る。

 するとそこでは怒号を叫び、涙を流しながら高らかな演説を上げる禿頭の巨躯、アンフェールがいた。


『──私が許せぬのは、反ニューバランスを謳い、各地で海賊行為を続けるだけに飽き足らず、このようにして若い命を奪う反乱軍を名乗るテロリストが自由に惑星間を移動している事実である! 我々の指導者、宇宙の平和を守ってきたファウデン総帥のご息女を、卑劣にも暗殺した反乱軍を、私は地獄に叩き落す所存だ! 反乱軍を名乗るテロリストどもよ! 貴様らの行いには必ずや天誅が下るであろう!』


 好き勝手言っているのが伝わる内容だった。

 それ以上に、手際が良すぎた。

 フラニーが襲撃されたのはついさっきである。それを、まるで予見していたかのようなタイミングの会見だ。


「これは……どういうことだ。ニューバランスは……フラニーお嬢様の襲撃を察知していたのか?」

「そ、そんなバカな話が……私たちは、ファウデン様に指示された合流場所まで移動していただけです! そこに急に軍が現れて……!」


 侍女がそのようなことを言った瞬間、フラニーは駆け出して、ブリーフィングルームから出ていった。


「あ、フラニーさん!」

「ちょっと、どこにいくのよ!」


 それを追いかけるユーキとアニッシュ。

 慌てふためく侍女。

 省吾は、フラニーの事を二人に任せて、自分は侍女から話を聞くべきだと考え、彼女の肩を掴み、落ち着かせるように言った。


「おい、どういうことだ。ファウデン総帥の指示だと!?」

「そうです! ご実家に戻るようにと、そう部下の方々から伝え聞きまして……それで、それで……」

「どうなっているんだ……自分の娘を、殺そうとしたのか?」

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