頭痛の種が増えていくことを止められはしない
(この世界の住民だけが知っている存在。アニメにはいなかった、いや設定はあっただろうが、出さなかった、出せなかったキャラクターということか?)
予想外の人物の登場に、さすがの省吾も混乱が生じていた。
敵の大ボス、ファウデンの娘。そんな超VIPとの出会いは果たして自分たちに何をもたらすのか。
そして、なぜそんな重要人物が軍隊に追われているのか。
(予想はできる。連中が、一般部隊の中の、過激派だとすればファウデンの娘を人質に取るとかして、何とか攻撃をしようとしている可能性がある。だが、娘に護衛をさせないというのも妙な話だな)
何かしらの手違いでもあったのか、それとも実は自分の知らない陰謀でもあるのか。
なんにせよ、救出対象であることに変わりはない。
『もし、そちらにいるのはジョウェイン中佐か?』
画面に映る少女、フラニーからの通話から察するに、ジョウェインは何度かこの少女とあったことがあるのだろう。
しかし、ジョウェインの記憶をたどれば、出会うというよりはアンフェールの付き人としてついていった際に二度、三度、顔を合わせる程度というものだ。
そんな相手を覚えているというわけだろうか。
『救援、大義です。よもや駆け付けてくれるとは思ってもいませんでした』
そして何か盛大に勘違いをしている様子。
(えぇい、ままよ)
省吾はひとまずそれに乗っかることにした。
「フラニーお嬢様。ご安心ください。私たちはあなたをお助けします」
***
省吾が驚愕している頃、ユーキは狭いコクピットの中で、アニッシュとトートを連れて二度目となる出撃を果たしていた。
今の彼は、ぼんやりとしながらも自分のやるべきことを考えていた。結果や過程はどうあれ、自分は高性能なマシンを操縦する視覚があり、それを使う事で状況がプラスになるのなら、それはやらなければいけないことだと思っていたからだ。
それに自分のわがままを許してくれた艦長の恩義にも報いたいという思いもある。
「宇宙空間では無駄に推進器を使わない! もったいないでしょ。編隊についていく分ならほら、オートバランサーとか何かセットできないわけこれ?」
「セットしてみる。トート、手伝って、どうやるのさ」
半ば無理やり乗り込んだ形となったアニッシュは、一度は自分でこのトリスメギストスを操縦してみようとしていたが、うんともすんともといった具合だった。
結局、ユーキの言う通り、トートが認めない限りは権利はないらしい。トートに突っかかろうにも、あのパーシーとかいう人みたいにどこかへ飛ばされたくはないし、という考えもある。
その意味では、本当はこのトートが近くにいるのは怖いことだった。
こうやってユーキの口出しするのも、自分は有益であると思い込ませる為というのもある。
と同時に、やはり操縦はできても、素人なユーキは動きに無駄が多かった。
それを見ているだけというのも歯がゆいものなのだ。
「他人にやらせてないで自分で探しなさいよ、全く。ほら、コクピットは、大体ゲオルクと規格が同じみたいだし、多分……このあたりにワンプッシュで」
ごそごそとお互いの体を避けながら、アニッシュはボタンを押す。今どき、どのマシンにも搭載されている自動機能だ。ようは衝突事故防止や速度抑制機能というものである。
一時的な隊列を組む際には活用されるものだが、本来、軍人であれば手動でできるようにならないといけないものだった。
とはいえ、それらは何百、何千と繰り返す訓練で身に着けるもので、指揮官機のビーコンやスラスターの光を目印に自分で位置を把握しなければならない。
そんなものは一朝一夕にできるものではないのだ。
『新型、乗っているのは小僧だな?』
「は、はい、そうです中尉!」
『フン、返事は良いな。艦長殿が無理を通してくれた、ついでにシャトルもヤバい。まずはお前のお手並み拝見と行こうか。本当に無力化できるのだろうな』
「やってみます。それで、無理なら、独房でもどこにでも入ります」
『いいからやれ。二機、護衛に回す。無理なら俺たちがやるだけだ。まずは俺たちから警告を入れる。その隙になんでもやれ』
それだけを伝えると、マークは二機をトリスメギストスの護衛に残し残りのメンバーをシャトル周囲に散開、自身は真正面に位置取り、オープン通信で呼びかけているようだった。
『あー、あー、こちらは……正義の味方。シャトルにライフルを向ける卑劣漢につぐ。今すぐにライフルを降ろして、脱出ポッドを作動させることをお勧めするがどうか』
その動きに、シャトルを襲うテウルギア三機は明らかに動揺を見せていたが、当然というべきかシャトルにライフルを突きつけ、盾としていた。
『退け! さもなくばシャトルを落とす! ニューバランスめ、護衛をつけていたか!』
対する敵機からの返答の意味が、ユーキたちにはわからなかった。
だとしても、そもそも抵抗のできないシャトルに対して攻撃を加え、あまつさえ盾にしようとする行いは、ユーキにしてみれば許せるものではなかった。
それでは、自分たちを襲おうとしたアンフェールとかいう男の手下と同じだと思う。
何か、理由があろうと、人間にはやっていいことと悪いことがある。少なくとも、シャトルを取り囲むテウルギアが良いことをやっている風には見えなかった。
「中尉が繋げてくれたオープン回線から敵の波長を割り出せれば……それに、あいつらは母艦からのデータリンクを受けていないとすれば、そこをこじ開けて……」
「ねぇ大丈夫なの?」
アニッシュの不安げな声にユーキもあまり強い返事は出来なかった。
正直を言えば怖いという思いは同じなのだ。それでもトリスメギストスの手綱を握る必要がある。結局、それが自分たちの安全に一番つながる行為なのだ。
「わかんないけど、僕たちをここまで運んできたマシンで、パーシーって人もこいつの電子戦能力は高いって言ってたじゃないか」
「そりゃそうだけど、また前みたいに勝手にビームを撃ったりしない?」
「そうならないようにするのも、僕たちの仕事なんだと思う。トート、お前が何を考えているのかさっぱりわからないけど、手伝え。殺す以外の方法を提示してみせろ。スーパーマシンなんだろ、お前は」
さてどうなるとユーキはトートを見ながら言った。
するとトートは首を傾げながらも、金魚鉢のような頭部に何か光が走って、機能を作動させているらしい。
と、同時にトリスメギストスにも変化が現れる。それを外から見れば、前回のようにビームを放った時や重力操作をして見せた時と同じ光景のようにも見えるだろう。
だが、内部では異なる動作が行われていた。
「ハイレタハイレタ」
パチン、パチンと両手を叩くトート。その通り、トリスメギストスのメインモニターには敵三体のラビ・レーブの機体データが表示されていた。その画面は管制コントロールや戦艦とのデータリンクの際に表示されるものと全く同じである。
「本当にできた」
思わずユーキも唖然とする。
目の前で起きていることはすなわち、トリスメギストスは簡単に敵の行動を掌握できるという事になる。それは敵に対してだけではないはずだ。まず間違いなく、この場にいる全てのマシンを操れる。
いや、それは最初から分かっていたことだとユーキはかぶりを振った。ミランドラが勝手にワープしたことに関しても、そこには戦艦のシステムすら掌握できる機能が働いたことになる。
もちろんそれだけではないだろうが……
「どうするの?」
「強制的に脱出させる。その方が手っ取り早い」
表示されたデータを確認して、ユーキはコンソールを操作する。
遠隔操作による緊急脱出システムの作動を選択。すると、あっけなく仕事は終わった。
その一瞬で、三機のラビ・レーブはがくがくと痙攣するような動作を見せてから力なくうなだれ、頭部が分解、内部にあったコクピットブロックが強制的に排出される。
未だに繋がっていたオープン通信からは敵パイロットたちの混乱の声が聞こえたが、すぐさま通信は切断された。
マークたちがその脱出ポッドを確保したからだ。同時に無傷のラビ・レーブも念のために確保される。
「……呆気なさすぎない?」
もう作戦行動が終わってしまったことに、アニッシュは茫然としていた。
それはユーキだって同じだ。あまりにも圧倒的で一方的過ぎる。そこに何の感慨も浮かばない。何せ、自分はただ簡単な操作をしただけに過ぎない。
「戦艦とのリンクが出来てないから、簡単にできたんだよ。テウルギアって、本当なら管制コントロールがあって初めて本来の性能を発揮するんだし。あいつらは、あえてそれを切って、活動していた。多分、本隊の位置がバレないようにとか、単独行動をしないといけない作戦だったのか……」
「自殺行為じゃない、それ」
「それだけの価値があるんだと思う……おっと」
そうこうしているうちに、推進システムを破損したシャトルがまっすぐにトリスメギストスへと流れてくる。ユーキはシャトルをゆっくりと受け止めると、そのまま接触回線がつながれた。
それは相手側からのものだ。
『もし、そちらの司教様』
「司教? トリスメギストスのこと?」
通信から聞こえてきたのは少女の声。
『あなたが、私たちを助けてくれたのか?』
接触回線の精度が強くなり、声だけではなく映像も鮮明に映し出される。
金髪の少女と、彼女につきそう気の強そうな眼鏡の女性、そして意識を失いかけている中年のパイロットが見えた。
『お、お嬢様、はやく宇宙服を! 爆発してしまいます!』
眼鏡の女性は、せかすように少女に宇宙服を押し付けていた。
「落ち着いてください。シャトルは推進器を破損しているだけです。この程度の損傷なら爆発はしません。それよりも、シャトルの動力を切断してください。ではないと、余計な燃料が漏れて、シャトル内の酸素や生命維持に支障が出ます。燃料漏れが確認できますから」
ビュブロスでマシンの整備などのアルバイトをして小遣いを稼いできた男である。それぐらいは見ただけである程度は判別できた。
『どのようにすれば? 機長はこの通りですし』
お嬢様の方はふんわりとしているというか、むしろ肝が据わっているというか、どちらにせよシャトルの操縦は確かに専門的なものだ。それに眼鏡の女性も慌てているだけで役に立ちそうにもなかった。
「わかりました。こちらでシャトルを運びますので、シートベルトを着けて待っていてください」
下手に弄られてワープや加速をされても困る。推進器が損傷しているとはいえ、動作自体はするわけなのだ。今は何もしていないから爆発の危険がないだけで、今、誤作動でもしようものならそっちの方が危険なのである。
「大丈夫です。僕たちは味方、ですから」
そしてユーキはなるべく彼女たちを落ち着かせようと声をかけ続けた。
トリスメギストスを中心に、護衛に入った二機のラビ・レーブがシャトル両舷を支える。
『あなた、名前は?』
「ユーキ・シジマです」
『そう。良い名前です。私はフラニー。フラニー・ファウデン。良い殿方とお見受けします。父にも紹介してみたいものですね』
「え?」
その名前を聞いて、さすがのユーキも唖然とした。
「ファウデン……?」
「ニューバランスのファウデン総帥と同じファミリーネームじゃない!」
アニッシュが大げさなまでの声で叫んだ。
『おや、女性の方と一緒なので? 中々、どうして、おやりになる方なのかしら』
だというのに、フラニーの方はと言えばこれなのである。
何ひとつ騒がない。
「そんなことよりも! あなた、ファウデンって!」
『えぇ、ニューバランス総帥は私の父であります。どこの部隊かは存じ上げませんが、父に報告すれば、褒美がもらえましょう。見たところ、我が軍の所属なのでしょう? ジョウェイン艦長殿が指揮していらっしゃるのですし?』
「ねぇ。アニッシュ……僕、なんだかすごいことになってるんじゃないかって思うんだけど」
「あたしに聞かないでよ……なんか、頭痛くなってきた」
何やら話のかみ合わないお嬢様の相手をしているうちに、彼らはミランドラへと帰還を果たす。
その後、部隊全員が戻り、格納庫に酸素が取り込まれ、各機固定、シャトルの消化が終わると、それでやっと機体から降りられる。
ユーキたちも、それに従い、無重力の格納庫へと踊り出る。すると、マークが一緒に飛んできた。
「厄介なことになっちまったなぁ」
ぼりぼりと頭をかきながら、マークがぼやいた。
「あの人って、本当に、総帥のお嬢様なんですか?」
「知らねぇよ。俺はあったことがない。艦長は、知ってる様子だがな」
マークが顎でしゃくると、同じタイミングで省吾もやってきていた。
やはり困惑気味だった。
「なんで、総帥の娘さんが……」
と、色々考えようとしていると、なにやら騒がしい。
同時に、誰かが自分に向けて叫んでいた。
「おい、小僧、前!」
パイロットの誰かだと思う。
その声に反応して、ユーキは真正面を向いた。
すると、なにか柔らかな感触がユーキの顔面にあたった。ふわりと、甘い香りも漂い、さらさらとした金髪がまるでカーテンレースのように視界を覆う。
「え?」
誰かに、抱きしめられている。
「まぁ、近くで見ると意外と幼い顔立ちで。助けていただきありがとうございます、司教様?」
そこのいたのは、フラニーだった。
自分は、彼女に、なぜか空中で抱きしめられていた。
「ちょ、ちょっと! なにやってんのよ、この!」
それを見て、アニッシュが顔を真っ赤にして引きはがそうとする。
「お礼ですが?」
「抱きつくな!」
「ですが、ハグは親愛の意味も込めて行うものですし」
「うるさい!」
そんなことが始まると、近くにいたマークは付き合ってられんという具合にさっさと離れていく。
他のパイロットや整備員たちは無駄にはやし立てていた。
そして、艦長である省吾はというと。
(うーわ。第二ヒロイン様だよ。知らないよそんなキャラ。しかも総帥の娘ときた。すっごい厄ネタじゃないのかこれ……)
上で、青春をしている三人を見て、微笑ましいとは思うが、立場がややこしいことになぜか頭痛を感じる。
えらい拾い物をしてしまったのだ。
(敵の、総大将の娘かぁ……よくある、展開、なのか?)
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