考えればデスマーチ一歩手前の反乱活動、休憩を取れ
宇宙海賊ヘルメス。
我ながら、良い名前を提案したと思う省吾であるが、実のところはトリスメギストスという名のマシンがあるのなら、それを保有する組織はヘルメスと名乗った方が通りがいいという彼なりのこだわりである。
良くも悪くも、元のちょっとオタク気質なところが垣間見えたところだろうが、なんにせよ反国家的な組織を名乗るなら名前はいくら盛ってもいいのだ。
むしろ原作アニメの反乱軍がなんの名称もない方が不自然とすら思う。
「さて、我々は宇宙海賊ヘルメスとしてついに宣戦布告をしたわけだが」
例の動画拡散から三時間後の事である。
ミランドラは宙域からひとまず移動をして、手ごろな小隕石デブリ帯に姿を隠していた。隕石と言っても大きさはまばら、しかも隕石同士の間隔は広く、入り組んでいて隠れられるような都合の良い場所ではなかった。
それでも艦体を固定し、無駄なエネルギー消費を抑えることはできる。
なにせ、これからいろいろと節約をしないといけないからだ。
「当面の問題は、現在我々が孤立無援であるという事実だ」
ブリーフィングルームに集まった主要メンバーたちを見て、省吾は反応を伺った。
なにせ、格好をつけてニューバランスに泥を塗ったまではいいが、よもやその行動が個人的な感情の発露による勢いであったことは否めない。
もちろん、どうせやる内容であったのも事実だ。
これは本来、反乱軍のロペス隊と共同で行うものであり、反乱軍からの支援を受ける前提でもあった。
しかし、現在は件のロペス隊がどうなっているかも不明だ。
「ジャネット艦隊がビュブロスを占拠していると思います。さすがに、あの駆逐艦の状態では、ロペス隊は捕縛されたとみるべきでは?」
ケス少佐は状況的にそう推察するしかないとのことだった。
あえて連絡を取らないのは、捕縛されていた場合、その通信ログから居場所を逆探知される恐れがあるからだ。
「うーむ……まずいな。我々は反乱軍とのコネクトをもっていない。それこそ、ロペス隊がその窓口になる予定だったからな。ケス少佐、現在、ミランドラの物資は?」
「食料や飲料は一か月は持つでしょう。切り詰めれば三か月。余裕はあります。燃料も問題はないと言いたいですが、こればかりは戦闘行動次第です。弾薬に関しても補給をしたいというのが本音ですね」
「ふー……まぁ、そうなるだろうな」
結局、補給が一番の悩みどころである。
「……トリスメギストスに物資を渡して、何か作らせるか?」
それで何か素晴らしい発明をして状況を打破してくれるのならうれしい限りだ。
「いや、ないな」
だがそんな何が起きるかわからない、危険なものに頼る気にはなれなかった。
この状況になるまで博打はしてきたつもりだが、トリスメギストスの把握しきれない機能に全面的に頼るというのは博打どうのよりも地雷原でタップダンスを踊るようなものだ。
ワープに関してもトリスメギストスが行った長距離ワープが自在に使えれば、かなり心強いが、さてそううまく行くものかどうか。
「ところでユーキ君。トートは大人しくしているのかね」
「は、はい! 何かあれば、連絡するようにってアニッシュには」
やる気は十分、しかしまだ緊張はほぐれていない。そんな具合のユーキも会議に参加していた。形はどうあれ、彼もまたテウルギア隊に組み込まれる形となっている。あいにくと、こちらは戦力が少ない。トリスメギストスを信用できないとは言いつつも、結局は戦力としては考えなければならないのだ。
「ふむん……博士たちが言っていたように勝手に何かを作っている様子もないようだしな?」
トリスメギストス及びトートの不安要素の一つである。己の複製、もしくはデータを共有した何かを作り出す危険性がある。パペットマシンであるトートはトリスメギストスがいつの間にか作り上げたものだと言っていた。
とすれば、トリスメギストスには内部に生産工場的な機能があるのだろう。
だが、やはり、己自身の完全な複製を作るにはそれだけは設備が足りないようだ。
ゆえに、いきなりポンと二体目のトリスメギストスが現れるという心配は今のところはないと思うべきだろう。
それ以上に、勝手にワープしたり、プラネットキラーと同等の破壊力を生み出す重力操作、果てはマシンを操る電子操作の方に警戒を向けなければならない。
「結局のところ、あのマシンを使う事に変わりはない。時間があれば、テウルギア隊の訓練に参加してもらう。マシンスペックは高くとも、君は素人だからな。子供を戦わせるというのは、いささか気が引けるが」
よくある常套句だなと省吾は思う。これを言えば、子供を戦場に出す免罪符になるわけだ。
冷静に考えても、これは外道のやり口だ。ファウデンやアンフェールをぶん殴りたいと言っている自分が、連中と同じことをしていると自覚をしなければならない。
だが同時に、そうでもしなければ状況を潜り抜けられないかもしれない。
「構いません。巻き込まれたとはいえ、今はあのわけのわからないマシンの世話をしないと余計に危ない気がしていますし……何より、放っておけないですから」
「子供に責任感を負わせることになるのは申し訳ないと思うが」
「大丈夫です。結局、こうなっちゃったのなら、やるしかないんです。それに、僕と同い年で軍隊に入ってる奴らって多いですから」
気を遣われた気がする。
原作におけるユーキは心情的にも状況的にも余裕がなく、恐怖と怒りと持ち前の責任感で押しつぶされそうになっていた。それが、今は緩和されている。
省吾は、それが自分のおかげであるとはうぬぼれないが、そうであるなら持続させたいとも思っていた。
それが大人の責任というものなのだと言い聞かせて。
「それより艦長さんや、本題の補給に関してはどうするんだ? 軍隊でも襲うか?」
マークの提案はいささか乱暴ではあるが、手段としては講じるべきものでもある。
「ニューバランスに限定して、だがな」
「そりゃそうでしょう。俺たちは宇宙海賊! しかし民間人は襲わない。はっはっは、難儀ですな?」
「大義名分の為だ。弱きを助けというだろう。それに、頼りすぎるのもあれだがトリスメギストスの能力を使えば奇襲もたやすい。ケス、どうか?」
「悪くはないと思います。現在、軍は大きく混乱していることでしょう。つまり、統率が取れていない可能性がありますので」
先の海賊放送のおかげか、ネットは所謂祭り状態。
アンフェールも会見を急遽取りやめ、火消し作業にかかっていることだろう。
同時に軍内部の不和を誘発し、まともな連携を取り戻すには時間を有するわけである。離反をするもの、それでも恭順するもの。それらが二分されるのはもう暫くかかるはずだ。
それに、ニューバランス側もカウンター放送を仕掛けてくるだろう。こちらの言ってることは全て嘘、でたらめであるという内容なのは予想できる。
「軍の実質的なトップであるアンフェール大佐が動けない今、絶好の機会ではあります。それに、ロペス隊の事も気がかりです。さすがに放置はできないでしょう。何より、あそこにはトリスメギストスの開発者であるフィーニッツがいます。奴が捕らわれた場合」
「物理的に、二代目のトリスメギストスが出来上がる可能性もあるか」
「えぇ、ですが現宙域からビュブロスはワープを使っても時間がかかります。それに、トリスメギストスのと長距離ワープも果たしてどこまで信用してよいか……」
手詰まりというわけではないが、どう攻めていいのかはわからないというべきだろうか。現状では、取れる手段が多すぎるともいえる。
「やはり、ここは当初の目的通り、惑星ベルベックに向かい、反乱軍とのコンタクトをはかるしかないか……」
当初の、というよりは原作での目的地の一つ。
そこにはロペス隊と合流するはずの反乱軍がいるはずなのだ。その方角は、アル・ミナーからすればビュブロス方面へと逆戻りする形となるが、それはそれでちょうど良い。
ロペス隊が運よく逃げ出せたのなら、そちらに向かうだろうし、そうでなくとも戦力の補充にはなるはずだ。
ベルベック側がこちらを受けれいるのであればだが。
そこはロペス隊の報連相に期待するしかない。接触を図った後、それとなく伝えてはくれているはずだと思うしかないのだ。
もちろん危険もある。ビュブロス方面に近づくという事は、そちらに駐留しているであろうジャネット艦隊との遭遇もありえるということだ。
「どちらにせよ、我々は狙われる身だ。まずは行動を起こして、そこから様子を見るのが一番だろう。ファラン、最速でベルベックに向かうとして、時間はどれぐらいだ」
「そうですねぇ」
結局、艦を降りられなかったファランはもう開き直っていた。
「ワープドライブにちと無理をさせるのであれば、一日は短縮できるでしょう。連続ワープは危険ですので、おすすめはしません。で、航路から考えればジャネット艦隊と鉢合わせということもなくはないのです」
彼が言うのは、ロペス隊が捕縛され、情報が漏れていた場合の事である。
「望むところという構えで行くしかあるまい。よし、決まりだ。我々は進路をベルベックへと向ける。可能であれば現地の反乱軍との協力を取り付け、ロペス隊とも合流ないしは救出を行う。海賊放送も続けるぞ。こういうのは同じことでも延々と繰り返すことに意味があるからな」
省吾は立ち上がり、号令をかける……と、その瞬間。
立ち眩みがした。ぐらりと体が傾く。無重力のせいではない。
「艦長?」
ケスが咄嗟に支えてくれた。
「む、すまん……」
「いえ、考えてみれば、これまで休みが全くなかったのですから……一度、休息を挟むのもいいかと。それもまた仕事です」
「む、むぅ……」
思えば、事件の連続だった。
ろくに休んでいる暇もなかった中で、このゆったりとした時間は珍しいものなのだ。
それに、大規模戦闘ではないせよ、機体の修復、パイロットの休息は必須である。宇宙空間とはそれほどまでにストレスが溜まる。
「そうだな……すまない、ことを急ぎすぎているようだな、私は」
それに、自分は軍人ジョウェインではなく元一般人省吾なのだ。
自分でも気が付かないうちに精神的な疲弊はあったということである。
考えてもみれば、半舷休息もまともにできていなかったのだと思い出す。
「全艦に通達。休憩だ。警戒は続けるが、まずは休む……」
少しは休んでもいいはずだ。
人間は休まねば、活動ができない。
それにやるべきことは多い。戦いだけではない。トリスメギストスの事、訓練、世情の調査……それら全てを一度にできるほど、人間はたくましくない。
「私の部屋から酒を持っていけ。舐める程度だ。酔っぱらったものは艦内の掃除当番に処す。いいな」
そういって省吾は一足先にブリーフィングルームから出た。
艦内はまだ業務が続ているが、休息が発令されれば静かになる。
ふと、省吾は小腹が空いたと思い、艦内食堂へと足を向けた。レトルトの冷凍食品んもあれば、軍人の料理人もいるのできちんとした料理も出る。
一般兵はこの食堂で食事をとるのが基本となる。
艦長という身分でもあれば食事を運んでもらうことも出来なくはないが、省吾はそれをすっかりと失念していた。
ぶらりと立ち寄った食堂。そこには、アニッシュとフラニー、そして侍女がいた。
(そういえば、彼女の名前、聞いてないな)
混乱が続いたせいもあったが、それはそれで失礼なことだなと思った。
(というか、こいつら、なにやってるんだ?)
三人はトートの面倒を見つつ、あまり会話が弾んでいない。
現在、食堂には料理人以外の士官はいないし、彼らも仕込みに勤しんでいた。食事の時間は厳密に決められている。小腹が空いたなら冷凍食品を食えというわけであるが……。
「君たち、何をぼうっとしているんだ?」
「え?」
がばりと顔をあげたアニッシュ。
「あ、いや、えぇと……お、お腹が空いたなぁって……でも、ほら、なんていいますか」
「あぁ……」
彼女らは多少は遠慮をしているということだろう。
「すまないが、食事はまだ時間がある。しかし、そうだな……君たちは、色々とあったし、食事もとれてない可能性もあるのか……なら」
省吾はジョウェインの知識を使って冷蔵庫からいくつかのレトルトをチョイスした。ハンバーガーやピラフ、中にはカレーもあった。
「好きなものを選べ。食いすぎるなよ。食事は出させる」
といって、省吾はハンバーガーだけを手に、レンジで解凍をする。
「あの、お金は」
その間に立ち上がり、質問を聞いてきたのは侍女の方だった。
「必要ない。支給品だ。だが有限なので、食いすぎるなというわけだ。あぁ……そういえば、君の名前を聞いていなかったな」
「え、私は……ユリーと申しますが? ユリー・テネスです」
「あぁ、そう。ユリーさん。まぁゆっくりとしていてください。軍艦で、それは難しいかもしれませんが」
とにかく省吾はハンバーガーを胃袋に収めて、眠りたかった。
とはいえ会話はするべきだった。
「いえ、助けてもらったことは事実ですので……」
「難儀なことになっていますが、次のベルベックにつけば状況も動くかと思います。降りれるなら、そこで……可能ならばですが……では」
解凍が終わり、ハンバーガーを手にすると省吾はその場を去っていった。
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