青春を傍から見るのは楽しいものだ、ずっと続けばいいと思う
「君! どうしてトリスメギス……あいたっ!」
「ユーキ! 大丈夫なの! ケガはないでしょうね!? なにやってんのよあんたは、無茶苦茶してないでしょうね! というかなんであれに乗ってるわけよ意味わかんないだけど!」
地上に降り、ユーキと連れて艦を降りると、すでに滑走路に待機していた警備部隊の出迎えがあった。
ユーキが姿を現すと、まずはパーシーが顔を真っ赤にして、詰め寄ってきたが、そんな彼を押しのけて、アニッシュがユーキに駆け寄った。ユーキの腕を取り、あちこち観察をしながら心配の言葉を投げかけるアニッシュ。
すさまじい勢いな為か、その場にいるメンバーのほとんどが唖然としつつ、中には苦笑気味だ。
「や、やめてよ、アニッシュ。こんなところで」
もみくちゃにされながらもユーキは羞恥に頬を赤らめた。
恥ずかしさのあまり、抵抗を見せると、アニッシュは今度は、むっと頬を膨らませて怒って見せた。
「なによ、人が心配してやってるのよ! 第一、あんた民間人のド素人じゃない! なんであんなわけのわかんないもの動かして戦ってるのさ!」
「ぐ、偶然に偶然が重なったんだよ……ちょっと、揺らさないで、気分が」
この世界に転生して、初めて微笑ましい場面に遭遇したのかもしれない。
それはまさしく平和の姿だった。アンフェールがトチ狂った作戦を強硬させなければ、いやそもそもトリスメギストスがこなければ、彼らは少なくともその平和をずっと謳歌できたはずなのだ。
(まぁ……それは絶対に不可能なんだろうけどさ、企画段階の時点で)
ある意味では、視聴者の視点。もっと言えば、この世界に限って言えば神の視点でものが言える省吾だからこその意見である。ユーキもアニッシュも、マークも、そしてアンフェールたちですらそれぞれに役割があった。
それを何とか打ち壊したのは省吾である。そうでもしなければ死ぬ運命にあったのだから。
しかしである。舞台のレールは音を立てて崩れ落ちた。いくつか、軌道修正の類も見られたが、大筋としてはかなり脱線しているはずだ。
まず、原作アニメならここまで大所帯ではないし、和気あいあいともしていない。
「気分? 気分が悪いの? 頭でも打ったんじゃないでしょうね」
「揺れただけだよ、いい加減放してよ、恥ずかしい」
「まぁ、そういうことを言う! 大体ね、あたしのいうことを聞かないからこんなことに!」
まだいちゃついている二人を見ているとふと思う。
この二人、アニメだともっとぎすぎすしていた。状況が状況だったのもある。お互いに余裕がなかったのもある。ついでに言えば、アニッシュ側がケガで戦えない焦りと本来持ち合わせる心配の思いが色々と複雑に絡み合って、ユーキに辛辣な言葉を投げかける場面が多かった。
が、今、この瞬間はそんな姿はない。
(そりゃあ、今どき、ぎすぎすばかりしてる展開なんて受けないしなぁ。緩やかな青春、良きかな良きかな)
などと言ってはみるが、自分の青春時代はこんな甘酸っぱい思いなんてなかったなと、ちょっとうらやましくも思う。
ついでに言えば、そういう姿を見て微笑ましいと思うのは自分が歳を食ったからだろうか。元の年齢はまだ二十代のはずなのだが、今の体の年齢に引き寄せられているのだろうか。
「んん、アニッシュ候補生。べたべたするのはそれぐらいで良いだろう」
さすがにいつまでもそんな空気を出させてるわけにもいかないらしく、咳払いの後、一人の禿頭の男が前に出る。名前は知らない。確か、警備隊の教官の一人だ。
「まずは、状況を確認したい」
本来なら撃墜されてるはずの男だ。
彼の後ろには数人の警備隊員がいるが、やはり彼らも本来なら撃墜されている者たちだ。
「いや、悪いがまずはトリスメギストスが優先だ。失礼、ジョウェイン艦長。私はストラム・カーヴェと申す者だ。駆逐艦サヴォナの戦闘隊長をやっている」
さらに遮るように前に出てきたのは角刈り頭の中年男性。
その男の事は、省吾も知っている。名乗った通りの立場であり、彼もまた、本来ならマークに傷を負わされ、一時離脱、その後、駆逐艦サヴォナとユーキの乗るトリスメギストスを守る為に特攻を仕掛けて、散った男だ。
彼は名乗りながら、握手を求めてくる。
「うむ、よろしくストラム隊長。トリスメギストスはその通り、我が艦に帰還させた。まぁもちろん、そちらに引き渡すつもりだが、そちらの艦の状況は?」
省吾は差し出された手を取り握手を返した。
同時にふと思う。本来ならこのもっと後に死ぬ男について。
省吾はそのシーンを、名シーン……とは思えなかった。まるでノルマ達成の為にとりあえず出して殺した風にしか見えない場面だったからだ。
(そういえば……そのシーンでもサヴォナはエンジントラブルだったな。ついでにレーダーの不調……そしてその後に、トリスメギストスの二回目の能力解放……ん?)
何かが引っかかった。
具体的に何がとは言えない歯がゆさがあるのだが、それでも省吾は何か共通点のようなものを見出せるのではないかと感じた。
何か、忘れているシーンがあるような気がする。それは、今のこの状況に非常によく似ているはずだった。
(……そう、エンジントラブル。アニメの展開上、サヴォナは危機に陥る必要があった。そこで追い込まれ、活躍する主人公という展開の為に。だが、それはアニメのメタな理由だ。現実として起きた場合、何が原因だ。敵襲はまだいい。追いかけられているわけだからな。それ以外だとマシントラブル……だとしてもエンジンは通常、念入りにチェックする。サヴォナは古い駆逐艦だが、がたついた艦とかそういう設定はないはず……度重なる戦闘による不調はあるだろうが……エンジンが停止? 都合よく? いや、都合が悪く……)
などの思案をしていると、それが表情に出ていたらしい。
ストラムが訝しげな視線を向けていた。
「ジョウェイン艦長?」
「あ、あぁ、すまない。少し、考えることがあってな……」
「はぁ、そうですか? まぁとにかく、うちの艦は何とか、浮上する程度ならいけます。宇宙へと上がるにはまだしばらく必要となりますが。言い訳をするつもりではないですが、あの船はもっと持つと思っていました。とはいえ、しょせんは旧式ということです。エンジニアが二人も増えたというのに、あてにならんものです」
といって、ストラムはちらりとパーシーを見やった。
どうやら、艦の整備をパーシーとフィーニッツに手伝わせていたらしい。
「お言葉ですが、私と博士は手を抜いたりなどしません。エンジンに問題はなかった。ですが、旧式を使っているということは、本来なら想定していないパーツで補強している可能性もあります。それで動作不良を起こしたのであれば──」
「あぁ、わかった。悪かったよ」
パーシーが声音を強めていうものだから、ストラムは肩を竦めて流すように受け取った。
ここでジョウェインとしての知識が省吾に囁く。反乱軍はその戦力の大半を旧式で賄っている。さらには資源も乏しく、共食い整備など常だというのだ。
一応、主力部隊ともなれば政治的、経済的な手段で正規品を手に入れたり、横領もできるらしいのだが。
「というわけなもので、場合によってはそちらの艦に牽引してもらう必要もある。負荷はかかるでしょうが、ニューバランスの最新艦ならば、可能だと思いますが?」
「その方が良いだろうな。アンフェールの手下は始末できたとはいえ、一般の軍隊がやってくると来た。早めにこの惑星からは去るべきだろう」
なんにせよ、戦力は多い方がいい。何をやるにしても数は武器だ。
幸いなのは、これからやってくるであろうジャネットと名乗った女艦長の艦隊は、無作為にこの星を攻撃することはなさそうということだろう。場合によっては一戦交える可能性もなくはないが、基本は逃げの一手で良いはずだ。
つまりはワープで逃げる。重力異常が怖いが、それを避ける方角でワープすれば、距離を離すことはできる。それに、結果はどうあれ、トリスメギストスは能力を解放している。
頼ってもよいかもしれない。
「その為にも、トリスメギストスにはもう一働きしてもらうが……」
といって、省吾はあえてユーキを見た。
すると、アニッシュが視線を遮るように割り込む。
「もういいでしょう。ユーキは偶然、お手伝いしただけなんです」
「そうです! そもそも、彼がなぜあれに乗れているのかの説明が……」
アニッシュに同調したパーシーが大声を出しながら何度目かになるトリスメギストスの危険性を訴える。どうせまた乗るな、使うな、の話になるだろうと思っていた省吾らであったが、それは意外な乱入者によって遮られた。
「ヴィー!」
「お前、トート! どうしてその艦に……うわ、なんだ!」
ユーキの背中に、まるでリュックのようにぶら下がっていたトートが突然、パーシーに飛び掛かる。傷つけているわけではないらしいが、なにやら反抗的な態度で、必要に彼を威嚇し、遠ざけようとしていた。
「貴様……!」
「技術大尉。人形相手に本気になるな。それに、こいつは重要なデータが眠っているんだろう」
見かねたストラムがトートをつまみながら、同時にパーシーも下がらせる。
しかし、パーシーは食い下がることはなかった。
「人形? あれはただの人形じゃない。トリスメギストスのデータだぞ!」
「ヴィヴィ! シッカクシッカク! ヴィー! キライキライ!」
トートはまるで挑発するかの如くだった。
するりとストラムの腕から逃れると、ユーキの肩に乗って、どこか得意げだった。
そうみると確かにマスコットキャラのようには見えなくもない。何一つ愛らしい姿ではないが。
「あっはっは! 機械に馬鹿にされてる!」
「あのなぁ! まだわからないのか! こいつは……」
アニッシュがその光景を見て思わず吹き出し、パーシーがそれに対してまた声を荒げる。
これは誰かが止めないといけない雰囲気だった。
なので、省吾はわざとらしいため息を吐いた。
「はぁ……あのだな? 危険なのはわかっている。私だって、こいつが何かおかしいことぐらい理解できているつもりだ。だが、今ここでバカみたいに騒いでも意味はない。それよりも、博士を呼んできてほしいところだな。なんでユーキを巻き込んだのかとか、パイロット登録についての事とか、色々聞いておきたいことがある」
「当然です! トリスメギストスのパイロット登録が、そんな簡単にできるわけがない。きっと博士がなにかしたんだ」
その返事から察するに、どうやらパーシーもその実、トリスメギストスの本質には至っていないのかもしれない。彼が知っているのは、恐らく、表面的な性能。
自己の複製やデータ保存、各種エネルギーの操作など、確かにそれらだけでも十分に危険だ。
それを踏まえた上で、パーシーはトリスメギストスに乗らない、起動させないと決めている。
「宇宙での戦闘は、まだこちら側では確認できていないが、何が起きたのかは大体わかる。やはり危険だ。あのマシンは……!」
「ヴィー! ヴィー!」
パーシーがそのような態度を取るたびに、トートは威嚇をしている。
省吾はトートの反応を見て、またも思う。
(危険なことはわかってんだよ。だが、今はこの、それこそチートともいえる能力を使う事が重要なんだ。何せ、生き残る方法を見出せるのはこいつだけだらな)
心情という意味においては、パーシーの考えにどちらかと言えば賛成よりな省吾。
だが、視点を変えて、トート……いやトリスメギストスを個人として捉えた場合、果たして己の生存、存在を否定するものに好意的な感情を抱くだろうか。
トートがパーシーを拒絶しているのはまさしくその部分なのだろう。
同時に、それはひどく恐ろしいものだと分かる。
「あんたの訴えもわからんでもない。だから、それらを色々とひっくるめて、博士には聞きたいことがあるのだ。とにかく、トリスメギストスを艦から降ろす。本来のパイロットである、君が操縦をしてくれるのか? それとも嫌だと駄々をこねるかね?」
「そ、それぐらいはやる! 格納庫に案内してください。あれは私が面倒を見ます!」
と、パーシーが前に出た瞬間である。
やはり、トートが騒ぎ出す。だが、それは先ほどの威嚇とはくらべものにならない激しいもので、ぶら下がられているユーキまで態勢を崩しかけていた。
「なんだよ?」
「うるさいわねぇ、こいつ」
倒れそうになるユーキ。それを支えるアニッシュ。
そのやり取りだけは微笑ましかった。
パーシーは騒ぎ続けるトートを無視して進む。
省吾たちも、ひとまずの作業を終わらせるべく、艦内に戻ろうとする。
「こい、トート。こいったら!」
パーシーがトートを捕まえようとした、その瞬間。
「ヴィー!」
まるでサイレンのようにトートが叫ぶ。
そして……
「は?」
省吾は目の前で起きた出来事に唖然とした。
トートを捕らえようとしたパーシーが忽然と姿を消したのである。
「ヴィヴィヴィ!」
それをまるで面白がるように笑うトート。
そして……
『艦長! ミランドラのワープドライブが──』
軍服に装備されたインカムからクラートの悲鳴が聞こえた。
が、それと同時に省吾たちの視界は真っ白な光に包まれた。
「おい、まさか!」
省吾が驚愕の声を上げたのと、無重力を感じたのは同時だった。
彼は無意識に口元を抑えた。もし、それが本当の宇宙空間であれば意味のない行為であるにも関わらず。
しかし、そこは見慣れた艦橋だった。
そしてなぜかそこには、マーク、ユーキ、そしてアニッシュだけがいた。
それ以外の、反乱軍や警備隊の姿は、どこにもなかった。
「か、艦長……本艦は……ワープアウトしました……う、宇宙です」
オペレート席に座るクラートが青い顔をして、言った。
「な、な……なんでだぁ!?」
省吾の、叫び声が響いた。
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