考察は捗るものだが当たって欲しくない考察だってこの世にはある

 状況終了後、再び放心状態となっていたトリスメギストスはマーク中尉に回収され、ミランドラへと運ばれた。

 敵艦が近い距離で重力異常による謎の圧壊で消滅したミランドラであったが、どういうわけか艦内システムがオフラインになることはなかった。

 そもそもミランドラそのものにいかなる重力、電波障害も発生しなかった。

 まるで、何かバリアーで守られていたかのように。

 とは言いつつ、省吾はそれがなぜかを理解している。これもまた、トリスメギストスの能力なのだと。

 この程度の能力なら、トリスメギストスからしてみれば朝飯前といった所だろう。


(それはつまり、トリスメギストスが俺たちを、一応は仲間、友軍であると認識しているというわけだ。えぇい、くそ、だがすべてが分かったわけじゃないな……そもそもなぜユーキは動かせた。なぜユーキが乗ることになった。なぜ最終回でやっと発動した機能がこの序盤も序盤で出てきた)


 一息つけるにはまだ早いとは思いつつも、戦闘が終わったという空気には抗えない。省吾はこうして思案にふけった。

 ミランドラを再びビュブロスに降下させ、残った時間で駆逐艦サヴォナの修理を手伝い、ユーキをねぎらってやって、そして何より。


「あの糞ジジイはやはり一発ぶん殴ってやらないと気がすまないな」

「え?」


 独り言が、思わず大きな声となって出ていたらしい。

 クラートを始め、艦橋メンバーは一斉に、省吾へと注目した。


「んん! 気にするな。それより、こちらの損害状況は」


 咳払いでごまかす

 つい、本音が出てしまった。


「あ、はい」


 クラートがデータをまとめたようで、艦長席のサブモニターに各種報告が上がってくる。どちらにせよ、あとで艦長室で精査しないといけないものだが、ある程度の情報は先に読み取っておくことで楽ができた。


「さすがに短時間での惑星離脱、進入は大きな負荷になっていますね。爆発することはありませんが、表面装甲は意外とボロボロです」


 なにせ、直撃を受けずともビームやミサイルの影響は出る。そこに惑星進入などの摩擦熱だの断熱圧縮熱などが重なればいかに堅牢な戦艦の装甲といえど劣化はするというものだ。

 当然、各種戦艦には応急手当用の装甲素材もあるにはあるが、結局は応急手当である。本格的に修理が必要になる状況も近いだろうと省吾は悟る。

 それにミランドラや艦載機の残弾も気になるところだ。鹵獲や撃破した機体からいくつか回収してもやはりそれはスズメの涙というものだ。

 艦内エネルギーの依存するビームも結局は砲身の劣化などを考えるとやはり放置はできない。

 それに食料。これはまだ余裕はあるが、これから先を考えるといくらか億劫になるというものだ。


「問題は山積みだな。とはいえ、反乱軍本拠地と合流できれば修理も補給も受けられるだろうさ……そこまでは持たせんとな」


 楽観視はできないが、かといって悲壮感に明け暮れるほどでもない。

 今考えるべきは、やはりトリスメギストスとユーキの事だ。もうしばらくすれば、マーク中尉がユーキを伴って艦橋に上がってくる頃だ。

 原作のユーキとは本来であれば殺しあう間柄であったのに、今は全く正反対なのは、そうなるように動いた省吾からしても違和感はあったが、同時にそれは自分の目論見がうまくいっていることの証拠でもある。


「失礼? 艦長」


 マークだ。

 パイロットスーツ姿だが、胸元を大きく開けたラフな姿である。まだ警戒態勢故に、パイロットは一応そういう姿をすることは許されている。すぐさまチャックをしめて、ヘルメットをかぶれば出撃できるからだ。


「ヒーローを連れてきましたぜ?」


 ほらよ、と言いながらマークはユーキの背中を軽く押し出した。まだ無重力が効いている艦内。ユーキはその勢いのまま、艦橋に流れ着いた。

 その表情は青く、そして緊張していた。

 と、それだけではない。省吾は彼の肩に抱き着く異物を目にした。

 トートだ。それを見て、省吾は若干驚く。なぜこいつがそこにいるのかと思った。

 こいつとの出会いは、アニメにおいては駆逐艦に戻ってからだったはず。とはいえ、原作改変を行っているのだ。この程度の誤差は気にするほどでもないのかもしれないが。


「なよっとしてるが、根性はあります。戻さなかったんでね」


 マークのいう事は、つまりは嘔吐してないということだろう。

 戦闘後の興奮、人殺しという事実。そのほかにも色々な緊張感の中にいて、それから解放されたのだ。体調不良が押し寄せてくるのは当然だ。

 むしろ、たった二回でそれに慣れている自分がおかしいんだと省吾は内心で苦笑した。


「あの……僕は……」


 怒られるとでも思ったのか、それともそれ以上のことを考えてしまったのか。

 ユーキはうかない表情だった。


「ん、ありがとう中尉。さて、ユーキ君だったな。まずは礼を言おう。君のおかげで我々は助かった。色々と君も言いたいことはあるだろうが、我慢してくれ。私も色々言いたいことがあるが、それは君を巻き込んだ張本人に問いただすとする」


 別に省吾はユーキを叱り飛ばそうなどとは考えていないし、責めようとも思っていない。彼はむしろよく頑張った。最善を尽くしたと言ってもいい。

 本来なら、これ以上にもっとひどい状況に追い込まれているはずの彼を、それ以上苦しめて悦に浸る趣味は、省吾にはないのだ。

 だが、とうのユーキはびっくりとしていた。そんな優しい言葉を投げかけられるとは思ってもみなかったからだ。


「怖い思いをしただろう。とにかく、今は休め。ビュブロスに降りたら……まぁ、なんとかするよ」

「あの……ありがとう、ございます」


 ユーキはただただぺこりと頭を下げるしかなかった。

 かくいう省吾はとにかく優しくしておけば後々、良いめぐりあわせが来るはずという下心で動いているのだが、一応、本心からの心配もあった。


「ところで、そのパペットマシンだが……」


 場の空気を緩やかにしたところで、省吾は気になって仕方がないトートについて質問を投げかける。

 当のトートはまさしく猿そのもので、こっちを見ながら鬱陶しく顔を回転させたりしてせわしない。


(思えば、こいつもよくわからん存在だよな。フィーニッツ博士やパーシーの言葉を信じるならこいつはとんでもない情報端末なわけだが)


 なにせ、トートにはトリスメギストスのデータが入っている。それが自由気ままに動き回れている事実が恐ろしい。今は、どういうわけかユーキになついているようだが。


「あ、こいつはよくわかりません……フィーニッツ博士が連れてたみたいです……僕も、空港で偶然ばったりと。あの会議で、言ってた奴ですよね?」

「ふむん……」


 もともと、トート自体がいつの間にか潜り込んでいたような存在だ。

 アニメだと、そもそもフィーニッツ博士がトートについてのまともな説明をしていなかったことも大きい。今に思えば、あえて隠していたのかもしれないが。

 やはり、あの老人は危険なのではないかという不信感が省吾の胸中に渦巻く。


(そういえば……打ち切り最終回の時。トリスメギストスにはユーキと一緒にトートもなぜか乗っていたな……そしてトートはトリスメギストスのデータを持つパペットマシンだが、もしかするとそれ以上の意味が……ははん? まさかそういうことか?)


 トリスメギストスが本領を発揮するにはトートが必要なのかもしれない。

 こいつはある意味ではリミッターなのだろうか。いや、しかしそれだけでは説明のつかないこともある。

 なにせ、別にトートが乗っていなくてもアニメでは一応、能力解放を行っている。といっても最終回を除けば二回のみ。

 それに、これも仮説の領域を出ない。


「フィーニッツ博士か……ところで、君はなんでまたトリスメギストスに乗ったのだ。あぁ、いや、責めているわけじゃない。普通、どう考えても、乗るようなことにはならんだろう?」


 そもそも乗れないはずだから。

 乗れた以上、何かがあるのだろうが。


「第一、こいつは、人目に着かない場所にあるはずだし、警備というかセキュリティーだってある。見つけました、はい動きましたは、いろいろとな?」


 問題なのは、原作だとその流れで動いているので結局、博士の言葉はほとんどが嘘だという事になるのだが。


「トートを見つけた時に、フィーニッツ博士に言われたんです。僕は、パイロット登録されたって……こいつに」

「……トートに?」


 また知らない設定だった。

 そんな設定描写は見たことがない。


(あぁ、いや……そうか。トートは気がつけば駆逐艦にいた。だが実際はそうじゃない。こいつは最初からトリスメギストスの中にいたんだ。だが、そうなると疑問はある。なぜ、ユーキだった。パイロットとしてはアニッシュの方が経験がある。ケガをしていたからか? だとすれば、こいつには、人間の身体状況を把握できるという機能があるわけだが)


 別に、それは不思議なことではない。

 極端な話をすれば血圧計や体温計だって機械が人間の状況を測るものだ。このパペットマシンにそれらが搭載されているという事だろう。

 そして……AIによる診断や提案も、省吾のもといた世界では実験的に始まっていた。そう難しい事ではないという事だ。


「ヴィヴィ?」


 首をかしげるトート。その動きは生物をまねているというより、生物そのもののように見える。


(……生き残る為?)


 ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。

 アニメや映画の知識だ。どこまで当てはめてよいものかはわからないが、省吾は仮説を構築し始めていた。


(AIが、人間のような振る舞いをし始めるなんてよくあるSF設定だ。探せばどこにでもある。とすれば……この未来世界なこの時代に作られた超高性能なAIってことは、それだけのことができる?)


 技術特異点。シンギュラリティ。

 単純なAIから、猿並みとはいえ知能を持ち始めたトート。そして、自らの主を選ぶ判断。


(し、進化する……AI? ありえる。トリスメギストスは複製品を作るといった。それって言いかえれば……子孫を残すってことだよな? 生物として、己の複製、子を残すのは普通の事……)


 所詮、憶測の基づくもの。

 そう言い聞かせつつも、省吾は顔が青くなるのを感じた。


「ほ、他に何か、わかることはあるかな?」


 まるで自分の仮説が間違っていてほしいと思いたいがために、省吾はユーキに再度の質問を投げかける。

 が、どうやらユーキは自分の事で精一杯のようで、目の前の男の顔色を気にしている暇はなかったようだ。


「理由はわからないようです……正直、僕も全く意味不明です。でも、パイロットに登録されて、トリスメギストスが動かなきゃビュブロスや、アニッシュたちが危ないって言われて……協力、できることは、ないかなって……」

「あぁ、そうか。わかった。楽にしてくれ。そういうこと……」


 そういいながら、再び嗚咽を漏らしそうになるユーキの肩を軽くたたきながら、省吾はクラート少尉にユーキの世話をするように指示を出す。


「部屋で休ませてやってくれ」

「はっ」


 クラートと入れ替わるように、マークが無人となったオペレート席に腰かける。


「あの爺さんに無理やり乗せられたってわけかい?」

「だろうな」


 マークはやれやれと言った態度で髪の毛をくしゃくしゃとかきながら、哀れな少年の背中を見送っていた。

 この男は戦闘狂ではあるが、無意味な殺戮には嫌悪感を示す男だ。命令とあれば、やらなくもないが、命令し続ければ牙を向く。

 今の所は、まだ自分に従ってくれている。部下の面倒見も良い男だ。相反するようだが、そういう男なのだ。


「気にらねぇな、あの爺さん。何が目的だ」


 そんな男からしてみれば、秘密主義者に見えるフィーニッツは好ましくはないはずだ。


「さぁな。科学者の考えることはわからん。だが、色々と問い詰める必要も出てきた。ことは我々の安全にもかかわってくる。あの老人には、全てを話してもらう」

「言いますかねぇ?」

「その時は殴る。個人的にむかっ腹が立っているからな。あのジジイめ……ろくでもないことを考えているに違いない」

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