挫けそうな少年に発破をかけるのは大人の役目だがその後の事までは想像できません

 国際空港に地下空間があり、そこには反乱軍の駆逐艦が鎮座していることを知ったのは件の会議の時であったが、実物を目の当たりにすると、自分たちが信じていた平穏が実は薄氷の上に存在しているものだったことをユーキは実感した。

 こんなものがあるだなんて、この十八年間知らなかった。そして、こんなことが起きなければずっと知ることもなかったのだと思う。

 妙に埃っぽいその地下ドックは長い間使われていなかったのだろう。それを、いきなり使う事になり、恐らくは無理やりどかしたと思わしき機材やコンテナが散乱していた。


(地下に秘密基地があるって、普通ならわくわくするはずなのに、今はなんてものを作ってるんだって感想しかでない)


 元を正せば、この人たちがこの惑星に来たから自分たちは襲われている。

 そのことを認識するとむしょうに腹が立ってくるが、ユーキはそれを口には出さないし、かろうじて表情にも出さなかった。

 ただ早くこの嵐が過ぎ去ってほしいと思うばかりだったのだ。

 地下ドックには反乱軍の関係者らしいものたちが慌ただしく駆逐艦に資材などを運んでいた。何かあったのだろうかと疑問に思うが、それ以上にフィーニッツ博士がどんどんと突き進んでいくせいで、ユーキはそれを追いかける方に必死だった。


「急げ。敵は待ってはくれんぞ」

「わかってますよ!」


 トリスメギストスとかいう新型のマシンは艦船停留用のドックの近くに併設されたハンガーにまるでご神体かのように待機させられていた。

 中世時代の司祭のような姿をしたその人型のマシンは確かに異質なものだと感じ取れた。ゲオルクやラビ・レーブなどのマシンは兵器然とした見た目であるのに、このトリスメギストスだけは兵器のようには見えない。それ一つが芸術品のような姿をしており、およそ戦いに赴くような代物には見えなかった。

 ユーキは一瞬だけ、その風貌に見惚れていたが、フィーニッツ博士がハンガー階段を昇っていくせいで、ゆっくりとはしていられなかった。

 何より状況も悪い。


「ところで、小僧。お前、テウルギアの操縦はできるのか」

「資材運搬とか整備の手伝いでたまにゲオルクを動かすことはありましたけど、空を飛ぶとか、銃を撃つとかは」


 重機の代わりとしてゲオルグを使う事は地球でも、その他の植民惑星でも珍しいものではない。ある意味で、テウルギアなどのマシンは人々にとっては密着したマシンでもあるのだ。


「動かせるならいい」


 フィーニッツ博士はそれだけを確認するとさっさと先に進み始めた。

 ユーキはトートと呼ばれたパペットマシンを抱きかかえながら博士のあとを追いかけ、そしてついにトリスメギストスの後頭部までたどり着く。

 コクピットはどうやらそこにあるようだった。


「乗れ。調整と言ってもあとは機体システムぐらいだ。最終チェックが済み次第、トリスメギストスを稼働させればいい。後の事はわしがオペレートしてやる」

「え、えぇ! ちょっと、無理やりですか!」


 と言いながら、フィーニッツ博士は半ば無理やり、ユーキを押し込む。ついでにトートもその中に入り込んでいった。


「ヴィヴィ! ヴィーヴィ!」

「ってぇ! んだよ!」


 ガコンッとコクピットが閉じられる。

 暗く狭いコクピット、わずかな灯りはトートの金魚鉢のようなセンサーから発せられる光のみであった。

 だが、数秒と経たぬうちにトリスメギストスのコクピット内部が起動する。

 起動スイッチなどを押した覚えはない。キーなどもなかった。


「き、起動した……操縦方法は……ゲオルクとかと同じか?」


 日々のアルバイトがユーキに操縦技術を与えていた。とはいっても、無免許で車の運転を覚えた程度のもの。感覚的にできなくもないというだけで、訓練をしたわけでもない。まして戦闘行動などできるわけもない。

 しかしとユーキは自分に言い聞かせる。


(べ、別にライフルとかを撃つわけじゃない。そうだよ、こいつは戦闘以外の能力もあるはずだ。何か、ネットワークとかに進入できる機能を教えてもらえば……あぁクソ、もうちょっとコンピューター知識を持っていれば)


 戦わない。いや戦わずとも戦闘を終わらせる方法がある。

 そんな根拠もない何かにユーキは縋る。その根底には何もしないよりはマシという考えもあった。

 自分への言い訳。故郷を守りたいという思い。アニッシュの無事を祈るという個人の欲望。それらすべてを混ぜ込んでユーキは動く。


『起動させたか。操縦方法はゲオルクなどのテウルギアの基本と同じだ。歩かせるぐらいはできるだろう』


 メインモニターが周囲の状況を読み取り、サブモニターにはフィーニッツ博士が映っていた。どこで用意したのか、それとも最初から持っていたのか。小型端末による映像通信のようだった。

 

「そりゃ、できますけど! それより、ここからどうするんですか? 何か秘策でも──」


 そのあとの言葉を続けようとしたその時であった。


「ヴィー! ヴィー!」


 トートがまるでアラートでも鳴らすかのように機械音を発した。

 その甲高い音にユーキは思わず耳をふさぐ。


「うるさい!」

「ヴィ! テテテテキキ! テッキテッキ! ゴ!」

「は?」


 刹那。

 トリスメギストスは、飛んだ。

 ハンガーの固定具を引きちぎり、防御姿勢も何もあったものではなく、地下ドックの天井を突き破り、一瞬にして地表へ躍り出た。

 白亜の装甲が太陽光に煌めき、ローブ状の増加装甲やかかと、背中、両肩と膝に組み込まれた各種スラスターノズルから噴射される推進剤の粒子がさらに幻想的な姿を演出した。

 太陽の下に現れたトリスメギストリスは両腕を広げていた。日の光をいっぱいに浴びて、生を謳歌する人間のように。

 無貌のはずの顔面には電子の光が走り、ほんの一瞬だけ彫刻のような顔を浮かべ、そして消えていく。

 

「うわあぁぁぁぁ!」


 がたがたと揺れる機内。

 トートはまるで喜ぶ猿のように腕を叩いていた。


「か、勝手に動いてるのか!? 博士、博士さん、これどうなってる……」


 サブモニターに映っていたフィーニッツ博士。


「うっ……!」


 その顔は笑っていた。トリスメギストス出撃の余波を受けて、どうやら顔に何かの破片でもあたったのか、額からは血が出ていたがそれでも笑っていた。

 声は聞こえない。あちら側の通信機器の故障か何かだろう。映像だけが映り込んでいたのだ。

 大笑いをする、老人の姿が。それは、非常に、奇妙なものだった。


「なんだ、あの爺さん……い、いやそれよりもこいつ勝手に動いて、飛んで……! おい、お前、お前が勝手に動かしてるのか?」


 いまだに興奮した猿のように動き回るトートを捕まえるユーキ。するとトートはスンと大人しくなる。だが頭部をぐるりと回転させてユーキを見つめた。


「ウテウテウテ! トリッガー! テキゴゴ! ウテテ!」


 こちらの言葉など聞く耳もないらしい。

 それと同時に、トリスメギストスのメインモニターには豆粒のような影を捉えていた。上空、いやもっと上、宇宙空間の映像。それを拡大したもの。

 それだけではない。トリスメギストスはまだ上昇を続けていた。宇宙からの突入ならまだしも、機動兵器単体で大気圏や重力圏を惑星内側から抜けるのは不可能なはずだった。


「こいつ、まさか宇宙に出ようとしてるのか!?」


 トリスメギストスはそれをやろうとしているのだ。

 なのに、操縦用のスティックレバーは一切の動作がない。いやむしろ、ユーキに対して早く握れと言わんばかりだった。

 メインモニターの表示はいつの間にかロックオン表記が流れていた。敵との相対距離の数値、高度計、その他よくわからない数値があちこちに表示される。

 それがまるでユーキに行動を催促させるようなものに感じた。


「ウテ!」


 トートの無機質な圧力もあった。


『ちょっと! 誰が乗ってるのよ!』


 ふいに通信回線がつながれた。聞こえてきたのはアニッシュの声だった。


「あ、アニッシュ!?」

『え、嘘、ユーキ? どうしてそこに……!』


 通信相手がアニッシュだと理解した瞬間、ユーキはこのまま何もしなければアニッシュたちが危険な目に合うということを思い出した。そして自分はそれを防ぐために一回こっきりの協力を受け入れたのだと。

 その瞬間。ユーキはトリガーを握りしめた。


「ウテウテ!」


 はやし立てるようにトートが叫ぶ。


「う、撃つぞ!」


 そして、ユーキはトリガーを引き、ビームを放った。

 その時だけ、ユーキは攻撃なんてしないなどと言う当初の考えから大きく離れたことをしている自覚などなかった。

 それを再び思い出した時、それは、ユーキが敵を撃墜したあとの事である。


***


「テウルギア隊! トリスメギストスをフォローできるか!? 乗ってるのはド素人だ!」


 なぜ、どうして、乗れるはずのない少年がトリスメギストスに乗っているのか。その理由を今考えても意味などない。

 省吾はとにかくとしてユーキの保護を優先させた。仮にでも、何事かあればもはやカバーすることは不可能になる。

 それにトリスメギストスを失うことはジョーカーカードを失うことに等しい。


(どう考えてもフィーニッツのジジイが何一つ真実を話してないことに行きつく。野郎、まさか大がかりな施設じゃないと解除できないとか、パイロットが死亡しなきゃ解除はされないとか、嘘だったんじゃないだろうな)


 どんでん返しを目論む展開であれば、それぐらいは平気でやってくる。

 視聴者視点であれば思う事はないが、まぁそういうのもあるだろうと納得はできなくもない。だが、その世界の当事者となってしまえば仕方ないでは済まない。


(糞ジジイめ、これが終わったら全部吐き出させてやる。ぶん殴ってでもな!)


 そのような決意を固めつつも、省吾は目の前の問題に対処しなければならない。

 テウルギアのカメラがとらえたトリスメギストスはビーム照射後は唖然としているのか、ただ宇宙空間に浮かんでいるだけの状態だった。


「おい、トリスメギストスとの通信回線はまだつながっているな! パイロットはどうなっている!」

「そ、それが……錯乱しています! シェルショックです!」


 オペレーターのクラート少尉はマーク中尉のオペレートをしつつも、トリスメギストスの面倒を見ていてた。現状、彼が通信長のような仕事をしている。

 クラートはユーキに何度も声をかけているが、とうのユーキは独り言をぶつぶつとつぶやいていた。

 シェルショック。別名では戦闘ストレス反応とも言われる。戦闘という異常事態に身を置くのである。少なからず、精神的な負荷はかかる。


『撃った、撃ったのか……こ、殺した?』

「おい、少年、聞こえているか! なんでもいいから機体を動かせ! 狙われるぞ! というか重力圏に引っ張られるぞ! おい、聞いてるのか! 艦長駄目です、気聞こえてません!」

「えぇい、こんな時に!」


 とはいえ、ユーキを責めることはできない。

 なんであれ、彼は巻き込まれたに違いない。


「おい、ユーキとかいったな! 聞こえるか!」


 省吾は艦長席から飛び降りて、クラートからインカムをひったくると叫んだ。

 もうこうなれば主人公にも頑張ってもらう為だ。


「いいかよく聞け! お前がそこでぼうっとしていたら、敵艦はプラネットキラーをぶち込むぞ! いいのかそれで! よくないだろう! なんでそんなものに乗ったのかは知らんが、乗ったのならやるべきことをやれ!」


 自分が今、酷いことを言っている自覚は当然ある。あるが、そう動いてもらわないと困るのだ。


『や、やるべきこと……?』


 ユーキからの反応があった。


「そうだ! お前の親もガールフレンドも重力異常で死ぬぞ! そして私は晴れて悪逆非道の罪人のレッテルを張られて追いかけられることになって処刑だ! そんな最後はご免こうむる! お前もそこで意味もわからず死にたくはないだろ! こんな目にあった状況に対してぶん殴ってやりたいとは思わんのか! トリスメギストスなら何とかできるんだよ!」

『なんとか、僕が何とかしなきゃならない……そう、そうだ! その為に協力するって言った……!』


 声から察するに正気を取り戻しつつあるようだった。


(よし、これで一話から主人公が死ぬなんて目にはならないはずだ。あとはマーク中尉あたりを援護につけて)


 しかしながら、省吾は一つ見落としていることがあった。

 それは、原作と違い、ユーキの置かれた立場には多少の余裕があること。彼は一時的な錯乱には陥ったが、それを引きずるほどの衝撃ではまだないという事。

 そして、図らずも省吾の言い放った適当な思い付きの言葉が、彼の奮起をさらに盛り立てているという事実である。


『なんとか、してみせろ! トリスメギストス!』


 刹那。

 トリスメギストスの無貌に表情が宿る。存在しないはずの口から咆哮が放たれたように感じた。音が響かない宇宙に、何かが響いている。

 そして、それは……すぐに効果を見せた。


「敵艦内部にエネルギー反応! 自爆している!」

「は?」


 間の抜けた声を上げた瞬間であった。

 まるで、見えない何かに握りつぶされるように、敵艦は内側から破裂し、その直後に重力源を発生させ、圧壊していく。

 それは、トリスメギストスの重力操作によるものだと省吾は知っている。打ち切りとなった回、一応の最終回でトリスメギストスが見せた最後のチート機能。

 ただの腕の一振りで、無数の艦隊が消滅した謎の力。

 いや、今となってはそれが何をしているのか理解できた。


(こいつ、トリスメギストスって……まさかプラネットキラーを無力化してるんじゃなくて……それそのものを操れるのか……?)

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