主人公と言う立場は修正力などという言葉で済ませられるものではない

 省吾らミランドラ隊が宇宙へと上がる直前の事である。

 緊急事態が発生すれば、その空気はおのずと周囲に広がる。何せ軍隊が攻めてくるという異常事態だ。民間人にも避難警報が出される。

 既に多くの民間人らが国際空港やそのほかのシェルターへと避難を始めているが、もとより田舎の惑星、そのような被害が全く想定されていない、もっといえばのんびりとした惑星であったが為に避難の動きは遅かった。

 さらに、アダマンら代表もこのような事態を想定こそすれ、直面してしまうと経験のなさが如実に出てしまい、まともな統制は取れていなかった。


「アニッシュ、本当にやめた方がいい。いくら何でもそれは無茶だ」

「あのね、軍隊がきてるのよ。しかもこっちを襲おうって話が出てるの。それに、あたしには出撃待機命令が出てるんだから、仕事はしなきゃいけないでしょう!」


 それがユーキとアニッシュの自由を許すこととなった。

 会議の後、彼らは簡単につまみ出されるわけもなく、一応保護観察という名目で国際空港内部にいた。といっても、殆どがアダマンや警備隊長からの説教であり、それ以外は今回の件に関する情報を外に漏らすことは許されない、最悪は逮捕という権限があるというちょっとした脅しを受けたぐらいで済んでいた。

 その後は殆ど放置という結果が、ビュブロスの甘さを見せているが、それを理解しているものは殆どいない。


「鹵獲されたラビ・レーブがあるの。候補生はそれに乗って待機。ゲオルクじゃないから大丈夫よ」


 敵襲の警戒態勢が指示されたと同時に候補生で、さっきまでは出撃待機だったはずのアニッシュにも出動命令がかかっていた。彼女はわかりやすく表情を変えて、やる気に満ち溢れていた。

 ここは最前線ではなかったし、地球からも遠く離れて、政治的な圧力もほとんどない。放置されかけた、田舎だから。逆を言えば、何が起きても見向きもされない。それはつまり、助けもないということである。

 実働できる隊員も少なく、こうして余裕がないから、候補生すら駆り出される。省吾たちが来るまでは機体の数がなかったので、待機命令であったが、今は三機も空きが出来てしまったのである。

 ある意味では融通が利くともいえる。だから、警備隊とはいえ、兵器の整備に民間人であるユーキがアルバイトとして参加できるのだ。

 それが、良いことであるとは限らない。


「ここのシェルターは強度だけはあるんだから、さっさとおばさんたちと一緒に避難しなさいよ。あたしは警備隊員なの、この星を守る義務があるわ」


 アニッシュという少女はいくらか猪突猛進なところがある。

 頑固ともいえる。それゆえにユーキは幼い頃から振り回されているが、それはこんな緊急事態でも変わらない。

 負けん気の強さが彼女を警備隊の入隊させたことは知っていたが、ここまでかたくなに戦いを求める性格だっただろうかとユーキは違和感を覚えた。


「戦争なんだぞ? 殺し合いするんだろ? 警備隊は軍隊じゃないよ」


 何か、彼女が生き急いでいるようにも思った。もとより活発な少女だったし、それはそれでおかしなことはないけれども、今から始まるのは戦争だ。殺し合いなのだ。

 友人の一人である自分は、彼女をそういう事に巻き込まれて欲しくなかった。

 

「戦力は一機でも多い方がいいわよ。大体、相手は悪名高いニューバランスなんでしょ? それに、投降したって言うけど、あのジョウェインって人もニューバランスだったんだから、どこまで信用していいかわかったもんじゃないわ」

「それは、そうかもしれないけどさ……!」


 彼女の言わんとすることもわかる。

 ユーキ個人の考えだけを言えば、あのジョウェインという人は悪い人には見えなかった。人のよさそうなおじさんといった具合だった。

 とはいえ、あの人が、各地の植民惑星に弾圧を行っているニューバランスの軍人だったという事実も見れば、アニッシュの警戒もその通りだ。


「とにかく、こんな状態じゃ何がおきるきかわかんないんだもの。プラネットキラーだって持ってるかもしれない。撃ち込まれたら、おしまいよ」


 そういってアニッシュはユーキを振り払い駆けていく。

 平時であればまだしも、国際空港内の警備隊区画には入れない。アルバイトをするときも一応の監視役がついていた。

 だが今はそれすらも許可されない状態だった。

 ユーキは立ち尽くすしかない。


「何だって言うんだよ。ここは、田舎の星だぞ……」


 反乱軍が来ていた。

 それを追ってニューバランスもやってきた。

 さらに新型のマシンが持ち込まれたり、投降者が出てきたり、そして今じゃ敵襲だ。

 今日一日で、ユーキの身の回りは急激に変化していた。


「でも、アニッシュの言う通り、プラネットキラーなんて爆弾を使われたら、住めなくなるし……かといって戦争をされちゃ困るんだよ、こんなところで。地球からの救援物資だって何か月先になるかわからないのに」


 それにここは十八年も住んできた故郷だ。両親も友人も多くいる。

 だからといって、今のユーキにできることはない。 

 現実味のない、戦争という事実が迫ってきているというのに、ユーキはかみ合わない空気のただ中に取り残され、もどかしさを感じるしかなかった。


「──ヴィヴィ?」


 もし、その場に省吾がいれば苦笑しただろうか。それとも唖然としただろうか。

 何者でもない少年の前に、突如として導きの何かが現れるなど、それはさっそく偶然ではない。運命という言葉でしか言い表せるものでしかない。

 まるでアニッシュと入れ替わるように、二十センチほどの白いパペットマシンがユーキの頭上から降ってきた。


「うわ!」


 換気口でも通ってきたのか、突如として出現したそれにユーキは驚く。

 それは猿のような構造をしていた。長い手足、しかし頭部は水晶体というべきか、ガラス張りというべきかセンサーカバーで覆われており、宇宙服を着た猿といった印象を持たせる。

 動きも猿そのもののようにも見えた。


「え、パペットマシン……なんでそんなところから……あれ、こいつって」


 前知識があるというのはこういうことである。

 本来であれば、謎のパペットマシンというだけの印象しか持たないそれを、ユーキは「トリスメギストスとか言うマシンが作ったもの」だと認識できた。

 件のパペットマシンがどんな形をしていたかなんてことは聞いていないが、なんとなく彼はそう思ったのだ。第一として、こんな形のパペットマシンをビュブロスで見たことはない。


「あの人たちが言ってたパペットマシンで良いんだよな……というか、勝手に動き回ってるのって危ないんじゃ」


 パーシーとかいう人が常に危険だ危険だと言っていたはずだった。

 かといってこれを放置していいのかはわからない。確か、これには新型のデータが入っているとか言っていたし、紛失なんてしたらそれこそ大問題だと思う。

 だからユーキはなぜかこちらをじっと見つめるパペットマシンを抱きかかえた。

 機械の塊だというのに驚くほど軽い。軽量金属の類なのだろうか。


「と、いってもこんなものどうすりゃ……」


 しかもこのパペットマシンは何か得体のしれないものを感じさせた。

 じっとこちらを見て……いや値踏みされているような感覚が不快なのである。


「おい」


 などと思っていると、不意に後ろから声がかかった。


「はい!?」


 びっくりして振り返ると、そこにいたのはフィーニッツ博士だった。

 彼は訝し気な表情でユーキを見ていた。そしてその腕に抱かれたパペットマシンを見て、少し険しい顔になっていた。

 それに気が付いたユーキは慌てて、パペットマシンを差し出す。


「す、すみません! 信じられないかもですが、これが天井から降りてきて……」

「……ふん? 偶然居合わせたという事か。まぁいい。それより小僧、ちょっと手伝え」


 フィーニッツ博士は咎めるわけでもなく、何か一人で納得したように頷くと顎でしゃくってついて来いと合図をしていた。

 ユーキは首を傾げるしかなかった。


「手伝うって、何をですか?」

「機体の調整だ。今、この星は危機的状況だとわかっているだろう。使えるものは使う」

「機体って、警備隊の機体はもう整備が済んで出撃……」


 窓の外を見ると、いつも見るゲオルクの他にアニッシュが乗っているらしい鹵獲されたラビ・レーブが起動し、滑走路に移動していくのが見えた。

 もう残っている機体はない。そう思った瞬間、ユーキは気が付いた。


「新型の事ですか?」

「そうだ。言っておくが、あれを使わんと、死ぬぞ、この惑星は」

「それってどういうことですか!?」


 あまりにも物騒すぎる物言いだった。

 しかし、フィーニッツ博士はユーキの質問に全く別の言葉で返した。


「いいからついてこい。杞憂で終わればそれでいい。だが大人は常に最悪の事態を想定して動くものだ。助かる可能性があるのに、何も準備をしていませんでしたなどと言って、言い訳できるかね?」

「言い訳とかじゃなくて、第一、パイロットが」


 パーシーとかいう人は乗りたくない、動かしてはいけないと言っていた。

 彼らの話を聞いていると、ユーキもそう思う。危険な代物だと理解できるからだ。


「お前が乗れ」

「は?」

「トートに見定められたんだよ、お前は。理由は知らんが、そいつはお前をパイロットとして登録したぞ」


 その言葉を、省吾が聞けば卒倒するかもしれないが、そんなことを彼らが知る由もない。

 そんな設定はなかったはずだと省吾は叫びたくなる情報が、今この場で提示されていた。


「と、登録ってどういうことですか!?」

「私に聞かれてもわからんよ。だが、そうだな一つ言えるのは、トートは……いやトリスメギストスは自分が生き残る手段を常に考えている。それに必要なファクターに、お前が選ばれた。それだけだ。急げよ、プラネットキラーを撃ち込まれたらどうすることも出来ん。トリスメギストス以外ではな。それに、ガールフレンドを守りたくないのか? 死ぬぞ、このままでは」

「そんな言い方……! 脅しですか!?」

「私がお前に銃でも突きつけるならそうなるだろうな。だが私は警告しかしていない。で、どうする。このまま何とかなるかもしれないという希望的観測にすがってぼうっとしているのか? それとも?」

「ぼ、僕は……」


 そうなることが、運命であるかのように。

 ユーキは選択する。


「一回だけ、協力します。トリスメギストスは、重力や電子を操れる。なら、それって敵のコントロールだって奪えるってことでしょ」

「お前がつかいこなせればな」

「この戦いが終わったら、僕はおりますからね」

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