原作にいなかった知らない誰かの事を考えても先には進めない
「テウルギア各機、射線軸から退避を確認しました!」
「マスドライバーにプラネットキラーセット完了しています!」
「相対距離よろし! ですが重量場異常の影響は受けます。各種計器に異常が出ますが!?」
本職の部下たちの矢継ぎ早な報告を耳にして、一瞬気おされる省吾。
唇を噛みしめると、鋭い痛みが走る。意識していない緊張が体を強張らせていたようだが、痛みのおかげで意識が我に返る。
ここでまごついていては射軸が開けたことによる、敵艦の狙撃が飛んでくる。相手は狙いを定めているはずだ。
一秒でも気を抜いてはいけない。
「撃て!」
ただ短く。省吾は命令を下す。
マスドライバー。菱形の艦体、その右舷に取り付けられた電磁カタパルトの事だ。その本来の運用方法は長距離加速の必要な空域への機動兵器の射出やコンテナの運搬などに使われたりするのだが、プラネットキラーもまたこれを使わないと射出できない。ミサイルなどの形状ではないことも理由の一つだが、これが最も安全で、なおかつ最速で打ち出せる方法だからである。
下手に可燃物などで刺激を与えて誘爆させられり、そもそも迎撃の恐れがある。
その点、マスドライバー。言い方を変えればレールガンであれば相対距離にもよるが、早々躱せるものではない。
それが、巨体の戦艦であればなおさらだ。
プラネットキラーは貨物コンテナごと撃ちだされている。直径はわずか十五メートル。それが電磁加速による一撃で射出されるのである。
秒数にして、さてどれだけ経ったであろうか。プラネットキラーの射出と同時にミランドラの横を敵艦のビームがかすめていく。惑星に近づいていることによる重力の影響で何とか逸れているようだが、この一撃は恐らく牽制。それか微調整用の外れてもいい射撃。
つまりトドメの二発目が飛んでくるわけである。
(くるなよ、くるなよ……!)
省吾の心臓は早鐘を打つ。脂汗とも冷や汗ともわからない何かがじわりと体を濡らす。奥歯が砕けるのではないかというぐらいにぎゅっと顎を噛みしめた。
刹那。何かまばゆい光が省吾の網膜に映り込む。対閃光防御のフィルターが戦艦などの窓には施されているので、それで目が痛くなることはないという知識が今更ながらに頭の中に流れ込んでくる。
それと同時に黒い歪な闇が敵艦に炸裂していた。プラネットキラーの重力異常である。ブラックホールではないが、それに近しい何かが敵艦を襲っている。
艦体がひしゃげ、千切れ飛び、誘爆を起こしながら鉄くずへと変貌していた。
「電磁波障害きます。データリンク途絶」
「レーダー使用不可。復旧作業に取り掛かります」
「艦内生命維持装置、作動。予備の発電電源に切り替わります」
「……現在、我が艦はオフラインであります。最後に確認できた範囲では、敵艦は、消滅したと思われますが」
むろんそれだけではない。プラネットキラーの爆発の影響はミランドラにも届いていた。衝撃波は戦艦故に何とでもなる。細かい振動はくるが気分が悪くなるほどではない。しかし、重力波や電磁波などのあらゆるエネルギーが艦体の電子機器に誤作動を起こさせる。
本来であればもっと距離をもって砲撃するものだった故だ。さてこうなると、実のところ、艦の航行が一時的に不可能となる。
復旧には十分ほどかかるだろう。この間に、生き残った敵の機動兵器が特攻を仕掛けてきようものなら一環の終わりなのだが……どうやらその心配はなさそうだ。
友軍機のテウルギア。即席の識別の為、黄色いペンキを肩にぶちまけたものの一機が艦橋前に降りたり、ハンドサインを見せた。
本来ならそんなもの知らないはずの省吾だが、内容が面白ほどに理解できる。
「敵、無力化。捕虜、三名。自軍、損傷四機、パイロットは無事。なるほど……」
それを読み取ると、省吾は大きく深呼吸をして、艦長席からずり落ちそうになる。体の力が抜けて、深く座り込む形となった。
「なるほどー……生きてるな? 我々は?」
「はい、生きてます。なんとか」
さっきからほぼずっとやり取りをしているオペレーターだった。
そういえば、彼らの名前はなんだろうとジョウェインの知識を作動させるが、疲れているのか、中々思い出せない。よもや、ジョウェインが忘れている可能性も高かった。階級章を見れば、それぐらいはわかりそうだが、なぜかそれもおっくうだった。
「信号弾か、ビーコンは出せるだろう。テウルギア隊に周辺の警戒を。艦体復旧も急げよ」
「艦長、プラネットキラーの影響でしばらくはこの宙域へのワープは不可能ですが?」
「馬鹿。反対宙域とか、距離を取ればワープはできる」
撃ち込んだ宙域部分へのワープが一時的に不可能になるだけで、それ以外の宙域方向からのワープは一応可能である。もちろん、誤差が大きくなるが、それだとしても隕石の内部だとか、惑星コアにワープアウトなんてことはない。
戦艦であれば最大加速すれば十分にたどり着ける距離である。つまり、この状況は、本当に一時的な休息でしかない。
せいぜい、二日、三日が限度だろう。
「それに後ろから撃たれるのは嫌だろ」
「後ろ?」
「ビュブロスだよ。あぁ、クソ、そのことに後で気が付くとはな」
最後の一言は聞こえないように言ったつもりだった。
ない、とは思うが、反乱軍がいきなり攻撃を仕掛けてきたらそれでおしまいである。
省吾の言葉にオペレーターは何かハッとなったようで「了解であります」とだけ答えて、テウルギア隊への信号通信を試みていた。
モールス信号だろうか。ライトの点滅でやり取りをしているらしい。
そんなものを眺めながら、省吾はカラカラに喉が渇いているのを自覚した。
戦闘用の水分補給に各種座席には常にドリンクがチューブで置かれているという知識が流れ込む。
省吾はそれを取り出し、チューブ型のストローで中身を啜った。
(……スポーツドリンクか)
味はそれに近い。
「ぬるいな」
生ぬるいのは仕方ない。保存だけは完璧らしいが。
とにかく口の中を潤せた。ついでに噛んでしまった唇に染みて痛い。
それがまた意識を覚醒させるのだが。
(平和的な一話の終わりと言いたいが、さてどうなるこれから。本来の一話は惑星内部での戦闘だったわけだが、惑星は平和。つまり、本来死ぬはずだった連中が死んでいない。てことは、本来のトリスメギストスのパイロットもいる。主人公は、どうなる? あいつは確か……)
アニメの記憶を思い出す。
本来の士官がジョウェインたちの襲撃で死んでしまい、主人公が偶然にも乗り込むそんなありきたりなストーリーだったはずだ。
主人公は兵士ではない。仕事として、エンジニアとして宇宙船の整備とかをしていたはずだ。惑星それぞれにも一応、警備用のテウルギアはあるが、旧式だ。それらの整備もしていたはずだが。
その警備部隊の一人がヒロインだったはず。
(そうそう、それで、襲撃の時に、出撃パイロットから外されていたヒロインが怪我をしてそれを助けた主人公が逃げ込んだのが、トリスメギストスの格納庫……)
改めて思い出してみると、結構忘れていることが多い。
なにせ、古い時期のOVAアニメだからだ。
(怪我をしているヒロインじゃメカは動かせないからって、主人公が起動させてしまったもんだからパイロット登録が完了しちまったと言うまぁ、王道だよな)
主人公が乗り込んでしまったが為にパイロット登録がされてしまい、それを解除するには反乱軍の本拠地まで行くという筋書きがあった。よくあるアニメ展開だが確かに話としては作りやすい。
この登録は、説明セリフで流されたがパイロットが死ねば解除されるらしい。それ以外では大がかりな設備による解除が必要となる。
アニメ本編では正規パイロットが死んだので、フリーになったというわけである。
このあたりは都合云々ではなくそういう「お約束」という展開であると思えばそう不自然ではない。そうでなければ物語は始まらないわけだからだ。
(……そもそも正規パイロットって誰なのかもよくわかんねーよなぁ)
そのような始まりを打ち壊す形となってことで一つの疑問も出てくる。
影も形もなかった正規パイロットの事だ。反乱軍のパイロットなのだろうか。
思えばこのあたりの設定は特に描写されていなかったはずだった。今回の原作改変で、その存在はしていたが描写されていない架空の誰かが出てくることになるわけである。
そもそも、トリスメギストスをこの惑星にまで運んだ誰かがいるわけで。
となれば、それは元ニューバランスの兵士ということになる。
(本当はあとで説明する予定だったのか? 中途半端で終わったしな……? そもそも、どうせ死ぬだけのパイロットにそこまで描写をする必要はないってことか)
それが一番困る話である。
アニメならそれでもいいかもしれないが、今ここは、現実なのだから。
(しかし、気になるのは件の正規パイロットがなぜトリスメギストスから離れていたかだ。常に一緒にいるのも変な話だが……スクランブルどうのこうのとなって、しかも現状では奪取した新型。敏感なぐらいでないとおかしいんじゃないか?)
それらの疑問も、ビュブロスに降りればわかることかもしれない。
自分の知らない第一話が始まったこの世界。
省吾は、さて自分はどう生き残るべきかを模索しなければならない。
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