原作改変って簡単に言うけど、予測ができないことを予測するのって難しい
十時間後の事である。
爆弾発言ともとれる省吾の提案に関して、省吾は乗員たちに一つの賭けを行うこととなった。
「よいか、これから私の言うことが当たってしまった場合は、残念ながら諸君は私と地獄に付き合ってもらうことになる。もちろん、私としても、外れてほしいことだがな」
それだけを伝えて、現状維持を命令したのである。
目的地である植民惑星ビュブロスの青緑の表層が見えてくる。森林の多い惑星だった。惑星の殆どが原生林に囲まれており、植物が支配する惑星なのである。それゆえに、人が住むには多すぎる緑を伐採しなければならなかった。
曰く、数百年前に植民した際、当時の流行りで緑化を進めた結果、行き過ぎた緑化が逆に惑星を汚染して、水源やら土地の養分やらが枯渇しかけたのだとか。
人類は数百年かけて惑星に緑をもたらしたが、この惑星はもって十数年でその緑がかえって砂漠化を進めるというのだ。
そういう背景もあってか、ビュブロスは植民惑星の中でも相当に地位が低く、また軍事的、戦略的な価値は皆無であった。
だが、惑星を覆い尽くす緑はそれすなわち自然のカモフラージュとなり、大がかりな拠点を構えることができない反乱軍からすれば立地にあった惑星だということだった。
「偵察ドローンを展開。熱源、および重力波探知で起動させろ。慣性航行に切り替えろ。中尉、非武装状態となるがテウルギアを艦首に立たせ、こちらの意思表示を見せる。できるか。可能なら無人でもよいが」
腐ってもジョウェインは軍人であったらしい。
省吾からすると違和感の連続であるが、不思議と、自分は艦長としてのあれこれを指示することができた。と言っても、全てを把握しているわけではない。
ジョウェインの知識を得るにはまず思い出すという作業から入る必要がある。その行為の後、思い出せれば何とか自分のスキルとして理解するのだが、思い出せない場合は時間をかける必要があった。
まだ、今のところは奇跡的に、特殊なあれやそれやを迫られることもないが、これが仮に戦闘ともなれば咄嗟の判断が必要となる。
「危険な任務となるぞ?」
艦長席に腰かけ、座席に備え付けれたサブモニターに映し出されるマーク中尉。
彼はすでにパイロットスーツを身に纏い、このアニメ世界のロボット『テウルギア』へと乗り込んでいた。
彼のパーソナルマークである猪が描かれたヘルメット。テウルギアの右肩にもそのマークがしるされている。
ニューバランス、反乱軍双方で使用される一般的な戦闘用テウルギア『ラビ・レーブ』は通常、丸みを帯びた装甲を着込んだ兵隊のような姿をしているがマーク用にカスタマイズされたラビ・レーブは中世の騎兵のような外見をして、突撃用の大型ランスを装備しているのだが、今回はそれらの武装を装備せず、丸腰での出撃となる。
理由は簡単である。これから接触する予定の主人公たちに攻撃の意思はないという証明である。
『人が乗らなければ本気とは思われますまい。なに、最悪、私一人なら避けれますので。まぁ艦が沈めば私も死にますがね』
「そうならないことを祈るよ。何かあればすぐに部隊を展開させる」
もし、これが原作通りなら、こんなジョークを言い合えるような空気は出なかっただろう。
省吾は今ですらこの空気を信じられないでいる。現状、艦を降りる選択をしたものは少ない。ゼロではない当たりに都合の良いことばかりではないと思うが、どちらにせよ、彼らはまだ艦を降りられない。
惑星ビュブロスに停泊して、そこで身を隠すなりなんなりをしなければならないのだから。
このやり取りの際、省吾は彼らが裏切る、つまりはニューバランスに戻り、こちらのことを伝える場合も想定しているが、恐らく、それは難しいだろうとも思う。
彼らにも言った通り、戻っても処罰が待っているだけだ。
何度も言うが、これは脅しである。省吾側から仕掛けた脅し。どっちみち、退くことはできないのだから最後まで付き合えという話だ。
「さて……まずはビュブロスの惑星自治領に通信を送らねばな?」
植民地惑星は基本的にそれぞれに自治組織が結成されている。
一応、それは地球政府直轄であるが、ここまで惑星同士が離れると半ば別組織という側面も持つ。それゆえ、本来のニューバランスはそれら独自の組織になりかねない植民惑星の監視も任務の一つにしていた。
植民惑星は法律上は地球の植民地であり、その惑星の自治代表は地球政府の各種担当大臣レベルの地位があるのだが、実際はそううまくはいかない、おいしい話ではないというわけである。
もっと言えば、まともな支援を受けれる惑星とそうでない惑星が存在して、惑星間の貧富の差などもひどく存在するわけである。
(なんていう設定がアニメで語られないのはどーいうわけだこりゃ)
なお、省吾がそのことを理解したのはジョウェインの記憶からだ。
(めっちゃ重要な設定じゃないかこれ……? しかも、その貧富の構図を作ったのは他ならぬニューバランス……)
ジョウェインの記憶は語る。
これらの貧富の構図は同時に惑星間の対立構造を煽る。だが却ってこの露骨な動きが惑星間同士の影の結びつきを強くしてしまったのも事実である。
(アニメでは深く語られなかったが、確かに反乱軍側も植民惑星政府の寄せ集めといいながら小規模艦隊を保有しているしな……まぁ、実質、反乱軍本拠地がどこにあるのかも不明だからニューバランス側も惑星の締め付けを強くしているのだろうけど)
アニメでは主人公たちはその反乱軍本拠地に向かうまでが一応のゴールだったはずだ。それはどこかの惑星らしいのだが、それが判明する前に打ち切りである。
なおかつ、主人公たちは旧式の駆逐艦での脱走劇だった。逆を言えば、よくそんなものでエリート集団から逃げきれたものだと思う。
といってもその原因はジョウェインの無能さにあったのだが。
(さて、俺がその無能を演じなきゃならんというのが厳しいところだ。もちろん、敵としてではない。俺は俺が生き残る為にまずは主人公たちと合流しなけりゃならないのだが……はて)
「艦長、通信回線開きます」
部下がてきぱきと仕事を進めてくれている中、ジョウェインはふと思い出すことがあって、一瞬顔を青ざめた。
(待てよ……そもそもジョウェインが襲撃したから、主人公はトリスメギストスに乗り込む羽目になったんだよな? それがないってことは……おい、主人公、どうなる?)
「通信繋ぎます。どうぞ」
「あ、あぁ!」
どうするも考える前に仕事が始まった。
省吾は、己のうかつさを悔やんだ。
原作改変。口で言うのは簡単だが、その難しさを、省吾はまだ身をもって体験などしていなかったのだ。
しかし、始まってしまったものは仕方がない。やるしかないのだ。
省吾は深呼吸をして、メインモニターを見据えた。
「私はニューバランスのジョウェイン・デイト中佐である。惑星ビュブロスの代表とお見受けするが?」
『──はい。自治代表を務めているアダマンと申します。それで、突然、このような辺境にいかなるご用件で?』
モニターに映るのは白髪の老人。アダマンと名乗った男を省吾は知っている。
(確か、ヒロインの爺さん、育ての親だったな。あぁ、うん、色々と記憶がよみがえってくる。ジョウェインが撃ち込んだプラネットキラーで犠牲になる人だ)
アダマン。アニメにおいては一話で死ぬだけのモブに等しいキャラクターだ。
ヒロインの祖父であり、育ての親という立場にあるが、それだけ。ヒロインの両親は若くして亡くなっているという設定もあるが、それが生かされた場面は皆無だった。
「単刀直入に言おう。私は腹芸が苦手だ。反乱軍がいるのだろう。話し合いがしたい。ニューバランスをただす為、力を借りたいと。信用できないという話も出よう。それで、私はアンフェール大佐の作戦データを送信する用意がある。今から君たちにそのデータを送る。が、私はその作戦を実行するつもりはない。いいかね、私はニューバランスをただす為にここにいる。そして作戦データをそちらに送る。その意味をぜひ、吟味してほしい。こちらは現在、艦内の動力を最低限に落とし、慣性航行だ。艦首のテウルギアも非武装である。それがこちらの誠意だと思ってもらいたい。まぁつまりだ。投降すると言っている」
『は、はぁ? それは一体』
ほぼ一方的であるが、省吾はデータの送信を行う。
たった数秒。データ容量もほとんどない。今回の作戦要綱、そして先のアンフェール大佐との音声データの録音を共に送信しただけである。
(さて、どうなる)
通信が突如として遮断される。
艦内にどよめきが走る。省吾も、実際は焦っているが、押し黙っていた。
ややすると再び通信回線が開く。アダマンだった。
『……こちらの提示する座標に。国際空港ですので』
着陸許可が下りた。
答えはまだわからない。
だが一歩前進だ。なんせ、原作では一方的に降り立ち、襲撃をしたのだから。
その後、トリスメギストスにけちょんけちょんにされて宇宙に逃げて、プラネットキラーを投下という情けない行為に走るわけだが……
「艦長! 偵察ドローンに感知シグナルです!」
部下の叫び声が艦橋に木霊する。同時に配置されたドローンのシグナルが鳴り響く。
「あぁ……来てしまったか……なんというのだ、これを。修正力? いや、違うな。アンフェール大佐の能力だと認めるしかないか」
メインモニターに映し出されるのはこの乗艦ミランドラと同型艦が一隻。
しかもラビ・レーブ十二機がすぐさま展開されていた。
「熱源多数。艦内動力波、戦闘レベルで確認!」
ついに始まってしまうのだ。
誰も知らない。この世界の、本当の意味での第一話が。
今、新たに現れた戦艦が行ったのは、原作でジョウェインの行為そのものである。
「十時間もあれば、第二部隊を差し向けるぐらいはできる。さすがは先鋭部隊だ。いや、アンフェール大佐の危機察知能力の高さをほめればいいか?」
『さすがは、元大佐の腹心というところですかな?』
「臆病なだけだ。さて、一応通信をいれるべきかな?」
省吾は部下に新たに通信をつなげさせた。
もちろん、相手は先ほどの艦である。
「私はジョウェイン中佐だ。こちらは今、作戦行動中である。貴艦の同行は報告されていないが?」
『中佐。先ほどの通話の弁明をお聞きしたいのだが』
「対ビーム防御爆雷投下急げ!」
相手の返答を聞いたと同時に、省吾は相手が敵であると認識した。
そして、これは、事前に乗員に説明した賭けの内容であった。
仮に、ニューバランスの増援が現れた場合、それは、こちらを始末しに来た敵であると思えと。
その結果が、これなのである。
「艦内動力緊急稼働。戦闘に入るぞ。奴らは我々を消しに来た! プラネットキラーも搭載していると思え! 撃ってくるぞ!」
そう叫ぶ省吾の腕は、震えていた。
(死にたくない、死にたくない、死にたくない!)
そう、本当は、叫びたかった。
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