大義名分は架空のものから作り上げることも出来るが、それを実行させるのは難しい
つまるところ、軍を抜けるにはそれ相応の理由がいる。これはあらゆる歴史が証明してきたことだ。そして現状の省吾にできる方法がようはクーデターを起こすということである。
軍上層部に対して否を突きつけ、今の体制は間違いであるとして弓引くわけである。というよりそれ以外に方法はない。
もし、これが作戦行動前であればいくらかやり方もあっただろう。純粋に辞表を提出すればいいだけの話だ。
しかし、ジョウェインとなった省吾にはそれ以外の方法など残されていないし、考えも思いつかなかった。
極秘任務と言えば聞こえはいいが、やることは民間人への虐殺。そのような不誠実を働いた実行犯ともなれば首輪は当然付けられる。邪魔となれば切り捨てられるわけだ。地位が高ければ高いほどにそのリスクは大きくなる。
元の、ジョウェインという俗物であればそんなことは気にしないだろう。どのような悪行を働こうとも、親分であるアンフェール大佐が庇ってくれる、自分の地位が脅かされることなどないという慢心がある。
どっぷりと不正の蜜を吸ってきた男なのだから当然だ。
(どっちにせよ、退役しても監視が付くだろうしな)
やはりと言うべきか、この男に転生して真っ当に幸せを掴もうとするのなら幼少期からやり直して、そもそも軍に入隊しないという選択肢を取るほかない。
つまり、手遅れ。安全策など、もはや存在しないのである。
「く、クーデターを行うおつもりですか?」
部下の一人がそのように言った。
それを皮切りに艦橋がざわつく。
「その通りだ。残念だが、この艦に乗り、作戦行動を実施した時点で、諸君らの『名誉の戦死』は避けられないものとなっていた。よしんば、戦死を免れても待っているのは首輪付きの奴隷という扱いであることは想像に容易いだろう。我々はすでに、後には退けないというわけだ」
当然だが、不満の声があがる。
「ふざけるな! 俺たちは使い捨ての玩具かよ!」
「こ、これまでだって、強権的な作戦行動はあったじゃないですか! なんで、今更、俺たちだけ!」
「世界に新たな秩序を設けるのが、我々の崇高な使命だったのではないのですか! その為に、我々は……!」
彼らの言葉に、省吾は頷きたくもなる。
だが同時に今まで、連帯感として持っていた特権的な思考のつけが回ってきただけであることも理解してほしかった。
ニューバランスは今までにも非道な作戦を何度も実行してきた。機密漏洩を防ぐために正規兵の処刑を行ったこともジョウェインの記憶の中にはある。そしてそれらは一応は隠されているが、噂として漏れ出すもので、回りまわって、ニューバランスの評判を悪くしていた。
そんな具合であるというのに、いまだ強権的な特権思考を崩さないニューバランスの上層部及び組織の構図は、幼稚な言い方をすれば、悪の秘密結社ともいえる存在だろう。
「……今更、この船を降りたところで、待っているのは命令不執行による反逆罪、敵前逃亡、命令違反による処刑というわけだ」
喧々諤々の状況に一石を投じたのはマーク中尉だ。
エリートパイロットであり、現場気質なその性格から以外のも下士官からの信頼は厚い男の言葉には多くの兵士が耳を傾ける。
「現状のニューバランスに文句のある奴は意外といる。だがそれを口にする奴はいなかった。俺は正直どうでもよかったんだがな。俺はテウルギアで暴れられればそれでよかったし、ニューバランスはその舞台を整えてくれる。んが、用済みとして殺されるのは勘弁だな」
言いながら、マークは省吾の真正面まで歩み寄る。その目をまっすぐに射抜くようににらんだ。
「そんな軍隊に真っ先に弓引こうってのがあんたなのは驚きだ。正直を言えば、あんたは大佐の腰巾着。なんでもかんでもハイハイということを聞いているいけ好かない野郎だ。そんな奴が、いきなりこんなことを言い出す。疑いたくなのも無理はないな?」
(それは全くその通りだよ)
省吾も同じ考えだ。
「実はこの騒ぎ事態が仕込みで、反対意見を唱えた奴らを即座に処刑する準備ができていると言われても不思議じゃない。大佐殿はそれをやるだけの力がある」
「それはないと誓おう」
これはジョウェインの記憶頼りだが。
アンフェールがジョウェインに隠してエージェントなりを送り込んでいる可能性は正直捨てきれない。だがそれを恐れていても意味がない。どうせ、そのエージェントも始末されるのだから。
省吾は、最後の切り札を出すときが来たと感じた。
もう彼にはそれ以外に出せる言葉も、大義も、方法もない。これしか考えつかない。
ゆえに、省吾は、口を大にして言い放った。
「私が! 何のためにあのハゲ男の下でへこへこと頭を下げていたと思っている! アンフェールの忠実な部下としての信頼を得る為、そして奴のしでかす最悪の作戦を見つける為! 私が道化を演じていたのはこの為である! 諸君らが、あの男、ひいては虐殺を黙認する総帥に忠誠を誓い、死を選ぶのであればそれもよかろう! だが、私がご免だ! 死にたくないのでね! ついでに言えば我慢の限界だ! 昨日など酒瓶を一本もあけてしまった! 文句あるかね!」
よくもまぁこのような嘘を勢いに任せて言えるものだと省吾は自分の事ながらに驚く。しかしそうでもしなければこの場は潜り抜けれない。
唯一本当なのは、死にたくないということだけだ。
「我々が証人となるのだ! 今現在の、間違ったニューバランスの悪事を証明する、しかし、それに異を唱える真っ当な軍人であると! 世間に知らしめてやるのだ! 私はジョウェインだぞ、アンフェールの腹心だった男だ! 信用のなさは自覚している! ゆえにこそ、真実味が出てくるのだ! あの男の下で何年も蜜を啜ってきた男だからな!」
よもや、アンフェールとてこのジョウェインが裏切るとは考えていないだろう。
そこまでの魂胆がある男ではなかったからだ。
まさかそこにプラスアルファが加えられたなど、知る由もない。
「現場に到着次第、私はこの事実を反乱軍に打ち明け、合流を果たす。この時点で、艦を降りるものは降りるがいい。止めはしない。今後一切、その者に干渉はしない。できるならば、またどこかで良い出会いをしたいが、それはかなわないだろう。だが、ともに真実を追求する気があるのなら、この艦に残ってもらいたい。私は全世界に公表するつもりだ!」
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