大博打の始まりじゃと意気込んでもそれを成功させなきゃ終わりがやってくる

 これは大博打である。しかも、自分は博打など生まれてこのかたしたことがないと来た。ぶっつけ本番のアドリブ祭りのただ中、選択肢を一つでも間違えば即座に死につながるであろう状況。

 それでもやるしかないと腹をくくるわけだ。どうせなら、こんなことで腹をくくるような覚悟はしたくなかった。

 生きるか死ぬか。そんな重大な選択肢をよもや二十九の若さで、といっても肉体は五十手前にされてしまったが、とにかくあまりにも重大すぎる。

 そんなことに頭を悩ませつつ、ジョウェインである省吾は艦長室を出て、艦内廊下へと足を踏み出す。それと同時に、艦内が無重力に包まれた。第二種戦闘配備という奴だ。これにより艦内のエネルギーは居住ではなく戦闘に七割ほど割かれる。

 無重力となった廊下を歩くことは本来は不可能なのだが、ニューバランスの軍靴にはマグネットが仕込まれており、それで鉄製の通路に引っ付いて固定することができる。

 このあたりは、かなりアナログで、ものによってはマジックテープ式の船もあるのだという。

 それとは別に、手すりに摑まることで、自動的に目的地まで運んでくれる機能も、この世界の宇宙船には標準装備だった。


(これは、なんともロマンがあるよな)


 せっかくなので、省吾はその動く手すりにつかまり艦橋を目指す。

 その途中、ブリッジ要員ではない乗員たち数名とすれ違う。彼らは先ほどの放送を聞いた為か、困惑気味の表情を浮かべつつも、省吾に敬礼をする。

 省吾もまた、ジョウェインの記憶を頼りに返礼した。


「あの、艦長?」


 ふいに一人の士官が省吾を呼び止める。


「なにか」


 出来るだけジョウェインを演じつつ省吾は手すりを停止させ、通路に足を固定する。振り向くと、先ほどの士官が緊張の面持ちでこちらを見ていた。


「先ほどの通信は……」

「諸君らには、迷惑をかける。だが、できうる限り、諸君らの名誉を守ることを誓う」

「え、あ、はぁ……」


 彼らはきょとんとしていた。

 このあたり、マーク中尉と同じだろう。ジョウェインという男がそんな殊勝なことをするわけがないという前提があるからだ。事実、本来の彼ならばそんなことはしないだろう。

 それゆえにギャップなのである。


「艦を降りるというのも認める。だが、もう暫くは待っていてほしいな?」


 省吾はそれだけを伝えると、再び手すりを起動させその場を去っていく。

 ぽつんと、彼を見送る士官二人の視線を背中に感じながら。


(責任なんてとれるかよ)


 そんなことを考えながら。


***


 省吾が艦橋へとたどり着いた時、まずはじめに感じたのは一つの感動だった。

 特殊強化ガラスに遮られた向こう側。そこにあるのは広大な闇。同時に無数の小さな光。それは可視化できるように調整された加工の景色であるが、それでも人ならば一度は夢見る光景。

 そう、宇宙だった。


(なんの小説だったか、俺は今あれと同じことを言おうとしている)


 幼い頃にちらりと目にした小説。いやさ、漫画だったか、アニメだった。


(これが……無限に広がる大宇宙……)


 使い古された言葉であると言われていた。しかし、なるほどそういいたくなるのもわかるというものだ。

 このアニメの人間はもはや見慣れたものなのかもしれない。本来であればジョウェインもまたその一人であろう。

 しかし省吾は、今、宇宙を目にしている。宇宙戦艦にいるのだから当たり前だが、だとしても、これは貴重な体験だ。

 今、この瞬間だけは、省吾はこの無能なキャラに転生できたことを感謝してもよかった。

 宇宙。よもやこのような形で実感できるとは思ってもみなかったのだ。


 だが省吾はすぐさまハッと、我に帰ることになる。艦橋に集まった無数の視線が自分を突き刺しているからだ。

 この戦艦の艦橋は意外と広い。艦の形状の関係もあるのか、ゆうに四十人は収容できる。各種計器や座席などもあるので、実際の広さはあまり体感できないが、学校の一クラス程度の大きさはあるだろう。

 そこに集まった士官たち。マーク中尉もいた。

 彼らの視線が省吾を貫く。


「む、集まっているな」


 気おされそうだった。こんな大人数に注目されることなどないからだ。

 ジョウェインの記憶が正しければ本来の艦橋にこんな人数はいらない。多くは本来、別の持ち場がある。第二種が発令している時点でここにいることすらおかしい面々もいるが、集めたのは自分だ。

 省吾は調子を整えるように、軽く咳ばらいをした。


「早速だが……先の放送は、君たちを脅す嘘でもなければたちの悪いジョークでもなんでもない。事実、この船にはプラネットキラーが搭載されている。それも三つだ。それを目的地である植民惑星に打ち込むというのが私に課せられた任務である。民間人の多く住まう惑星に打ち込めと大佐殿から命令を受けた。奪取された新型を破壊するためにな」


 一口で、早口で、省吾は言い放った。

 その言葉に士官の多くは目を見開き、あからさまな動揺を見せた。マークだけはこちらを図るかのように押し黙っている。


「その後、大佐殿は私のみを助け、貴官らには名誉の戦死を遂げてもらうと言っていた。諸君らも知っての通り、大佐殿は、嘘はつかん。それが問題なのだが、この意味の危険性は諸君らならば理解してくれよう」


 と、言うとさすがに反応も帰ってくる。


「冗談ではない!」

「テロリストの討伐ではないのですか!」

「惑星にプラネットキラーを打ち込むなど、それは非道です! いくら命令とはいえ……」


 これは予想していた返答。いかにニューバランスが軍事組織で、エリート思想を持っていようと、やって良いことと悪いことを区別できるものがまだいる。

 が、同時にそうでないものもいる。


「……治安維持の為であれば致し方ないだろう」

「左様。我らニューバランスは常にそうしてきた。今更ではないか」


 肯定するものもいる。

 しかしである。


「そうか。では貴様らはお役目が終われば殺されても文句は言わないってわけだ」


 そんな彼らを抑えるかのように言葉を発したのはマーク中尉だ。


「む、それは」


 言葉に詰まる肯定派たち。当然だ。やることは許容できても、殺されるのは勘弁なのだから。

 それを見て省吾は思わずため息をつきたくなった。どちらにせよ、自分は脅しをいれているからだ。結局は死にたくなければ従えと言っている。

 今更、それに悩んでいては遅いのだが。なにせ、どうあがいても自分は始末されるのだから、せめてあがくしかない。

 彼らには悪いが、今は自分の都合を推し進めるだけだ。


「さて……マーク中尉の言った通り。諸君らは始末される。事実を知ったうえでだ。だが、私はそんなことは認めん。かつだ、生き残ったとはいえ私はそれでは大佐殿の奴隷になるだけで、いつ切られるか分かったものではない。第一、民間人への虐殺など許容できるものではない」


 その言葉を言った瞬間、どよめきが走るのはジョウェインというキャラの信頼のなさを現している。

 省吾は苦笑しかけた。それでも我慢して言葉をつづけた。


「ゆえに宣言する。私はニューバランスを抜けるぞ! いやさ、ニューバランスを本来の姿に戻す! 軍を私物化するアンフェールを、それを黙認する総帥を討つ! それは諸君らが生き残る唯一の道である!」

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