どっちを向いても地獄ならマシな地獄を選ぶべきである

 非業の死を遂げるキャラに転生した場合、ターニングポイントとなるイベントから数年前、場合によっては幼少期からやり直すというものが物語では多く見られた。


「というか、それが普通じゃないの? 王道ってやつじゃないのか?」


 思わずぼやく。そうしたくもなるのだ。

 もしも仮に、この小悪党ジョウェインの幼少期に転生すれば、省吾としてもまだある程度の希望は持てたかもしれない。

 最悪、軍人になった直後、ニューバランスが結成された当初など、とにかくアニメの第一話開始時期よりも数年、いや欲は言わない。せめて数か月は前に転生できていればまだ何とか出来たと思う。

 だが、十二時間なのだ。自分の残された時間はたったの十二時間。一日もないのだ。

 あと十二時間後、物語は始まる。その時、ジョウェインというキャラは惑星の住民を虐殺する。


「仮に、俺がその命令を出さない場合はどうなる……?」


 この惨劇を回避する方法は簡単だろう。

 ジョウェインとなった自分がその命令を下さなければいい。だが、そうなった場合が問題なのだ。腐ってもジョウェインというキャラは中佐という位である。ならば好き勝手出来るかというとそうではない。

 ジョウェインには直属の大佐殿がいる。ニューバランスの実質的な司令官であるアンフェール大佐だ。

 このキャラも言ってしまえば無能なキャラだが、大軍を指揮するという役割が与えられており、彼の命令によって引き起こされるのは大半が虐殺などである。

 アンフェールは命令を出すだけで、その実行はいつもジョウェインであったが、それはつまり矢除けに使われているという事だ。


「命令違反を指摘されるか……それとももっと別の方法で足切りされるか……」


 逆らうのは簡単だが、逆らった後が怖い。

 まず間違いなく不名誉を押し付けられて、軍部は知らぬ存ぜぬを通すだろう。最悪、ジョウェインが独断専行を行った……という方向でまとまる可能性が高い。

 何より、ニューバランスは軍隊だ。軍隊においては命令は絶対だ。実行しなければ処罰される。それが例え非道な作戦であってもだ。

 つまり、ジョウェインは身動きが取れない。

 作中、アニメでの描写を見るにジョウェインがそれまでの行いを悔いている様子は一切ない。彼は権力者にすがることをよしとし、その庇護を受ける為に命令を実行していた。その結果が部下による謀殺だというのだから救いがない。救う必要もないだろうが。

 だが、それはジョウェインというキャラであり、省吾には関係がない。とばっちりもいいところだ。


「あぁ……」


 彼は頭をかきむしった。ポンパドールの髪型が崩れる。ワックスでがちがちに固められていた為か、乱れはするが形は大きく変化していない。


「酒のせいだ、喉が渇くな!」


 長い思考と飲んだ覚えのない酒のせいで口が乾ききっていた。

 ジョウェインとしての記憶を遡ると、確かに前日、酒を呷っているようだった。省吾自身はあまり酒は好きではない。

 記憶を頼りに、彼はジョウェインの私室に設置された冷蔵庫を見つけて中身を確認する。ウィスキーらしき瓶が三本、ワインらしきものが一本、あとはビール瓶、ジョウェインの好みなのか黒ビールだった。

 普通の飲料水はない。ジュースもない。


「水割り用の水もねぇってか……ったく」


 仕方なく、先ほど嘔吐したトイレまで行って、洗面台から水を汲む。宇宙戦艦の浄水機能は完璧であり、長期航海に際して感染症などの原因にならないようにこの部分だけはやたらと力を入れるらしい。

 そんな知識が頭に流れ込んでくる。


「あぁ、そうか」


 水を一口飲んでから、彼ははっとする。

 今、自分がいる場所は宇宙戦艦なのだ。SFロボットアニメの世界にいるのだし、その戦艦艦長なのだから当然である。そんな当たり前なことを今やっと意識したので、彼は……省吾と統一しよう。

 省吾は自室デスクまで移動すると、まるで最初から使い方がわかっていたかのようにSFチックなPCを操作する。キーボードはデジタル式で、画面は映画などでよく見るヴィジョンだった。


「巡洋艦ミランドラ……ジョウェインの乗艦だな」


 表示されたのは一見すると箱のような形をした面長の戦艦だった。それは真正面から見るとまるで菱形をしているようにも見えた。それぞれの辺面には二連装の主砲が備わり、計六門の斉射が可能だった。真正面を向いた火力は高いがその反面、側面が弱い。主砲の射角は狭いし、迎撃は機銃かミサイル、もしくは艦載機であるロボットたちに任せるしかない。

 それでも、戦艦の弱点である横っ腹をさらすことがないということで、この形状の艦船はニューバランスにおいては一般的であった。

 なおこの弱点を受けて、ジョウェインは死ぬ。

 そして、彼を謀殺する部下は……今まさに、この船にいるのだ。


「乗員リスト……あった、マーク・ケイシー」


 表示されたのは一見するとハンサムな男で、切れ目が特徴的な茶髪の男だった。二十代後半に見えるが、実際は四十手前の中年である。階級は中尉。遅咲きではあるが、ベテランのエースパイロットであると評判。その戦いぶりは激しく苛烈で『ワイルド・ボアー』なる異名を持つ。本人もそれを気に入り、エンブレムマークは二本の牙を携えた猪であった。

 そしてマークはジョウェインのようなごますり男が大の嫌いときた。

 ジョウェインが自軍が危機に陥った際に、マークを見殺しにしようとした。それに怒ったマークはかねてからジョウェインを謀殺しようと計画しており、逆手に取る形で命を奪うのである。


「この手の男にごますりは通用しない……」


 配属された時点でマークはジョウェインの噂を知っているので好感度はマイナスだ。

 当然だが、今この場を生き延びてもマークによる謀殺を回避しなければならない。その為の方法はいくつかあるとはいえ、ではそれを実行しようとするとマーク以外の要因が邪魔をする。

 右も左も針のむしろというわけだった。


「と、なれば勝ち組に乗るべきだろうが」


 生き残る方法。というよりはこの作品の中で生き残れる方法が一番高いのはまず間違いなく、主人公陣営につくことだろう。どんなアニメであれ、たいてい主人公側は勝つ。もちろん例外は多数存在する。なおかつこのアニメは打ち切りであり、その後の展開がどうなるかは不明だ。

 しかし、可能性という話を抜きにした場合、『どちらが一番マシ』なのかを考えるとやはり、主人公側に寝返るのが一番いい。

 だが結局、それをどう実行するのか……そこが問題だった。


「……ど、どうするべきだ。何も手段が思い浮かばないぞ」


 頭が痛くなる。

 そんな時だった。

 ジー、ジーとまるで古い電子音が鳴る。それはチャイムの音だ。

 そんなものが鳴るとは思わず省吾はガタンと音をたてながらデスクから立ち上がり、思わず「入れ!」と言ってしまった。


「なにやらものすごい音が聞こえましたが、大丈夫でございますか、艦長殿?」


 まるで喉の奥で笑うかのように、笑みを押し殺した男が敬礼もほどほどに入ってくる。


「ま、マーク・ケイシー中尉か」


 入ってきたのはいずれ自分を殺す男だった。

 そう思うと、自然と身構えてしまう。だが、まだこの時点で、マークはジョウェインを殺すことはないと思う。多分。省吾はそう自分に言い聞かせる。


「な、何か?」

「うん? 様子がおかしいですが、いかがなされましたか?」


 普段のジョウェインとは反応が違うことをマークは悟っているらしい。

 省吾はジョウェインとしての自分を思い出し、咳ばらいをしつつ、何とか落ち着きを取り戻す。


「考え事に集中していただけだ。それで、何か」

「いえね艦長。格納庫に搬入された機密コンテナの中身がどーしても知りたいと思いましてね?」

「機密コンテナ……?」


 それを指摘されて省吾はジョウェインの記憶をたどる。すると、思わず顔が青くなりそうだった。


(プラネットキラー……!)


 それは、大佐殿が万が一の時には使用しろとジョウェインに与えた、対惑星用の兵器であった。当然ながら、その存在を知るのはジョウェインだけであり、乗員はあのコンテナの中身がなんであるかは知らない。うすうす感づいているものはいるだろうが……そしてその一人が、マークなのである。


(アニメにはないシーンだ。こういうやりとりがあったというのか?)


 そして今まさに自分が直面している状況はアニメでは描かれていないシーン。

 つまり、マークはこの時点でジョウェインを疑ってかかっており、それを見極めようとしていたということになる。

 そして……省吾は……。


「あれはプラネットキラーだ。君の推測通りな」


 一つの賭けに出た。

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