ロボットアニメの艦長キャラに転生したが、このままでは謀殺されてしまいます

甘味亭太丸

無能な戦艦の艦長ってだけでも死亡フラグだよねこれ

 飲みなれない酒の味が口の中いっぱいに広がったと思えば、次の瞬間に感じたのは喉の奥からこみあげてくる酸味と胃液で焼かれる食道の痛みだった。

 それを、なんとか堪えて、逆に飲み込むように対応してしまったのは無意識とはいえ、逆効果だった。

 一気に逆流したあれやそれやがポンプで押し出されるようにして、戻ってくる。

 ジョウェイン・デイト中佐は即座に仮眠用ベッドから飛び跳ねて、トイレの個室に入って思い切り嘔吐した。

 ひとしきり吐き出した後、ふらふらと洗面所まで移動してうがい、顔を水で濡らして、意識を覚醒させる。

 ひとしきり、洗浄が終わって、ふと鏡を見る。

 そして思った。


(誰だこのおっさん)


 鏡に映ったのは自分の顔……ではない。

 ジョウェイン・デイトは欧米風の顔立ちだが、掘りが深いわけでもなく、似合いもしない金髪のちょび髭と妙につぶらな両目、ポンパドール風の髪型はおしゃれかもしれないが、残念なことに顔と髭が猛烈にミスマッチで全く似合わない。

 無理して若く見せようとしているが、それに失敗しているというのが正直な評価。

 これなら角刈りの方が……


「いや、待て、俺は日本人なのだが」


 そうつぶやくジョウェイン。

 ジョウェイン……? なぜ自分は、自分の名前をジョウェインだと思った?

 そうではないはずだ。自分は欧米人ではなく、日本人の浜岸省吾。年齢は二十九歳と中々に中年だが、まだ若いはず。

 だが、どうだ。今の自分はどう見ても四十後半から五十手前の完全無欠の中年だ。


「い、いや、違う、そうじゃない!」


 鏡を食い入るように見つめる省吾=ジョウェイン。

 彼は、自分の事をよく知っている。ジョウェイン・デイトという男の事を知っている。それは彼がロボットアニメに出てくるキャラクターであること、戦艦の艦長であり、階級は中佐。

 所属する組織においてはナンバー2の大佐殿の腰ぎんちゃくであり、虎の威を借る狐の如き無能であり、上司からも部下からも受けの悪い、なんで艦長なんてやっているのか、そもそもよく軍人になれたなと言われるような男だという事。

 ついでに、もうじき死ぬはず。

 同時に自分は浜岸省吾であり、普通の会社員で普通の一般家庭で育った、普通の人間だという事。


「おい、冗談じゃない。こういう時、せめてもっとこう、若い方にならないのか!?」


 省吾としての自覚と記憶を呼び起こしつつ、彼は混乱する自分を何とかおちつかせようと、独り言をつぶやき、状況を整理する。


「つまるところ、俺はあれだ。アニメのキャラになってしまったっていうのか?」


 転生……いや、この場合は憑依と言うべきか。

 ともかくとして、自分が置かれた状況を分かりやすく表現するとそういう事になる。

 自分が転生、憑依したのは『トリスメギストス・ニューオーダー』というSFロットアニメの世界、そこで主人公たちと敵対する軍隊『ニューバランス』に所属する中佐だ。

 『トリスメギストス』のストーリーは至ってシンプルである。宇宙に進出し、惑星移民を進め、スペースコロニーを建設、宇宙軍が編成されて、地球側と惑星移民側とで対立が始まる。

 アニメの主人公たちは地球外惑星移民者であり、弾圧を受ける側。反体制勢力に当たる。

 ジョウェインは地球側であり、宇宙軍のエリート部隊、ニューバランスの将軍の一人。この組織は、名の通り、新たな秩序を確立しようとする軍の過激派である。

 その中で、ジョウェインの役割はお邪魔虫で、幾度となく主人公たちを襲っては、撃退されを繰り返すいわゆるやられ役。当然、活躍も設定も悲惨な無能なキャラ。最終的には中盤で死ぬ。それもあっさり、味方に裏切られ今乗っている戦艦ごと沈められるという役回りだ。


「やばいな……見てたアニメだからラッキーとかそんなことは言えないぞ……」


 そもそもとしてこのアニメ。テレビ放送はしていない。

 いわゆるOVA作品である。ある一時期、隆盛を極めたOVAアニメ界隈の、過度期の一つ。

 何より問題なのはこの手のOVAアニメは、大体、打ち切られる。当初よりそういう予定だったのか、はたまた人気が振るわなかったのか、理由は様々だろうがこの『トリスメギストス』というOVAアニメもまた例にもれず打ち切りである。

 つまり、そもそも作品全体の着地点が全く分からないという事である

 唯一分かる事。それは、もうじきジョウェインは死ぬ。そして、そのジョウェインに自分はなってしまったという事実だ。


「せめて、赤ん坊の頃とかに生まれ変わるとかできんかったのか……というか、このおっさん、設定では四十代だったな。俺、二十九なのに……」


 実年齢よりも老けてしまった事は単純にショックだった。

 それに、こういう展開というは多くは、絶望の未来を回避するべくある程度の猶予期間のようなものがある。

 例えばそれは、物語開始前の時代、赤ん坊や少年として生まれ変わり、異なる未来を歩もうとするとかである。

 だが、今現在の省吾=ジョウェインの状況は破滅秒読み段階である。

 あえて具体的な数字を出せば、『トリスメギストス』は全五巻、二話収録されてり、ジョウェインは六話目で死ぬ。

 さてそうならないように動くにはどうするべきか。


「死ぬのは勘弁だが……果たして俺にこの難関を潜り抜けられるだけの能力があるのか……」


 省吾は改めて鏡を見る。そこにあるのは、アニメではないが、限りなくアニメの設定画によく似た俳優としか思えない顔がある。自分がそれをジョウェイン中佐であると認識できたのは、自分の中にジョウェインとしての記憶があるから。

 しかも、鮮明に思い出せる。だが、この際、ジョウェインの記憶はあまり意味をなさない。

 大半がごますりと部下への高圧的な態度と階級を傘にした横暴の数々だから。

 つまり、他人からの印象最悪である。何ならこの戦艦のクルー全員から陰口をたたかれているレベルで嫌われているというわけである。

 因みにジョウェインを裏切る部下はジョウェインの態度や行動に腹を立て、裏切るついでにビーム砲で粛清をするというやり方である。

 だが、どうあがいても、悪いはジョウェインであるとは、多くのOVA視聴者からの意見だった。


「……無理じゃん!」


 今更、善行は、積めない。

 そしてジョウェインの知識と記憶が囁く。


『あと十二時間後に、植民惑星に到着し、反乱軍の新兵器破壊を実行する。その為に対惑星用のミサイルなども積んでいるのだから』


 そう、ジョウェインは、アニメ第一話で、主人公たちの開拓した惑星を襲撃し、彼らの家族を殺め、民間人を虐殺するという非道を行う。

 そんな悪行まで、あと十二時間なのであった。

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