わからず屋。—— Desperado
ある日曜日の昼間、チャイムが鳴った。
心当たりがなくて訝りながら応答すると、宅配便だと言う。
ますます心当たりがない。
「誰?」
自分は何も頼んでないので、真っ当な疑問だった。
オートロックを解除して、入ってきた配達員から小さい包みを受け取る。
——差出人はアイツだった。
***
アイツは変わったヤツだった。
出会いは、インターネット。
私の書き込みに絡んできたことから、やり取りが始まった。
まさか実際に会うことになるなんて思いもしない、画面の中だけの存在だったのが、ある時、こっちに来る用事があるから会わないかと言ってきた。
*
♪〜Desperado,
why don't you come to your senses?
You been out ridin' fences for so long now
<デスペラード、そろそろ気づきなよ。
もうずいぶん長く、フェンスの上にのっかったままじゃないの>
デスペラード。
はみ出し者。というより、我が道をゆく一匹狼。
確かにアイツは、そんなヤツだった。
歳は四つ下で。
海外での仕事を1年くらい前に辞めて帰ってきた。
その後、フリーで始めた仕事が軌道に乗ってきて、少し余裕ができたところだと言う。
細くて、つり気味の目。
それがかえって、笑った時の人懐こさを際立たせる。
そして、若干小太りなところが私の心に食い込んでくる。
——ひとめ惚れだった。
向こうがどう思ったのかは知らない。
ただ、それから毎日メールが来た。
何度かこっちに遊びに来たし、私も一度だけあっちに行った。
だけど、温泉に誘われて一つ部屋で寝たり、
ホテルの部屋で明け方まで語らっても、何も起こらない。
それが私たちだった。
*
何の意味があるのか、何の意味もないのか、見当がつかない言動の数々。
こうやって、いきなり宅配便を送りつけてくるのも、アイツのいつもの自由すぎる行動の一環だった。
包みを開いてみると、「俺」とでっかくマジックで書かれたCD。
何の説明もない。
しかたなく再生してみると、1曲目に流れてきたのが「Desperado」だった。
歌っているのはもちろん、アイツだ。
カラオケルームで録音したらしい。
***
♪〜Now it seems to me, some fine things
Have been laid upon your table
But you only want the ones that you can't get
Desperado, oh, you ain't gettin' no younger
<テーブルの上には、けっこういいものが載ってると思うよ。
なのに、手の届かないものばかりほしがるのね。
デスペラード、キミももう若くはないのに>
ねぇ、私たちって、なんなの?
私は、好きじゃなきゃ男の人といっしょに泊まったりしないよ。
いや、そんなこともないな。
根っから友だちだと思っていたら、何も意識すらせずに平気でいっしょに泊まる。
だけどキミと二人、更けていく夜の中でとりとめのないおしゃべりを続けている間、私の心臓はずっと、私だけにわかる少し上ずった音を立ててたんだ。
ねぇ、私はいつだって、まな板の上にのっていたんだよ?
だけど、キミは一度も手をつけなかった。
「もっといい選択肢があるはず」って思ってでもいたの?
もうそんなに若くないくせに。
*
ねぇ、私に言ったよね。
自分の葬式には「Desperado」をかけてくれって。
あれは遠回しの告白だった?
なんで、そんなこと言うんだろうって。
なんで、私に言うんだろうって。
思いながら、心の中ではすごくうれしかった。
そして、うれしければ、それでいいと思ったんだ。
言葉にしなくても、私たちは通じ合ってると勘違いしていた。
でも、何も言わない私を見て、キミは勝手に何か決めてしまったのかな。
それから、不自然に素っ気なくなったね。
いつだったか、「恋には臆病で、自分からは(女性に)行けない」と言ったね。
そんなことを照れ臭そうに明かしてくれたことに応えるつもりで、私は「来ても大丈夫!」って、いつもわかりやすく両手を広げてるつもりだったのに。
わからず屋!
***
私の勤めていた会社が危機に陥った時に、アイツは助けてくれようとした。
すぐに飛行機に乗って、文字通り飛んで来てくれた。
だけど、いっしょに仕事をするのはつらかった。
彼は自分の意見を曲げない。
こちらの提案にも耳を貸さない。
自信があったんだろうけど、こっちにも事情があった。
♪〜Oh, you're a hard one
But I know that you got your reasons
These things that are pleasing you
Can hurt you somehow
<あぁ、キミは一筋縄ではいかないね。
自分なりの理由があるんだろうけど。
だけど、自分が心地いいと思ってることに、
なぜか自分が傷つけられることだってあるんだよ>
二人の間に横たわる、決定的なわかり合えなさ。
たかが仕事だったけど、それを思い知るのは悲しかった。
まるで、私たちの関係みたいで。
***
キミってほんと、意味不明だったよ。
いきなり15歳も年下の子と結婚して。
それも直前まで私に言えずに、人を介して漏れ聞こえるようにするなんて。
もっと意味不明なのは、わざわざ彼女を連れてきて私にあいさつさせたこと。
私は失恋したのに、なんでつきまとってくる? とさえ思ってた。
「おめでとう」と言った気持ちに、嘘はないよ。
ないけど。
まさか、私が結婚してからも家族ぐるみで仲良くすることになるなんて、思わなかった。
*
♪〜Desperado, why don't you come to your senses?
Come down from your fences, open the gate
It may be rainin',
but there's a rainbow above you
<デスペラード、早く気づいてよ。
フェンスから下りて、扉を開いて。
雨が降ることもあるけど、虹がかかることもあるんだよ>
私たちって、なんだった?
いい友だち?
うん、そうかもしれない。
今でも憎めないよ、キミのことは。
そして、二人ともわからず屋だった。
*
この前、古いiPodから不意に「Desperado」が流れてきて、ハッとして画面を見たの。
そして、「The Eagles」の文字を確認してホッとして、そんな自分に笑っちゃった。
ドン・ヘンリーの声って、実はキミにそっくりだったんだよね。
(いや、逆か。。。)
はい、白状します。
あのころ私は、iPodに「俺」を入れて聴いてました。
本家より、キミの歌う「Desperado」の方が再生回数が多かった。
ほんとに、バカみたいな私。
***
今度、奥さんに会ったら言っておかなくちゃ。
キミの葬式に「Desperado」をかけるのは、こわいからやめておこうって。
イントロが流れたら、自分で歌おうとして棺桶からマイク持って起き上がってきそうだもの。
そういうヤツだよね、キミは。
ほんとに、変わってる。
でも、歌がプロ並みに上手い……のは認めてあげる。
♪「Desperado」The Eagles
https://www.youtube.com/watch?v=aelpqWEBHR4
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