やさしさ。—— エンジェルはーと

真っ暗なドームの中、遠くのビジョンにアニメーションが映し出されている。


♪〜信じるよりも疑わないんだ

  そんな世界を教えてくれたから

  いつかは ふたりのBaby

  想像して照れたりもしちゃう



私は何日か後に結婚することになっていた。

そんなタイミングで、友だちといっしょに来たコンサート。


素朴であったかいタッチのアニメーションが、

『エンジェルはーと』の世界を描き出す。


見とれているうちに、それはだんだん滲んでぼやけていった。


気づくと私は泣きじゃくっていた。



♪〜あなたに守られてるフリをして

  あなたを守ってあげたい きっと出来る筈だから

  あなたに愛されるそれ以上に

  あなたを愛したい ずうっとずうっとだよ



夫になる人は、「愛ってよくわからない」と言っていた。

そんなふうに不器用で、でも、それ以上にやさしい人だ。


きっと私を守ってくれるだろう。



だけど、私はそれ以上に彼を守りたい。

人付き合いが苦手な彼を、私が愛して、守ってあげたい。


心からそう思っていた。


そして、コンサートで初めて聞いたこの曲が、まるで自分のテーマ曲のように心情にリンクして、涙が抑えられないほど共鳴してしまったのだ。


友だちはそんな私を見て驚き、それから、うんうん、今はこういうのがぐっと来る時だよね、と言って笑った。


***


思う存分、愛して、守って——。


私は本当にそう思っていて、結婚してからも実際にそうしているつもりだった。


でも、彼のやさしさには敵わなかった。


無償で差し出されている、やさしさ。


以前なら、受け取るのを戸惑うような。



私はやさしさに慣れていなかった。

思い返せば、そういうものを求めたこともなかった。

だから、彼のやさしさに必要以上に感動し、戸惑ってもいた。


こんなに人に甘えてもいいの?

こんなにやさしくされる価値が、私にあるの? と。



「どうしてそんなにやさしいの?」


ある時、私はそう訊いた。


彼は特別に自分がやさしいのだとは思ってないみたいだった。


「どうして、そんなこと訊くの?」と不思議そうにしてる。



だって、こんなやさしい人見たことないもの。


だけど、それは私が「やさしさ」を避けていたからかもしれない。

ふと、そんなふうに思った。



やさしさはこわい。

もらっても、どうしたらいいかわからない。うまく返せない。


そういう重いものだった。


慣れてないせいか、やさしくされると気持ち悪いとまで思っていた。


当然、男の人に求めたこともなかった。



「男の人を見る時、私の中に ”やさしさ” っていうカテゴリがなかったの」と私は言った。


だから、彼に当たり前にやさしくされて戸惑い、

同時に心地よさを感じてる自分が信じられなかった。

それは、初めての感覚だった。



「今まで誰かにやさしくされたこと、ないんじゃない?」と彼は言った。


そうだ、私は差し出された手をいつも拒否していたから、

そのうち誰からも手を差し伸べられなくなっていったのかもしれない。


わかった気になって、軽い恋を繰り返して。

当時の私にとってはそれが楽だったのかもしれないけど、

重しがない関係は、簡単に壊れる関係でもあった。



だから私、ずっとさびしかったの?



***


♪〜あなたに抱かれてる時にだって

  あなたを抱きしめたい この小さな手をいっぱいに伸ばして

  あなたにキスされるそれ以上に

  あなたに口づけたい 小鳥のように何度も

  愛してるって言わなくてもいいの

  そんなの知ってる



返したい。

もらったやさしさ以上のものを返したい。

なのに、私は何もできない。


ごめんね。


そう言うと、「返すとか何も考えずに、そのまま受け取っていいんだよ」と彼は笑う。



彼のことを「人付き合いが苦手」と言いながら、

私の方がよっぽど、そこからだった。


やさしさをそのまま受け取るという、初歩の初歩。



♪〜あなたに包まれてるフリをして

  あなたを包んであげたい きっと出来る筈だから

  あなたに愛されるそれ以上に

  あなたを愛したい ずうっとずうっとだよ



でもね、やっぱり私は返したい。

当たり前のことを教えてくれたあなたに、

ありがとうを込めて。


何が返せるのが、今はまだわからないけれど。



♪〜自分のどこがいいんだろうねって

  あなたにしつこく聞かれたなら そうね

  意地悪 分からないって言って

  思わせぶり 笑って見せるの



愛がわからないと言った彼と、

やさしさなんて要らないと思っていた私。


こんな私たちだけど、案外うまくやっている。


彼のどこがいいかって訊かれたら、

私に見返りを何も求めないところって答えるだろう。


そして、無償のやさしさはきっと、愛情の一種なんだよね。



♪「エンジェルはーと」SMAP

https://www.youtube.com/watch?v=U6-mNnaa27c

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