悦びの肉声。—— アメイジング・グレイス
その日も私と君はベッドの上にいた。
だって、君の部屋はいつもあまりに散らかっていて、
そこしか居場所がないんだもの。
狭いシングルベッド。
何かするわけでもなくて、おしゃべりも尽きて、
二人とも半分眠りかけながら、無造作に折り重なっていた。
テレビだけが、選んだわけじゃないチャンネルをチャカチャカと映し出している。
ボリュームはごく小さくて、ベッドの足元からさざめきのように響いてくる。
歌手がかわるがわる流行りの歌を歌って、合い間にMCが入ってるようだった。
君は時々寝返りを打って、思い出したように私のどこかを無為に触ってくる。
私はボンヤリする頭で、何時に帰ろうかと考えていた。
*
ふと、アカペラの曲が流れ出した。
物珍しさからか、君が体を起こして、私越しに画面を見てる。
うまくハマっていたお互いの体勢が崩れて、不自然な格好で息苦しいのに、
君はそんなこと気づきもせず、テレビのボリュームを上げた。
部屋いっぱいに響き渡る、女性の澄んだ歌声。
なのに、部屋はさっきより、しぃんとなった。
私と君が息をひそめた分だけ。
*
♪〜Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
きれいな曲だなぁって、私も体をねじって振り向くようにテレビを見て、
ついでに君を窺うと、食い入るように画面を見ていたね。
——どうしたの?
君をジャマしないように、心の中で問いかける。
——なんか、いつもと違うよ?
きれいなメロディに包まれながら、私はまたベッドにうつ伏せた。
その隣で、君はもはや体育座りで聴き入っていたね。
*
歌詞は記号のように流れて、意味はわかってなかったけど、
この歌、アメイジング・グレイスは賛美歌なんだと、MCが説明してた。
♪〜But God, Who called me here below,
Will be forever mine.
うん、確かに God って聞こえたよね。
相変わらずボンヤリそんなことを思っていたら、
不意に君の手が伸びてきて、私を仰向けにした。
えっ!? と思う間もなく、私の体に埋ずもれる君。
あちこち貪るように乱暴に口づけて、侵入し、本能のままにうねり、果てた。
確かに、「歌は力をくれる」とか言うけど。
心に蓄えたのは美しい賛美歌のメロディだったはずなのに、
エネルギーの転換のしかたを間違えてるよ。
まったく君ってヤツは……。
*
賛美歌に聴き入ってる君が見せたナイーヴな横顔。
室内に満ちていた美しいメロディの余韻を壊すようなセックス。
何から何までヘンな夜。
でも、その時、私の体も確かに、悦びの声をあげていた。
思い切りビブラートを効かせて。
***
彼のせいで、不謹慎にも、私の中でこの賛美歌は交わりの記憶と結びついてしまった。
神様は人間に肉体を与え、肉体は生きている悦びを奏でる。
あの夜、私たちは、アカペラで肉体を賛美した。
ということなら、神様は許してくれるかな。
♪「アメイジング・グレイス」賛美歌(ゴスペル)
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