一番イヤな私。—— そして僕は途方に暮れる

あれはクリスマスだった? イブだった?


いっしょに歩いてて、ショッピングモールの洋服屋さんの前でキミが言った。


「なんか服、買ってあげるよ」


要らないって言うのに、キミはおかまいなしで勝手に選び始めた。


「たまきちゃんは派手じゃないから、このくらいのでいいよね」


いちいちカチンと来る。


なんでいつも、私のこと軽くディスるの?

確かに私は派手じゃないよ。

でも、それって口にした途端、地味っていう意味になるよね?


そんな、ちょっと残念な私を好きになってあげたんだって、恩を売ってるつもりなの?


——口には出さずとも、ずっと不満だった。


好きって言ったの、つき合ってくださいって言ったの、そっちなのに。

楽しかったのは、ほんのつき合い始めのころだけだった。


***


私はたいていは、自分から好きにならないと恋愛モチベーションを持てない。

だけど、彼があんまり押してきたから、好きになってくれた人とつき合ってみるのもたまにはいいのかなって思ってOKしたのだ。


ところが、魚が釣れたと思ったのか、その後の彼は万事そんな調子。


「たまきちゃんには、俺みたいな男が合うんだよ」

なんて時々言ってるけど、どこが!? って、ずっと思ってた。


それすらもディスりに聞こえて、私はいつもビミョーにイライラしていた。


***


その日も、酔ってラブホでゲームして、いびきをかいて寝ちゃったキミ。

まだ何もしてない。

クリスマスなのに、ロマンの欠片もない。


そもそも、私、キミのセックスは好きじゃない。

何から何まで手慣れていて、いつも私の気持ちを置いてけぼりにする。


だから、しなくても別にいいんだけどね。

でも、キミがしたいだろうから、早く済ませてもらって、とっとと帰るつもりだったんだ。



要らないって言うのに、勝手に買ってきたセーター。

部屋に入るなり、着てみなよってムリヤリ着せて、

「似合う似合う〜」なんて言っちゃって。

その感覚もどうかしてる。


あらためてセーターを着た自分を鏡で見てみるけど、

こんなの全然、私っぽくない。



その時。


「もしかしたら、今日なのかもしれない」


「そうだ、今日、この関係を終わりにしたっていいんだ」と突然ひらめいた。



二人の関係を……というより、

私は、自分が自分をどんどんキライになるのを止めたかった。


***


彼と私は同僚で、仕事でも組んでいた。

歳は同じだけど、入社年で言うと私の方が上だった。


プライベートの二人の関係で、小さな苛立ちを募らせた私は、

最近、仕事での彼の不手際を厳しく言い立てるようになっていた。


私たちがつき合ってることを知っている同僚が、

ふだんと別人の私を訝しげに見ているのがわかる。



彼は私に突き返された宿題を、黙ってやり直す。

それがますます、私のカンに障る。

逆らってくればいいのに。

そんなに怒ることかって、ぶつかってくればいいのに。


そしたら、本気でケンカができるのに。



私が必要以上に厳しくあたってることに気づいてるはずなのに、

仕事では何も言ってこない。



もうその時点で、彼がキライになっていたのかもしれない。

そして、それ以上に、仕事に私情を挟んでしまう自分のことがキライだった。



彼といると、私はどんどんイヤな女になっていく。

彼は無意識に、”イヤな私” を引き出してしまうのだ。


きっと、基本的に合わないせいだ。

私はそんな関係に疲れていた。


***


だらしなく寝てるキミの横に、私はセーターを脱ぎ捨てた。

散らかった部屋はそのままに、身だしなみを整えて、自分の荷物だけ持つ。


そして、静かにラブホの部屋を出た。



外に出ると、タクシーを探しながら、

なんかこういうの、歌にあったな、と思い出した。


ある日、突然、彼女が出ていくっていう、かなり前に流行っていた歌。

印象的なイントロが頭の中で鳴り出す。



♪〜見慣れない服を着た 君が今 出ていった

  髪型を整え テーブルの上もそのままに……



歌の彼は、出ていく彼女を見ていたけど、

こっちの彼は気づいてもいなくて、まだグゥグゥ寝てるはず。



目覚めて、私がいないのを見てどう思うだろう?


途方に暮れる?

それとも案外、ホッとしたりする?



そんなこと考えながら、タクシーの窓から外を見ていた。

頭の中ではこの曲がエンドレスに鳴っていた。



♪〜ふざけあったあのリムジン 遠くなる 君の手で

  やさしくなれずに 離れられずに 思いが残る



だけど、もういいでしょ?

私は、キミの元には戻らない。


——勝手に、途方に暮れればいいんだ。



そのクリスマスの夜、私は最後に一番イヤなオンナになった。



♪「そして僕は途方に暮れる」大澤誉志幸

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