ロングヘアのひと。—— Oh!クラウディア
「これダビングしてもらったんだ」
そう言って、君はオーディオのボタンを押した。
ご機嫌なBGM付きで車を走らせながら、私たちは仲間うちの他愛のないうわさ話に興じる。
何曲目かに、甘く、哀切を帯びたメロディが流れ出した。
どこを走っていたのか、方向オンチな私はさっぱりわからなくて、君がふいに車を止めたのも、郊外の変哲ない道端だった。
♪〜恋をしていたのは 去年の夏のころさ……
湖に舟を浮かべたまま?
二人とも裸?
——って、どういう状況?
初めて聴くその歌は、ヘンテコリンな設定だった。
ハンドルに覆い被さるようにして、重ねた両手にあごをのせて、歌に聴き入ってる君。
♪〜Oh! 何も言わず long hair を風にとかせて 泣いていたね
君がこの恋の歌に、あの
写真でしか見たことのないその
去年の夏は、まだうまくいっていた君と彼女。
……関係がこじれてしまった今も、どうしても忘れられないんだね。
「いい曲だね」と言いながら、私は君の横顔を見ていた。
そのころ、私の髪は長くなかった。
*
それからしばらくは君の車に乗るたびに、同じアルバムがエンドレスでかかっていたね。
そして、この歌になると、決まって君は無口になった。
♪〜Oh! うつろうような eye line がいいじゃない 無邪気に飛ぶ鳥のよう
私も黙って聴きながら、君がよく話題にしてるその
「いっつも面白いこと考えてて、本当にやっちゃうような
君は彼女のことをそう言っていた。
愛おしそうに、懐かしむように。
天真爛漫、自由奔放——私と真逆なタイプ。
そのころの私、どっちかと言うと、背伸びして物わかりのいい大人のフリをしていたから。特に君の前では。
自由奔放なその
「知った時、俺、思わず引っ叩いたんだ。それまで、男にさえ手を出したことなかったのに」
よっぽど許せなかったんだね。
君はそんなことするような人に見えなかったもの。
*
私は君の話を、ただ恋愛相談のように聞いてるつもりだった。
——なのに、なんであの日、いきなり強引にキスしてきたの?
単純な私は、すっかり混乱しちゃったんだ。
わけわかんなくて、ずいぶん悩んだんだよ。
そして、考えてる間、君がずっと心の中にいたもんだから、いつの間にか好きになってたんだ。
そんな私に気づいたから、
「俺たち、ちゃんとつき合おう」って言ったのかな?
「彼女のことはどうするの?」って訊いたら、
もういい、これからは私とそういうふうになろうって思っている——。
君はそう答えた。
真夜中の電話で、突然のことで、びっくりしたけど、うれしかった。
それが、私にとって、大人としての最初の恋の始まりだった。
ちょうど、桜が散り始めたころのこと。
***
私たちは、それからもよくドライブした。
ボロボロの車は、その
彼女はその車にヘンな名前を付けていて、彼も面白そうに車をそう呼んでいた。
そして私も、そう呼んだ。
本当は呼ぶたびに、その名前に宿る彼女の存在を突きつけられてるみたいで、イヤだったのに。
何も気にしてないフリをして、私は彼の(彼女の)タケちゃんに乗っていた。
*
一度だけ見たことのある写真の中のその
無防備なまでに心を開き切った、その笑顔。
全然、美人じゃないことが、悔しい。
外見が魅力的だっていうなら、それだけのことって思えたのに。
彼が彼女の中身に惚れてたんだってことが、私を苛む。
***
私を車に乗せて、一緒に歌を聴いてるのに、君は違う
何度もそういう瞬間があったね。
君は自分で、気づいてなかったかもしれないけど。
心の底にずっとその
一人の夜、焦がれる想いに押しつぶされないように、私で慰めていたんだよね。
わかってた。
わかってて、でも、ずっと待ってたんだ。
その
***
だけど、それより先に、彼が私を突き放す時が来てしまった。
私たちは、半年しか保たなかった。
最後の
なのに、私の髪はまだ、風にきれいになびくほどは長くなってなかった。
*
彼にとって彼女そのものだったこの歌を、一人になってからは、自ら聴き続けた。
私を見ていない彼を見つめ続けた夏。
大人としての初めての恋。
結局、かなわなくて、私は伸ばしかけてた髪をまた切った。
♪「Oh! クラウディア」サザンオールスターズ
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