ロングヘアのひと。—— Oh!クラウディア

「これダビングしてもらったんだ」

そう言って、君はオーディオのボタンを押した。


ご機嫌なBGM付きで車を走らせながら、私たちは仲間うちの他愛のないうわさ話に興じる。



何曲目かに、甘く、哀切を帯びたメロディが流れ出した。


どこを走っていたのか、方向オンチな私はさっぱりわからなくて、君がふいに車を止めたのも、郊外の変哲ない道端だった。



♪〜恋をしていたのは 去年の夏のころさ……



湖に舟を浮かべたまま?

二人とも裸?



——って、どういう状況?


初めて聴くその歌は、ヘンテコリンな設定だった。



ハンドルに覆い被さるようにして、重ねた両手にあごをのせて、歌に聴き入ってる君。




♪〜Oh! 何も言わず long hair を風にとかせて 泣いていたね




君がこの恋の歌に、あのひとを重ねてるんだって、すぐわかったよ。

写真でしか見たことのないそのひとは、長い髪をしていたから。



去年の夏は、まだうまくいっていた君と彼女。


……関係がこじれてしまった今も、どうしても忘れられないんだね。



「いい曲だね」と言いながら、私は君の横顔を見ていた。


そのころ、私の髪は長くなかった。





それからしばらくは君の車に乗るたびに、同じアルバムがエンドレスでかかっていたね。


そして、この歌になると、決まって君は無口になった。



♪〜Oh! うつろうような eye line がいいじゃない 無邪気に飛ぶ鳥のよう



私も黙って聴きながら、君がよく話題にしてるそのひとを思い浮かべる。



「いっつも面白いこと考えてて、本当にやっちゃうようなヤツだったんだ。見てるとワクワクして、こっちも一緒にご機嫌になれるし、応援したくなる」


君は彼女のことをそう言っていた。

愛おしそうに、懐かしむように。



天真爛漫、自由奔放——私と真逆なタイプ。


そのころの私、どっちかと言うと、背伸びして物わかりのいい大人のフリをしていたから。特に君の前では。



自由奔放なそのひとは、自由奔放にバイト先の店長とできちゃって、それで君とはうまく行かなくなった。


「知った時、俺、思わず引っ叩いたんだ。それまで、男にさえ手を出したことなかったのに」


よっぽど許せなかったんだね。

君はそんなことするような人に見えなかったもの。





私は君の話を、ただ恋愛相談のように聞いてるつもりだった。



——なのに、なんであの日、いきなり強引にキスしてきたの?



単純な私は、すっかり混乱しちゃったんだ。

わけわかんなくて、ずいぶん悩んだんだよ。


そして、考えてる間、君がずっと心の中にいたもんだから、いつの間にか好きになってたんだ。



そんな私に気づいたから、

「俺たち、ちゃんとつき合おう」って言ったのかな?


「彼女のことはどうするの?」って訊いたら、

もういい、これからは私とって思っている——。

君はそう答えた。


真夜中の電話で、突然のことで、びっくりしたけど、うれしかった。



それが、私にとって、大人としての最初の恋の始まりだった。

ちょうど、桜が散り始めたころのこと。



***



私たちは、それからもよくドライブした。


ボロボロの車は、そのひとが友だちから譲り受けたもので、彼がさらに譲り受けたのだという。

彼女はその車にヘンな名前を付けていて、彼も面白そうに車をそう呼んでいた。


そして私も、そう呼んだ。


本当は呼ぶたびに、その名前に宿る彼女の存在を突きつけられてるみたいで、イヤだったのに。

何も気にしてないフリをして、私は彼の(彼女の)タケちゃんに乗っていた。





一度だけ見たことのある写真の中のそのひとは、長い髪を無造作に下ろして、カメラに……そのレンズのこっち側の彼に、いたずらっぽい視線を向けている。


無防備なまでに心を開き切った、その笑顔。


全然、美人じゃないことが、悔しい。

外見が魅力的だっていうなら、それだけのことって思えたのに。

彼が彼女の中身に惚れてたんだってことが、私を苛む。



***



私を車に乗せて、一緒に歌を聴いてるのに、君は違うひとを想っている。


何度もそういう瞬間があったね。

君は自分で、気づいてなかったかもしれないけど。



心の底にずっとそのひとを棲まわせたまま、私と付き合ってたんだよね。


一人の夜、焦がれる想いに押しつぶされないように、慰めていたんだよね。


わかってた。


わかってて、でも、ずっと待ってたんだ。


そのひとを忘れて、私だけを見てくれる日が来るのを。



***



だけど、それより先に、彼が私を突き放す時が来てしまった。

私たちは、半年しか保たなかった。


最後の瞬間とき、車から降りたら、もう夏は終わっていた。



なのに、私の髪はまだ、風にきれいになびくほどは長くなってなかった。





彼にとって彼女そのものだったこの歌を、一人になってからは、自ら聴き続けた。



私を見ていない彼を見つめ続けた夏。

大人としての初めての恋。


結局、かなわなくて、私は伸ばしかけてた髪をまた切った。




♪「Oh! クラウディア」サザンオールスターズ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る