4(完)
Kのご両親とは大学時代に一度ご挨拶しただけだったが、救急外来の待合で座り込む僕を見て、すぐに駆け寄ってきた。傘すら持たずに来たらしくほぼ手ぶらで、二人とも頭からぐっしょりと濡れて、息を切らしていた。
どうやらKは急性アルコール中毒のようだった。一命は取り留めたものの、体温の低下が著しく、回復には時間を要するとのことだ、と彼の両親に伝えると、脱力したように深い溜息をつき、二人して待合のソファにどかっと腰を下ろした。それから「ご迷惑をおかけしました」と深々とこちらに頭を下げてきたのだが、その時お父さんの濡れたズボンが座面と擦れて、ぎゅぎゅぎゅぎゅと音を立てた。
僕が肌が粟立つのを必死で無視し、彼、いつからあんな感じなんですか、と尋ねると、二人とも諸々察したようで、一年くらい前からですと答えた。
お祓いの最中に突然狂乱状態に陥ったKは、一緒にいた拝み屋に掴みかかり、どうも怪我を負わせてしまったらしい。その結果、彼は次に住むはずだった賃貸マンションには引っ越さず、実家に戻って療養する事になった。最近はだいぶ落ち着いていたが、それでも雨が降り出すと勝手に遠出しようとするので見張っていなければならない。何故外に出ようとするのか、と問い詰めると、
『家の窓が怖い。特に雨の日は一人ではとてもいられない。人が大勢いる所へ行きたい』
そう虚ろな目で答えるそうだ。
僕は立ち上がり、ご両親に謝罪した。自分の責任です、酒なんて飲ませて色々訊いたから、と。知らなかったとはいえ、とんでもないことをしてしまった。だが二人は慌てて、顔を上げてくれと言う。お母さんは僕に、「厚かましいかもしれないけど」と囁いた。
「あの子が元気になったら、また連絡してあげてほしいの」
一ヶ月ほどして、Kから僕の実家に電話があった。電話を受けた妹によれば、彼は随分明るい様子だったらしい。彼は僕に宛てて『あの時はありがとう』との言伝を頼んだ後、さらにこう続けた。
『でも、もうきっと会わないほうがいいと思うんだ。母が余計な事を言ったかもしれないけど、何があっても会いに来ないでくれ』
妹が、え、と訊き返す前に、電話は切れてしまったそうだ。
それきり、僕がKに会うことはなかった。ただ荒れた天気の夜更けには、ぎゅ、ぎゅ、と自室の窓ガラスを指でなぞるような音が幽かに聴こえる事があって、そんな晩には僕はKと、彼を狂わせた雨の降る窓の下、歩き回る誰かのことを思い出すのである。
雨の降る窓 冴草 @roll_top
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