後編 満たす故郷


分厚い雲の下を歩く。舗装された道路の上で行き場をなくした雨水。川の代わりに側溝へと流れていく。


気配を感じて、空を見上げる。電線の上に仙人がいる気がしたが、いたのはカラスだ。

先日見た噴火の光景が未だに忘れられない。不気味な印象が重しのように肩にのしかかっている。


不幸ではなくとも、故郷が私を満たすと考えたのだが…


目を閉じ、雨の音に耳を傾ける。車や街路樹の葉に溜まった水滴が地面に落ちて土に消える。その中で息を潜める虫たち。



ふと、地面から低音が響いていることに気づいた。




「…まさか」




わずかに揺れた。これが不気味な印象の正体か。



『気づいたか』


「居られたのですか」


『この台地の西側には「なゐ揺る」が眠っている』


「お願いがあります」


私は仙人に、地震を止める事を願った。災害が起こると分かった時、真っ先に自身の大切なものを思い浮かべたからだ。


『厭世的な奴だと思っていたのだが』


「つい最近まではそうでした」


『摂理に反する行いだ。代償は高くつく』


自然現象に何の意味があるのか、止めた場合に何が起こるのか、全く見当がつかない。しかし、私は頷いた。私を満たす故郷は過去ではなく、一番大切なものがある現在だと気づいたからだ。


『いいだろう。中々見所があって残念だが』


目を瞑った。途端に意識が地の奥へと引きずられていく。代償とは私の命か。もっと酷いものなのだろうか。どちらにせよ、私だけが苦しむのなら安い。





意識が細切れになっていく。



何処かへと送られていく私を何かが引き留めた。





「これはお前に親しみを覚えている者たちだ。人は無意識下でも繋がっている」



遅くに気づいたが、これが私の一番大切なものだった。




私は少しずつ 

       あの雲のように

   


               千切れて 

        



                     燃え 







                        て

                          



                         。































唐突に視界が開く。


辺り一面は茅の咲く野。小川に映る黄金色の月が山へ沈んでいく。


「全く驚嘆する」


振り向くと暁の空に仙人が浮かんでいた。


「随分と地に親しまれている。頼みは聞くが、お前が死ぬ頃にはまた動く」


私は息を吸った。それは未来に託すしかないのだろう。


「構わないです。元は私の身勝手な願いです」


『では今度こそ、本当のお別れだ』


「ありがとうございました」


雪を湛えた富士山から朝日が登り、目が眩んだ。









気がつくと、元の道に立っていた。



あの景色が二度と咲くことのない地を駆けた。雨上がりの坂道を登り、原野があった場所を高台から眺める。


緑が所々にあるが、やはりここは都会だ。

それでも僅かに…



足元を見る。

裂けたアスファルトの隙間から花が誰にも知られずに咲いていた。


静かに吹き抜ける風の音に耳を傾け、踵を返した。

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都会の仙人 髙月晴嵐 @takatsukiseiran

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