第2話


 昼すぎ。わたしは、秋穂あきほさんと美海みうちゃんと大地だいちくんといっしょにおばあちゃんを迎えに行った。検査の結果、身体の異常もなく退院できることになったのだ。お父さんと圭介けいすけおじさんは、おばあちゃんの家でお留守番。台風一過の後片付けをしてくれている。

 おばあちゃんは、少し元気がなさそうに見えた。しょんぼりしている。

「あ。若葉ちゃん。あのう。昨日は本当に心配させてごめんね。もうだいじょうぶだから」

 わたしの顔を見るなり、おばあちゃんは申し訳なさそうに言った。わたしの「バカッ!!」がだいぶこたえた様子だ。

 おかしくてみんな笑いをこらえている。

「わたしのほうこそごめん。大したケガがなくてよかったね。でも安全運転でね」

 わたしの笑顔を見て、おばあちゃんも安心したように笑った。

「お医者さんにもほめられた。この年にしては骨もじょうぶらしい」

 すぐに自慢げにそう返した。


 病院の帰り道、スーパーに寄った。近所のいつものスーパー。

 おばあちゃんは、普段はあまり行かないコーナーに入ると何かを探しはじめた。コーヒーや紅茶が並ぶコーナー。ココアの棚から、迷わず一箱を手に取った。

「おばあちゃんもココア飲むんだ?」

「夏場はあんまり飲まないけど、冬場にね。そろそろ朝方寒くなってくるし。いつも牛乳に混ぜて飲んでるんだよ」

 買い物かごに入れられたココアに、わたしは目を落とした。自分の家にあるのとは別のものだった。


 ダイニングテーブルに買い物袋を置くと、秋穂さんは大きく息をはいた。

「大したケガじゃなくて、ほんとによかった」

 「ほんと」の部分を、声を絞り出すように秋穂さんは言った。

「ほんとにね。お世話かけました」

 おばあちゃんは、ソファに腰を下ろすと、全員に顔をめぐらせてそう言った。

「お菓子用意したから、少し休んでいこう」

 秋穂さんは、美海ちゃんと大地くんにそう呼びかけた。

優一ゆういちさんも。飛行機、まだ、だいじょうぶですよね?」

と秋穂さんが聞く。

「ええ。明日まで、こっちにいることにしたので」

 お父さんはそう答えた。

 テーブルに、クッキーとチョコレートが並ぶ。

 おばあちゃんは、鍋で牛乳を温めている。煮立つとそれをカップに注いでいく。そして、棚からハチミツを取り出して回し入れ、さっき買ってきたココアを入れて混ぜた。

「なつかしいね」

と、それを見ていた秋穂さんが言った。

 顔を向けたわたしと目が合った。

「寒くなると、よくお姉ちゃんがこうやって飲んでたんだぁ。わたしもだけどね」

「でも、ハチミツまで入れたら甘くなりすぎないですか?」

 わたしの質問に、秋穂さんが、ココアの箱を手に取り指さす。

「ここのって、砂糖もなにも入ってないんだよ。純粋なココアパウダーだけ。だからお姉ちゃん、いつも、砂糖の代わりにハチミツを少し入れて飲んでたの」

 ココアの匂いに部屋が包まれていく。なんだか懐かしい感じがした。

「そういうとこ、こだわりがあったもんね。あの子は」

 おばあちゃんもそう言った。

「うちにもココアあるけど、ここのとちがうね」

 わたしがお父さんを見て言うと、お父さんはつまずくようにうなずいた。

 おばあちゃんは、ココアの入ったカップを手にソファに座る。

 お母さんが飲んでいたココア。わたしも一口すすった。

「おいしい」

 深く、息をつくようにそう言った。お父さんの顔がこちらに向く。

 わたしは、ココアの匂いは好きだった。でも、味をおいしいと思ったことはない。はじめて心からおいしいと感じた。

 おばあちゃんは、ソファに座って、わたしとお父さんや、秋穂さんたち家族の顔をしみじみと見つめていた。

 その様子に大地くんが気付く。

「おばあちゃん。どうしたの?」

「うん。ようやくそろったね、て思ってね。家族だから、いつでもすぐに集まれると思っていたけど。やっとね」

 そう言うと、おばあちゃんはほがらかに笑った。

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